第138話 砂漠だから敵が少ないとでも思っていたのか?
夜の砂漠は静かであった。星は煌めき、空気は冷たく冷え切っている。
__え?デジャブ?
「はいはいはいはい、知ってましたよこの野郎!!」
「……無駄口をたたくな!」
すさまじい喧騒に負けないよう、シンは大声で怒鳴る。周囲の罵倒や悲鳴には気にもかけないのに、私には言うのか……。
町からしばらく歩いていた私たちは、中規模の野盗集団の奇襲に遭った。それなりの装備で襲い掛かられた私たちは、それぞれが孤立しないように全力で戦いだしたのだが……
「【ヒール】! う、【ファイヤボール】!!」
「デリットは無理に無詠唱を使わず、魔力を温存しろ! 少なくともヒールは完全詠唱でいい!」
「わ、わかりました!」
「ヘーイ、シン! 私普通にヤバい! 薬なくなりそう」
「死ぬな! 人質になっても助けん!」
「知ってたよ!」
襲い掛かられかけた私たちは、死なないようにするため全力で彼らに抵抗する。
この世界では、犯罪者に人権はない。特に、盗賊はほぼその場で殺され、懸賞金が付いている場合には生首にされた状態で門番に引き渡される。
生きている状態で門番に引き渡されたなら、奴隷にする分の金銭は手に入ったり入らなかったりするが、ぶっちゃけ少人数で旅をしている私たちのような団体に、捕虜を引き連れるだけの余裕は存在しない。ついでに、はした金のために私たちの命を危険にさらす気などない。
塩酸の瓶を敵側の弓を持った盗賊に投げつけ、接近してくる敵にはジエチル村で購入した、流砂のナイフ(廉価版)で応戦する。当然、砂でできているナイフというわけではない。『月の砂漠』の砂漠でとれる、月の魔力のこもった砂鉄でできたナイフで、高級品だと魔法の発動体にもなり、お値段は金貨数枚が吹っ飛ぶらしい。まあ、私のナイフは普通の鉄も交じった廉価であるため、魔法など発動できたものではないのだが。
要するに、私のはちょっとカッコいい薄青色の鋼のナイフである。
だが、低ステータスの私では、できることとできないことがある。具体的には、耐久とか。
盗賊の振るったジャマダハルのような武器が、己の腕を薄く裂く。ジッとひりつく痛みとともに、赤い血がローブににじんだ。
どこのだれを傷つけた武器だかわからない以上、今すぐ傷口を清潔にしたい衝動に駆られるが、こんな乱戦状態でポーションを使っている余裕などない。
「きりがない……!」
「怪我に気を付けてください!」
叫ぶデリットさんに、私は歯噛みしかできない。
敵はシンが確実に仕留めて言っているとはいえ、いまだ十人以上いる。そこまで強くないとはいえ、人数差による暴力は単純に脅威だ。こんなところで全滅をする気などさらさらないが、大怪我をしてしまう可能性は十分あった。
ジリ貧の状況が続く私たちの陣営。だが、シンが賭けに出た。
「大技を使う! ……できれば、デリットは目ぇそらせ!!」
「へっ⁈ 何をするつもりですか……⁈」
唐突に名指しされたデリットは、一瞬だけ驚くが、すぐに背後から不埒な一撃を狙っていた盗賊に向かって火球を撃ちあてる。その瞬間、シンは吠えた。
「【身体強化】、【攻撃力強化】、【魔力撃】……!」
背を向けていなかった私には、見えていた。
込められた魔力によってまばゆい光を放つシンの拳。そして、魔力に反応してかその額に琥珀色の双角がそびえたつ。あー、これはデリットさんには見せられないね。
さらに、シンは魔法を重ね掛けする。
「猛き戦の神よ、我が願い叶えたまえ! 【バーサク】……!」
強烈な魔力の奔流が、シンに取り巻き、そして赤いオーラを形成する。
すさまじい威圧感とともに、シンの姿が変わる。
琥珀色の双角と金色の瞳に赤みがさす。そして、口元には鋭い牙が目立ち、今まで油断のひとかけらも見せていなかったシンの瞳に、戦いの愉悦が浮かぶ。
シンの口元を、三日月のような笑みが彩る。
その瞬間、戦局が一転した。
すさまじい暴力が夜の砂漠を支配する。
シンが乱雑にふるう拳で2,3人の男が軽く吹っ飛び、的確な蹴りが大剣を装備していた大男の首をへし折る。流星の勢いですっ飛ぶ投石が魔術師の頭を撃ち抜く。
「ひぃっ……!」
「助け……!」
悲鳴を上げる盗賊たちに、シンは情け容赦なく拳を振り下ろしていく。そのたびに、赤色が夜の砂漠に舞い散り、水の入った何かが砕ける耳に触る音が澄んだ夜空に引っ張られた。
それは冷酷無情とでも言うべき様だった。文字通り鬼神と化したシンは、全身に返り血を浴びながら、隆起した筋肉が覆う体を無茶苦茶に用いて、敵を屠る。
「うっわ、こっわ」
私は思わずそう呟きながら、麻痺薬を背後から襲おうとする盗賊に向かって投げつける。いや、本当にシンが敵じゃなくてよかったよね。敵対されたら瞬殺される自信しかないわ。
そんなことを考えていると、こちら側の敵が逃げ出した。これ以上は戦っても無駄死にするだけだと判断したらしい。とりあえず、シンの援護を、と思って薬瓶の入ったポーチに手を伸ばすも、彼は戦闘を終えたらしく、両手の包帯を紅に染めたまま空を見上げていた。
「おーい、シン、怪我はない?」
「……。」
私が声をかけるも、シンは反応しない。……ん?
しばらく月を見上げていたシンだが、ある瞬間、赤の交じった金色の瞳を私に向けた。
瞬間、鋭い、しかし、体を燃やし尽くさんばかりの殺気が、私を襲う。
「……へ?」
背筋がぞくりと凍り付く。うっそだろ、お前。
戦いは、まだ前哨戦であった。
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