第130話 オアシスとお礼

 ジエチル村に着いた私たちは、とりあえず村に唯一あるという宿の部屋をとって、それから冒険者ギルド、もとい、村長の家に向かった。


 この小規模の村は、オアシスの周りをぐるりと囲むように畑をつくり、そのあとに家々を建設したため、オアシスの規模に見合わず、建物の数が少ない。何せ、砂漠に近い場所に家を建てると、魔物が襲ってきたり、熱風や砂嵐で建物が劣化しやすくなってしまうからだ。


 そのため、この村には宿屋は一棟しかないし、冒険者ギルドも二階建ての村長の家の一階部分だ。別の建物を建てる土地的余裕がなかったらしい。その分、食糧は潤沢にあるとかなんとか。宿屋のお姉さんが教えてくれた。



 村長の家、もとい、冒険者ギルドは、素焼きレンガで建てられた、豆腐のような形の建物が二つ積み重ねられたような建物だった。地面と同化するような壁は、軽く触るとコンクリートにもにた感触がした。堅そう。でも、水に溶けそう。雨があまり降らないからこその建物だろう。


 木の扉を押し開ければ、中にはターバンを巻いた男が数名、グラスを片手に談笑していた。人数はかなり少ない。

 とりあえず、荷物を減らすためにもカウンターへ歩み寄り、受付の褐色肌のお兄さんに声をかける。


「あのー、すいません。サンドサーペントの素材を売りたいのですが……」

「は? お嬢ちゃん、外国人かい? サンドサーペントの素材を買いたいのか?」


 椅子に座って雑誌を眺めていたお兄さんは、声をかけてきた私にきょとんとした表情で言う。私は、首を振って繰り返す。


「いや、護衛がサンドサーペント討伐に成功したから、その素材を売りたい。」


 私がそう言うと、褐色肌のお兄さんは呼んでいた雑誌をカウンターに放り投げ、嬉しそうに言う。


「おお! そうかい! ちょっと待ってくれ、村長に報告する! __じーさん! 問題が解決したぞ!」

「なんじゃい、やかましい! 飯くらい静かに食わせんか!」


 二階へと駆け出す彼に、老人の声が返答される。家の下が仕事場というのは、便利なのか、不便なのか……。

 私が彼らの帰りを待っていると、デリットさんが不安げな表情をして声をかけてくる。


「あ、あの、彼らに『勇者の国』の言葉が通じているのですか?」

「……へ?」


 私は思わずきょとんとした表情をしてしまう。が、シン肩をすくめてがデリットさんに説明する。


「いや、こいつのアビリティだ。会話の意志さえあれば、だれとでも会話できるらしい。一応、俺も中途半端に『商人の国』の言葉が使える。__あそこまでネイティブすぎるとほぼ分からないけれどもな。」

「あー、そう言えば、国が違えば言語も違うよね……何も考えていなかったわ。」


 あんまりにも基本的すぎるミスに、私は深くため息をつく。そういえばそうだよね。言語チートがあってよかった。無かったらもうとっくにつんでいたよね。

 なお、デリットさんは商人の国の言語の読み書きができるらしい。会話は無理だとか。あれ? なんだかんだ言って大丈夫そうじゃない?


 ふと思い出したために二人に質問する。


「あれ? さっきの言葉って、二人には何語に聞こえていたの?」

「『勇者の国』の言葉ではないのですか?」

「俺には『戦士の国』の地方言語か、『勇者の国』の言葉に聞こえていたな。妙な話し方をするくせに言語のなまりが出ないから、変な奴だと思っていた。」

「ひどいな、シ……ジャック。」


 答えるデリットさんとシン。要するに、私の言葉は相手の母国語、もしくは慣れ親しんだ言語に聞こえるらしい。これ、語弊があるとすごくめんどくさいのでは?

 というか、他のクラスメイトもこんな感じなのかな? あの時は国から出たことがなかったから全く気が付かなかったけれども。


 そんな話をしていると、ようやく受付にいた褐色のお兄さんと、頭部が少々さみしい褐色の老人が二階から降りてきた。

 彼らは、私たち一同を見るなり、唐突に頭を下げてきた。

 意味が分からず驚く私たちに、村長は言う。


「助かった! 近くにサンドサーペントが出ているため、軍に討伐要請を出していたのだが……軍は盗賊団の討伐で忙しく、あとひと月は来れないはずだった。そのころには、サンドサーペントによって村は滅んでいただろう。」

「……ああ。やっぱり、危ないところだったのだな。」


 つぶやくように言うシンの言葉に、村長は大きく頷いて肯定する。

 よく耳を澄ませてみれば、なんとなくシンの言葉に違和感があった。多分、『商人の国』の言葉を使ったのだろう。


 村長は、嬉しそうに私たちに言う。


「サンドサーペントの素材は、買い取らせていただこう。そのうえで、今日一日、あなた方をもてなさせてくれ。女神トーレア様は、働きには正当な対価を与えることを推奨している。わしらの村を救ってくれたお礼をさせてほしい。」


 そう言ったところで、デリットさんが私にこっそり聞いてくる。


「えっと、村長はなんと?」

「素材買い取ってくれるって。あと、お礼をさせてほしいって言っている。」


 私がそう答えると、デリットさんは安心したようにほっと息を吐き、うなづいた。そりゃそうか。言葉が通じない国外で急に頭を下げられたら、驚くか不安になるよね。


「助かる。できたら、食糧と休息がとりたい。明日には目指す場所があるため、出発したい。」


 シンが違和感のある言葉で村長に返事をする。おそらく、カタコトの『商人の国』の言語を話しているのだろう。その言葉に、村長は深く頭を下げた。

 ついでに、あることを思い出した私が、村長にお願いする。


「あの、私たちは『勇者の国』から来たので、この国の食糧事情を知りません。できれば、食材の説明をお願いします。もしかしたら食べないものもあるかもしれませんが、そこは文化の違いだと思ってください。感謝はさせていただきます。」

「ほう、そうか。確かに、異国ではミルワームを食べないという。あんなにおいしいものだから食べないのはもったいないのだが……」


 残念そうに言う村長に、ミルワームの詳細を聞くと、サンドワームと呼ばれる魔物の幼体らしい。濃厚な味がしておいしいらしいが、見た目はまんま幼虫なのだとか。ひぇっ、先に言っておいてよかった。何も知らずに祝いの席にそれが出されたらシンはともかく、私とデリットさんは絶叫していた。


 そうして私たちは、村長たちに朝食のもてなしを受けた。

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