第128話 砂漠とラッキースケベ

 二日間、ほぼ一睡もせずに森を歩き続けた私たちは、ようやく獣道以外の道を見つけ出した。

 その道を見つけた瞬間、私たちは何も言わずにハイタッチをした。あの地獄も、ようやく終わる。


 一日目の夜。シンが狩った鳥を焼いて食べようとしたら、オオカミの群れに襲われ、それを何とか回避して焼けた肉を食べようとしたら、ドラゴンが上空を飛んでいて全力で現場を離れ、結局途中で手に入れた木の実を三人で食べた。

 二日目は食事ができたが、なわばりに踏み込んでしまったらしく、夜通しゴリラの襲撃に遭い、寝るどころの騒ぎではなかった。深夜を過ぎたあたりで、ぶちぎれたシンが金色のボスゴリラに対して見事なスカイアッパーを食らわせていた。


 そして、ようやく今日の昼。森を抜けることができた。

 うん、素晴らしいショートカットだったよ。二度と使わないけれどもな!!


「とりあえず、寝よう。」


 私がそう言うと、目の下に隈をつくった二人が、無言で頷く。一つしかテントがないが、気にしている暇など、もはやない。青空が憎らしいほどにぎらぎらと輝いていた。




 目が覚めると、私たちは砂漠の前の森で眠っていた。

 いや、別に場所は変わっていないのだけれどもね。すぐ後ろにテントがあるし。


 やや傾いた太陽がオレンジ色に照らす砂漠からは、乾いた熱風が森のそばであるここまで容赦なく吹き付ける。細かい球体状の砂粒が顔に当たり、乾き熱せられた空気が私の肺の中に入り込む。


「いやー、砂漠だね。」

「さばく……ああ。見たことはなかったが、本当に一面砂の海なのだな。」


 眠気のとれたらしいシンが、体を濡らした布で拭きながら、答える。移動中に風呂に入ることは基本的に無理だ。そのため、濡らした布で体をぬぐい、汚れと垢をおとして体を清潔に保つのだ。だから、後ろは振り返らないほうが吉だ。野郎のラッキースケベはお呼びではないのだ。


「おはようございま……きゃあ⁈」


 背後から聞こえてきた悲鳴を私は無視する。よかったね、シン。ラッキースケベだよ。される側だけど。

 一瞬だけそう思ったが、少し考えて、私の表情はひきつった。


 __待って、まずくね? デリットさん、シンがオーガとのハーフだって、知らなくない?


 慌てて後ろを振り返ると、上半身裸のまま真っ青な顔をして頭に布をかけたシンと、真っ赤な顔をして目を抑えるデリットさんがいた。……え?


 デリットさんは、真っ赤な顔を両手で隠して、恥ずかしそうに叫ぶ。


「ひゅ、ふくを、着てください!」

「……そう言えば、デリットさん、教会育ちだっけ……。」

「……。」


 男性に欠片の免疫もなさそうなデリットさんに指摘され、シンは黙ってフード付きのローブに袖を通す。よかったね。あの反応だと、角を見られてなさそうだよ。

 ちなみに、シンの服の下は普通に筋肉で、何の面白みもなかった。




 全員で出発準備を整え、私たちは夜が来るのを待った。日中に砂漠を歩くのは、自殺行為であるからだ。日の傾いた今でさえ、砂漠の熱はじりじりと私たちの肌を焦がそうとしてきている。このまますぐに出発しても、誰かが熱中症で倒れてそこで全滅だ。


 とりあえず、私は手に入れた薬草類を整理しながら、装備をどうするか考える。


 風で舞い上がる砂を防ぐためにも、口元を覆う布は必須だろう。日光は……まあ、いつものローブを着てフードをかぶっておけば、それでいいか。

 あと、水をどうするか……作ろうと思えば、MP代用で水は魔力が足りている限りほぼ無限に作れる。だが、入れ物がない。ガラス瓶をすべて割られたのは、何気につらいことだった。


「ねえ、シン。何か入れ物とか持っていない?」

「……皿か何かがあるなら、昨日おととい使っていたはずだ。」


 ゴリラの襲撃で破れたらしい服を一着、手で裂きながらシンは肩をすくめて答える。ありゃま、そりゃそうか。水筒の一本もないのは、さすがにまずいか。


 少し迷った後、私はシンに声をかける。


「ちょっと森で水筒代わりになりそうなもの、探したほうが良くない? 水は作れるからそれでいいけれども、入れ物がないのはさすがに困るし。」

「ああ、そうだな。ちょっと待ってろ、デリットに声を……」


 そう言ってテントに近寄るシンに、デリットは叫ぶ。


「い、今テントに入らないでください! 体拭いていますから!」


 二回目のラッキースケベはフラグキャンセルされたようだった。




 数時間後。瞬く星々と月明かりを頼りに、口元に布を巻き付け、ヒョウタンに近い植物で作った水筒を持った私たちは、夜の砂漠に足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る