第123話 信仰の代償(4)

 町へやって来たミハイは、デリットを含めた孤児院の人間をみんな癒した。

 病を癒されたデリットは、これは神の導きだと考えた。家族を救ってくれたミハイに恩返しをしながら、旅をする。そうすれば、両親を見つけられるかもしれない。そう思ったのだ。


 デリットは、ミハイに自身を売り込んだ。

 神聖魔法や一部属性魔法が使えること、料理ができること、侍女の仕事ができること。ミハイは、デリットを受け入れ、旅の仲間とした。


 町や村をめぐり、病を癒し、少しずつ人を増やしていきながら、ミハイはやがてアレドニアの街にたどり着いた。

 そこで出会ったのは、フードをかぶり、正体を隠した薬師。先にアレドニアの街についた彼女は、領主代理の支援を受けつつ、無償で『神の試練』を癒せる薬を配っていた。


 デリットは正直、『神の試練』が治せる薬ができたことに驚きと安堵を覚えていた。これで、ミハイ様天子様がいなくなったとしても、『神の試練』で死ぬ人間がいなくなると。


 だが、布教を行うためにやって来たミハイは違った。都合が悪かったのだ。そして、運も悪かったのだ。

 彼女らが来るのが後一日遅ければ、白き薬師かのじょが『神に逆らいし者』でなければ、ミハイは怒りに支配されることがなかっただろう。


 宣誓魔法を使った後、ミハイは彼女に尋ねた。


「あの白き薬師をどう思いますか?」


 デリットはそれに対して正直に答えた。


「特にどうも思いません。ですが、『神の試練』を完治させる薬をつくったことは評価すべきかと。」


 結果が、表彰式だ。

 白き薬師を殺す決断を下したミハイに、デリットは逆らった。家族孤児院を救ってもらった恩は確かにあった。だからこそ、彼女を救わないことで、ミハイが白き薬師を殺すことで舞い降りる不評のほうが危険だと判断したのだ。


__ミハイ様に、人殺しという取り返しのつかない不評を与えるわけにはいかない。


 その忠誠心に従い、デリットは白き薬師を守った。





 デリットは、茶色く変色した髪の毛を茫然とつかんだ。

 声が、出ない。感情があふれて、音が出せない。


 変わってしまった。失ってしまった。遠くからでも見える、両親とのつながりであった、髪色きんいろを。


__もう、お父さんに、お母さんに、見つけてもらえない……?


 舞台上で崩れ落ち、デリットは絶望に包まれた。

 そんなデリットに、ミハイは容赦なく声を投げかける。


「さっさとここから出ていきなさい。『天使に逆らいし者』。」

「……」


 デリットは、動くことができなかった。あまりにも大きい失意に、体が耐えきれなかったのだ。返事をしないデリットに、ミハイは深くため息をつくと、そばに控えていた男に声をかける。


「リヒト、このものを街の外へ。」

「かしこまりました、ミハイ様。」


 男は、恭しく頭を下げると、デリットの服の首をつかみ、引きずるようにして町の外へと連れていく。


 デリットは、抵抗することもなく、外へと連れていかれた。





 領主代理の手引きで、アレドニアの街から外に出た私とシンは、雑にまとめた荷物を担いで、街道を目指した。


「あー、結局、テントも一個ダメになっていたね。私のテントだけど、シンも交代で使う?」

「そうなるだろうな……ここのところ、収益ばかりだったから気が抜けていた。ここからは気を引き締めていくぞ。」


 私の声に、シンは眉間を抑えてそう答える。だいぶ堪えているらしい。


「……そんなに、お酒が飲まれたのがショックだったの?」

「……まあ、それもあるが、俺はお前の護衛だろうが。荷物にも被害を与えないのが、俺の仕事なんだよ。」


 シンは、頭を掻きながら、そう答える。私にはだいぶ警戒を解いてくれているのか、やや捲れたフードからちらりと琥珀色の角が見えた。

 薬草くらい、大丈夫だけどなぁ。正直、アレくらいだったらその辺に生えているからいくらでも回収できるし。

 少しだけシンに申し訳ない気持ちの沸いた私は、やや明るめの声でシンに言う。


「まあ、大丈夫だよ。金銭的な被害で言えば、シンのほうがひどいわけだし。」

「……うるせえ。次の街で何か奢れよ。」


 包帯は何とか無事だったらしいが、私たちの泊まった部屋から、シンの財布は見つからなかった。部屋も大分荒らされており、状況から考えても盗まれたらしい。当然、私の薬は全部だめになっていた。踏んだり蹴ったりだね。


半銀貨一枚一万円までね。それ以上は出す気がないよ。」

「くそ、ケチとは言えないぎりぎりのところを狙いやがって……半銀貨一枚ちょうどまでやけ食いしてやる。」

「遠慮しようよ⁈」


 そんなやり取りをしながらも、周囲を警戒しつつ、私たちは街道へと足を進める。ミハイたちからの追撃が来ないとも限らないのだ。

 しばらく歩いていると……唐突に、シンが私の服の襟首をつかんで動きを止めさせた。ぐぇ、と小さな声を上げた私に、シンは小さく警告する。


「前方30メートル、街道手前の雑木林。二名の人影、片方は剣を持っている。」


 シンの声につられ、私もそちらに目を向ける。すると、二人の人間が雑木林の陰にいることが分かった。


「うげっ、追手?」


 私の質問に、シンはしばらく林を睨みつけた後、首を横に振った。


「いや、トラブルかもしれない。男が、女を無理やり引きずっている感じだ。」

「……!」


 私は、息を飲んだ。それはヤバい。小さめの声で私はシンに言う。


「助けられそうだったら助けて。無理だったら、時間稼ぎを。私が門番に声をかけに行く。」

「わかった。」


 シンは頷くと、新しい包帯の巻かれた拳に魔力を込め、足音を殺して雑木林の方へ駆け出す。しなやかなその動きは、猟犬を彷彿とさせた。

 薬を持っていない戦力ゼロの私は、じっと雑木林の方を見守る。ヤバそうだったら即座に門番に声をかけるつもりだ。


 しかし、私の気遣いは不要だったらしい。拍子抜けをするほどすぐに鈍い打撃音がひとつ響き、シンは一人の女性を抱えて私のもとへと戻ってきた。今回は、所謂お姫様抱っこというやつだ。……おい、私の扱い、雑じゃない?


「早かったね~。」


 私はそうシンに声をかけるが、シンはなんだか微妙な表情をしている。

 え? 何? 手遅れだったの?

 一瞬だけ不謹慎にもそう思ったが、シンに抱えられた茶髪の女性は小さく抵抗してシンの腕から降りようともがいている。よかった、無事だったみたい。

 複雑な表情を浮かべたシンは、私に言う。


「どうする? シロ。」

「え? 何が……」


 私がそう言いかけると、茶髪の女性が声を上げた。


「放してください!」


 あたりに凜と響く、女性の声。私は、この声に聞き覚えがあった。でも、そんなわけがない。彼女は、茶髪じゃあなかったはず。

 ほぼ無意識に、私は声を出す。


「……デリットさん?」


 その声を聴いた女性は、一瞬体をピクリと硬直させた。

 シンは、眉間に深くしわを刻んでため息をつく。


「お前、マジで疫病神か何かか?」

「失礼にもほどがない⁈」


 否定できないけどな!

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