第122話 信仰の代償(3)

 足名とシンが元貴族の別荘に侵入していたころ。

 デリットは、ミハイの前に膝をつけていた。


 冷ややかな目つきで、ミハイはデリットのことを見下ろす。


「貴女は、何をしたのか、理解しているのかしら?」

「……はい。わかっております。私は、ミハイ様の加護を受けるに値しない行為をしました。」


 デリットは、顔を上げずに、ただただそう返事をする。だが、ステージの床に向けられたデリットの顔には、後悔という感情は浮かんでいなかった。

 頭を下げたまま、デリットはミハイからの次の言葉を待つ。何を言われようと、受け入れる気でいたのだ。


 そんなデリットに対し、ミハイは眉を吊り上げたまま言う。


「当然ですが、あなたから私の加護を剥奪します。その上で__」


 ミハイはそこまで言うと、一度言葉を切り、あまりにも美しい顔に嗜虐的な笑みを浮かべて言う。


「貴女を、アリステラ教から破門します。」

「……!」


 ミハイの言葉を聞いたデリットは、息を飲む。

 アリステラ教からの破門……それは、今後アリステラ教の教会及び、その関連施設に立ち入り禁止という意味である。勇者の国において、国教であるアリステラ教の権力は大きい。結婚式は大抵アリステラ教の教会で行われ、治療院や学校などがアリステラ教会に運営されている場合もある。


 つまり、もし死んだとしてもアリステラ教の祈りをささげられることはなく、結婚式に行くこともできず、けがをしたとしても治療院に立ち入ることができない。


 そして、なによりも、破門されると、女神アリステラに祈ることが許されない。

 敬虔なアリステラ教徒であったデリットにとって、それはあまりにも重い罰であった。


 しかし、デリットは反抗しなかった。目を伏せ、浮かび上がろうとする涙をこらえ、震えそうな声を必死に絞り出して答える。


「……かしこまりました。」


 その瞬間、デリットの艶めく金髪が、その色を失った。

 抜けていく色彩。失われていく魔力。消えていく。薄れていく。溶け出していく。


「あっ」


 デリットは、小さく声を上げる。


 美しかったデリットの金髪は、何の特徴もない茶色に変わっていた。

 それに気がついた瞬間、デリットの瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。


「アリステラ様に祈りを捧げられない貴女に、金の色彩など不要でしょう? 色を抜いてあげたわ。」


 ミハイは、自身の黄金のように輝く金の絹を見せつけるようにさらりと指で払い、口角を上げ言う。

 だが、デリットには聞こえていなかった。ただ、自らの茶色に変わり果てた長い髪の毛をつかみ、呆然と目を見開く。


 世界から、色が抜け落ちていくような気分だった。





 デリットは、自身が子供だった頃を幻視した。

 金色の髪の毛の両親。空のように蒼い瞳は父親譲りで、目元は母親似だったデリット。パン屋を営んでいた両親と共に、幼い彼女は幸せに暮らしていた。


 だが、魔物の襲来と共に、デリットの日常は儚く崩れ果てた。


 燃え上がる家々。逃げ惑う群衆。母親に手を引かれ、デリットは必死に町の外へと続く門の方へと逃げ出した。町の中にある避難所は、もうすでに煉瓦造りのオーブンに変わってしまったのだ。


 人混みに揉まれながら、走り続け、逃げ続け、ようやく火の粉がかからない場所にたどり着いたその時。握られていたはずの右腕が、空いていることに気がついた。


 そう。デリットは、親とはぐれてしまったのだ。


 混乱のせいで両親は見つからず、結局幼いデリットは近所の教会……アリステラ教の孤児院に、デリットと同じように両親とはぐれてしまった子供たちと一時的に所属することとなった。


 魔物の襲来から一週間。混乱も収まり始め、少しずつ孤児院の人数が減っていく。

 孤児院の門の前では、いつものように安堵の泣き声と、子供の名前を呼ぶ声が聞こえていた。


 だが、二週間たっても、三週間たっても、デリットの両親の声は、やってこなかった。


 教会の神官見習いの修行を受けながら、幼いデリットは心の底で思っていた。


______大丈夫。お母さんとお父さんが、すぐに私を見つけてくれる。だって、この髪の毛、目立つもん。きっと、遠くからだって見つけてくれるはず。


 艶めく金色の髪の毛を撫で、デリットは神官になるための修行を続けた。いつか、両親が見つけてくれると信じて。


 信じて、願って、13年がたった。

 その頃にはデリットも神官としての仕事になれ、神に祈りを捧げながら、怪我をした人々を癒す日々を送っていた。

 家族同然の孤児きょうだいたちと過ごす日々は、『しあわせ』であった。

 だが、運命は、デリットの幸せを奪おうとその流れを狂わせた。


 疫病、『神の試練』が、デリットの暮らしていた町に広がってしまったのだ。


 精一杯、治療した。聖書を何度も何度も読み返し、たくさんの神聖魔法も試した。薬草も薬も使った。しかし、治らなかった。治せなかった。


 いつの日にかデリットも病にかかり、死の縁をさ迷った。

 熱に浮かされ、失われていく命を目の当たりにして、デリットは思った。


______お母さんを、お父さんを、探しにいけば、会いに行けばよかった、と。


 魔物に襲撃されたデリットの故郷から、両親の遺体は見つかっていなかった。だから、探しに行けばよかったと後悔したのだ。


 そんなときに、大天使ミハイが町に奇跡をもたらした。

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