第131話 朝ご飯と相談
どこかの誰かが言った。朝ご飯は、一日のエネルギー源だと。
まあ、私たちは夜通し歩いてここまで来たから、一日のエネルギー源かどうかと問われれば微妙なところだろう。
食事が出されたのは、冒険者ギルドだった。どうやら、同じ品を冒険者ギルドの酒場部分で提供しているらしい。商売上手だね。
最初に出されたのは、何かの肉と豆を煮込み、茶色いペースト上にしたもの。香り的にはカレーに近い。
褐色肌の冒険者ギルドの職員が、私がお願いした通りに材料を説明してくれる。
「こちらは、羊肉と豆のスパイス煮込みです。豆は大豆やひよこ豆、それに、そら豆を使っています。スパイスはキイロ花をメインに、辛めの味付けになっています。ナン……そちらの、小麦粉で作ったパンにつけて食べてください。」
「はーい。」
職員に言われた通り、ナンをカレーにつけて口に運ぶ。豆のほくほく感とナンの優しい風味がふわりと広がり、スパイスのピリ辛と香りが食欲を増させた。うん、これ、まんまインドカレーだ。普通にうまい。ちょっと辛いけれども。
キイロ花ってスパイスが少しだけ気になる。後で現物が見たい。
私が食べているところを見てか、シンとデリットさんがおずおずと食事に手を伸ばす。ああ、説明しておいた方がいい感じ?
「ジャック、デリット、これには、羊の肉と豆、あと、スパイスにキイロ花っていうのを使っていて、ちょっと辛いけれどもおいしい煮込み料理だよ。このパンにつけて食べろって。」
「ありがとうございます。」
デリットさんは私に軽く礼を言うと、ナンを一口大にちぎり、カレー(仮)の中に入れ、そして食べる。
「んっ、辛いですけれども、おいしいです。」
「……うん、うまいな。もう少し辛くてもいいが。」
シンはそう言いながらもカレーを食べる。辛いカレー、たぶんあると思うけれどもな……まあ、私は絶対に食べないけれども。
そう思いながらも私は差し出された、白い飲み物の入った容器を手に取る。牛乳というにはややどろどろとしたその液体は、ほんのりと甘い匂いがしている。
「えっと、これは?」
「ああ、それは、バンナという果物をすり下ろしたものを牛乳に混ぜた飲み物です。味を調えるために、砂糖も少し入っています。」
なるほど、フルーツ牛乳みたいなものか。
軽く一口なめてみると、思ったよりもかなり甘かった。おそらく、バンナという果物は、バナナにかなり近い植物なのだろう。とろりとしたのど越しが、少し辛いカレーでひりついた舌を滑らかにする。
ある程度食べたところで、私たちにそっと皿が差し出される。
それには、ヨーグルトの入った皿が三つと、小さな小皿にジャムのような黄色いペースト状が添えられていた。
そして、固焼きパンのようなものも一緒に出される。
「ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとうございます。」
日本で食べていたものよりも少しだけ癖のあるヨーグルト。それに、ジャムを混ぜて一口。ミルクの香りと、独特の酸味、そして、バンナの甘みが喉を通って胃に落ちる。おいしい。
私たちは、出された食事を残すことなくすべて食べた。
「美味かったな。」
宿屋で移動の用意をしながら、シンがぼそりとつぶやく。幸いなことに、この村には小さな銀行があったらしく、お金は下ろせたようだ。所持金ゼロはさすがに心もとないものね。
「ええ。外国の食事なので、少し不安でしたが……これなら、大丈夫そうです。」
デリットさんは、安心そうにそう答えながらも、購入した服をたたむ。衣服以外にも、必要なものが購入できたのは大きかった。瓶も十分なくらいに買えたし。
私は、道中の森で摘んだ薬草類を整理しながら、ついでに切れていた中級ポーションや風邪薬をつくっておく。
風邪薬は中級万能薬をつくるときに大量に使ったため、最近はほぼ品薄だったのだ。まあ、私たち風邪ひかないから使っていないのだけれどもね。
「で、シロ。目的地は商人の国の王都、トーレアで問題ないのか?」
「うん。そこについたら、シンとはお別れだね。ぶっちゃけ、私お金持ちなわけじゃあないから、私の目的からしても、ここからずっと護衛代とか支払えるわけないだろうし。」
シンの質問に、私は大きく頷く。ここしばらく、ずっと二人での旅が続いてきたが、商人の国の王都、トーレアにつけばそれももうおしまいだ。少し名残惜しいような気もするが、しばらくはお金稼ぎをしなければならない。
シンも、少しだけしんみりとした雰囲気で、デリットさんに質問する。
「そうか……。デリットは勇者の国での……あー、あれだ、騒動が多少収まったら国に戻るのか?」
少し気まずそうに言いよどみながらも、シンはデリットさんにそう聞く。デリットさんは衣服をたたむ手を止め、少しだけ思案してから答える。
「……いえ、勇者の国に戻っても、もう
「そうか……」
シンは、短くそう答えると、口を閉じた。
再び、部屋の中に静寂が広がる。
そんな中で口を先に口を開いたのは、シンだった。
「できればの話だが……。」
シンは、荷袋の中に戦闘用の包帯を入れながら、口を開く。
「俺も、ソロで冒険者をやっていくのに、限界を感じ始めていてな。敵の足止めをしてくれる奴や、この国の言葉の読み書きができる奴が欲しいと思っているのだが。」
その言葉を聞いて、私は一瞬だけ目を見開く。けれども、少しだけ笑ってから、独り言をつぶやく。
「奇遇だね。私も、冒険者で攻撃力もあって、回復魔法が使える人が欲しいと思っていた。薬だけだと治りにくい怪我もあるだろうし。」
そこまで言ったところで、デリットさんも私たちの意図に気が付いたのか、顔を上げて言う。
「……実は私も、まだこの国の言葉が話せないので、通訳できる方や身を守ってくれるような方が欲しいと思っていました。」
少しの間、気まずくない、心地の良い沈黙が宿屋に広がる。
数秒後、私たちは笑いだしていた。誰から笑いだしていたのか、もはやわからない。ただ、笑っていた。
「とりあえず、これからもよろしく。シン、デリットさん。」
「ああ。頼む。シロ、デリット。っていうか、お前薬師のくせにヒーラー欲しがるとか、おかしいだろ。」
「よろしくお願いします、シロさん、シンさん。まあ、私たち神官の特技は即時回復ですから。領分が違いますよ。」
こうして私たちは、正しく旅の仲間となった。
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