第127話 森林浴()

 強行突破を決意してから数時間。私の心は、早くも折れかかっていた。


「ねえ、ダンジョン並みに魔物と遭遇しない⁈」

「仕方がないだろ、森のど真ん中なんだ!」


 シンはそうがなりながら、目の前のゴリラ似の魔物を殴り殺す。私はそこらに生えていた薬草を使って麻痺薬をつくり続ける。回復は元神官のデリットさんに任せたのだ。


 森の入ってから、ゴブリンたちに襲撃され、それを殲滅したかと思えば、オオカミの群れに襲われ、追い払ったと思えばよくわからない巨大アリに蟻酸を吐きかけられ、そして、ようやく今に至る。自然が豊かすぎない?


 分厚い緑は日光を遮り、まだ日中だというのに、曇りの日のように薄暗い。水気が多いのか、怪我をしたらすぐに腐ってしまいそうなほどに湿気がある。いうなれば、熱帯雨林のような環境だ。

 ただ、その分薬草は回収できている。むしろ、新しい薬草も手に入って収益があるといえるくらいだ。……まあ、生きてこの森から出れたらの話だけれども。


「うえ、薬草生えているところに、蛇いるわ。どうせ毒ありそうだし触らないでおこ。」

「毒蛇、ですか。もし噛まれたら言ってください。キュアポイズンが使えます。」


 そういうのは、そこいらで拾った木の枝を杖代わりにして歩くデリットさん。魔法の発動体はべっこう色の石のはまった指輪であるらしく、杖は本当に歩きの補助にしか使っていない。


「そうか、助かる。」


 デリットさんの言葉に、手についたゴリラ似の魔物の毛を払いながらシンは返事をする。よく考えたら、戦闘しているの、主にシンとデリットさんだもんな。私はできるだけ怪我をしないように注意しておこう。というか、それくらいしかすることがない。


「このゴリラ……魔物からとれる素材は?」


 私がそう質問すると、シンは、少しだけ考えてから答える。


「毛皮と牙だ。固い素材の牙はナックルにつければ見た目も良くなるし、お守りとしても売られているな。毛皮は普通にコートとかその辺に使われる。値段は高くもないし、安くもない。正直、はぎ取っている暇があったら、ここから離れたいところだな。」

「じゃ、魔石だけ取って離れようか。っていうか、装飾に使われるのね、牙。」

「ああ。稀に武器として使うやつもいるが、正直牙だとか骨だとかは強度の問題上、俺が使えねえ。人間族の武器は見た目はいいのだが、脆くてしょうがない。」


 シンはそう言うと、ゴリラ似の魔物の犬歯を指先でつまみ、そして、力をこめる。すると、あっさりと牙は砕け散り、大小さまざまな欠片を腐葉土に近い地面にばらまいた。うわ、脆いね。

 私はそう思っていたが、デリットさんはシンのその行動をみて、驚いたように口をポカンと開けていた。


「今更だけど、包帯は大丈夫?」


 私の質問に、シンは短く答える。


「ああ。スライムだとかじゃあない限り、後5回くらいなら問題なく戦える。」

「わかった。さっさと魔石取っておくね。」

「……お前、ナイフ持っていないのじゃないのか?」

「……そうだった。」


 シンはため息をついて、数少ない荷物の中から鞘の付いたナイフを私に放り投げた。ありがと。

 すでに命の失われたゴリラ似の魔物に、軽く両手を合わせてから、私は鞘から白い刃を抜いた。







 前田先生が城から出て数日。まず最初に前田先生が向かったのは、王都からも比較的最寄りで最も環境が悪い場所、『霞の樹海ミスト・フォレスト』だった。


 もちろん、ダンジョンの中に飛ばされてしまった可能性も考えなかったわけではない。だが、『勇者の国』のダンジョンの数は、ゆうに千を超えるため、一つ一つしらみつぶしに探すことは不可能である。さらに、ダンジョンには階層ごとに転移するための魔道具がある。もしもダンジョンの中に転移させられたとしても、魔道具を使ってダンジョンの外に逃げ出すことができるはずだ。


 だからこそ、前田先生は霞の樹海を目指した。……護衛一人伴わず。


「無茶しすぎだろ、先生……。」


 は【隠蔽】の力で周囲に注目されないようにしながら、前田先生についていく。


 この世界の移動は、そこまで安全なものとは言えない。盗賊は現れるし、魔物も出るからだ。先生の実力では、魔物程度なら追い払えるが、盗賊……対人戦となると不便が出てくる。


 なぜなら、先生は魔術師であるからだ。

 魔術師のジョブは、『火魔法使い』のように、特化した魔法が使えるわけでもなければ、特殊な技法を使わない限り、無詠唱で魔法が使えるわけではない。必ず詠唱が必要になる。

 その隙が対人戦では致命的な隙となるうえ、詠唱によって使う魔法が分かってしまうというのも問題であった。

 魔物相手なら言葉が通じないため、何をしても問題ない。だが、対人だと言葉が通じてしまう。つまるところ、詠唱で魔法を予測されてしまい、回避のスキを与えてしまうのだ。


 だからこそ、先生が襲われないようにが警戒しているのだ。


__せめて、先生と同い年くらいの冒険者、それも、前衛職の味方がほしい。できるなら、周囲を確認してくれるようなシーフ職も。


 俺と僕はしばらく悩んだ末に、結論を導き出す。


__あのクソ悪魔と、取引するか……。



 季節は、秋から冬へと移り変わろうとしていた。

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