第129話 砂漠とオアシス

 夜の砂漠は、音がなく静か

 日中の肺を焼くような暑さから打って変わり、ひんやりとした風が口元に巻いた布越しに頬を撫でる。靴に砂が絡まり、が、それも風情と言えば風情なのだろう。


 息を荒く吐きながら空を見上げれば、まるで嫌味か何かのように漆黒のビロードの上にキラキラ輝く宝石をまいたような満天の星空が美しく輝き、私たちをあざ笑うかのように三日月が浮かんでいた。


……何でこんな嫌味な感想しか言えないのか?

 理由は、アホほど簡単だ。


 後ろから聞こえてくる轟音。鎧のような琥珀色の鱗に覆われた。全長10メートルはあろうかという巨体。蛇をそのまま拡大したかのようなフォルム。


「サンドシーサーペントと出会うなんて運がいいのじゃないか?」

「んなわけないでしょ!」

「ひぃっ!」


 余裕そうに逃げるシンに文句を言いながら、私たちは夜の砂漠を必死に駆け抜ける。ここまで大きな魔物を見たことがなかったのか、デリットさんは涙目で逃げている。私だって泣きたい。


 私は、シンに向かって半ば怒鳴るように質問する。


「包帯、まだ装備終わらないの⁈」

「悪いな、後三秒待ってくれ。」

「おいつかれるぅぅぅぅぅうう!」


 走りながら、右手の包帯を巻きなおすシンが、短く答える。連戦続きでついさっき包帯がちぎれてしまったらしい。


「バリア張りましょうか⁈」


 シンにそう質問するデリットさん。だが、シンは首を振って言う。


「防御力を上げる魔法だけ使え。バリアは邪魔になる。__装備が終わった。反撃開始だ。」

「格好つけているけど、さっきまで割とガチで逃げていたよね⁈」

「【筋力強化】【魔力撃】!」


 私の突っ込みに、シンはそっと顔を逸らして強化魔法を詠唱した。手に巻いた包帯がうっすらと光を帯びる。

 とりあえず私も何かしなくては。そう思い、バックの中から作りたての麻痺薬を取り出し、振りかぶって一投。ヒョウタンのような植物に仮収めされた薬品は、ガラスのようにうまく割れることはなかったが、少量サンドサーペントの体にかかり、巨大な蛇は一瞬だけその体を止める。


 そのすきを、シンは見逃さない。


「失せろ、土蛇!」

「シャァァアァアアア!!!」


 シンの拳が、サンドサーペントの瞳を貫く。ぐちゅっという水音とともに、サンドサーペントの耳に触る絶叫が静かだった砂漠に響き渡る。


「援護します、神よ! かの者に力を与えたまえ、【攻撃力強化】!」


 デリットさんの詠唱で、周囲にぼんやりと金色の光が舞う。シンは一瞬だけ驚いたような表情をしたが、すぐに冷静になって構えた拳をサンドサーペントの頭蓋に振り下ろした。


 ごっ


 鈍い音があたりに響き、哀れなサンドサーペントは悲鳴を上げる暇すらなく脳髄をまき散らしてその命を失う。うわー、強いな、シン。


 体についた血を払いながら、シンは口元に笑みを浮かべ短く言う。


「解体してから先に進むぞ。魔石だけは絶対に拾っておきたい。」

「おお、高く売れるの?」


 機嫌よさそうにナイフを取り出すシンが、私の質問に対して嬉しそうに答える。


「ああ。肉は食用に、革は防具や装飾品に、牙は武器や飾りに、内臓は薬に。捨てるところはほぼないな。残っているもう片方の目玉は珍味として売れるらしい。」

「うっへ、肉と目玉食べるのか……」


 私は口元を抑えて目を逸らす。

 ぱっと見が巨大な蛇であるサンドサーペント。蛇の肉は正直食べたくないところだが、こっちには食糧がほぼない。森でとった木の実がなくなれば、食べることになるのだろう。


 そんな私を無視して解体に取り掛かろうとするシンが、私に声をかける。


「そっちを抑えていてくれ。脳を潰したから死んでいることは死んでいるが、まれに動くからな。」

「動くの?」

「ああ。知り合いの冒険者が殺したサンドサーペントに殺された話をしていてな。何でも、牙を抜こうと口に近づいたら、そのまま口が閉じたらしい。頭をざっくり持っていかれてな。」

「こっわ!」


 私は慌ててサンドサーペントの頭のそばを離れる。そんな私に、シンは苦笑いをして言う。


「頭のところ、抑えてほしいのだが?」

「今の話を聞いて抑えたいと思う人、いると思う⁈」


 結局、デリットさんにバリアを張ってもらって、口が絶対に閉じないようにしてから牙を抜いた。





 持ち物の増えた私たちは、行こうと思っていた町ではなく、一度村に立ち寄って荷物を減らしてから再出発することにした。


 『商人の国』は、国土の大半が砂漠である。そのため、人々はオアシスのそばに居住区域をつくり、そこで生活をする。

 いくら魔法があるとはいえ、水は貴重なものであり、この国の人にとっては神聖なものである。貯水池や貯水槽には絶対に近づかないほうがいいだろう。


 巨大なサンドサーペントの革を担ぐようにして持った私たちがたどり着いたのは、比較的規模の大きなオアシスを持った村、ジエチルだ。


 太陽は、その光を地平線から現わそうとしていた。

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