第121話 信仰の代償(2)

 大雑把な準備も終わり、私とシンは裏口から屋敷に侵入した。目的はただ一つ。荷物の奪還。

 こういうとカッコいいが、結局シンが忘れた財布の回収と、なくなると微妙に困る旅の道具の回収が目的だ。


「じゃあ、裏口から侵入して、出会ったやつは問答無用で殴り倒して荷物の回収をしたら逃走でおーけー?」

「頭悪そうな計画だな。」

「ちょ、ひっどいな! これが一番確実でしょ?」


 シンと軽く話し合いをしながら、私とシンは周囲を警戒する。

 かなりずさんに占拠しているのか、今のところ敵影は見当たらない。だが、油断することはできない。攻撃力皆無とそろそろ攻撃力が半減しそうな味方が一人。対して敵は何人いるか想像もつかない。


「あ、シン。ちょっとキッチンによっても大丈夫? 冷やしておいた方がいい一部の材料はキッチンにおいてあるから。」

「わかった。警戒を怠るなよ?」

「さー、いえっさー!」

「でかい声を出すなバカ。」

「……さーいえっさー」


 小さな声で返事をしてから、私は慎重にキッチンに入る。耳を澄ませながら体を進めれば、何やら誰かがいるらしい。談笑する音や、何かごそごそとしている音が聞こえている。


 シンと軽く目を合わせ、棚の陰に隠れながら音を立てないように音のする場所を見てみれば……そこには、キッチンの食糧庫をあさり、宴会を開いている男たちがいた。


 私たちの購入した保存食の干し肉をつまみに、見覚えのある酒を飲み、話に花を咲かせる三人の男たち。それを見たシンが、体をビクッと硬直させ、瞳に怒りを宿らせた。


「クソっ!あいつら、俺の酒を飲みやがって……!」

「ああ、あれ、見覚えがあると思ったら『オーガごろし』か。ヴィレッチ村の村長からもらっていたんだ。」

「あれ、普通に買うと高いんだよ。」

「でも、飲まれちゃっているからしょうがないよね。」


 私がそう言うと、シンは小さく舌打ちをしてから、食糧庫そばの保存庫を指さす。そこには、ぐちゃぐちゃに荒らされた私の材料が転がっていた。中身の入っていないガラス瓶さえもたたき割られるという徹底ぶりに、私は思わず頭を抱える。


「嘘やん。材料全滅してる。」

「……材料は期待できない。さっさと部屋に移動するぞ。」


 少しだけ口元に笑みを浮かべ、シンは私にそう言う。集めなおしかー。よほどの素材はなかったとはいえ、キッツいなー。

 少しだけ考え込んでから、私はシンに対して口を開く。


「金目のものはあさられているだろうし、シンの財布こそ期待できないでしょ。あとは私たちの部屋のテントとかその辺くらい? 私は無くして困るものはあんまりないけど、シンは大丈夫?」

「……冒険者ギルドの証明書は身につけているし、正直包帯くらいだな。財布は期待できないのだろ? 銀行にいくら入っていたっけな……」


 頭を抱えるシンに、私はそっと肩をたたく。ドンマイ。私は替えのきくものしか失っていないからね。


 私たちは音を立てないように、慎重にキッチンから出ようとして……


「いやー、世の中物騒だが、今は最高だな!」

「ああ。何でも、ちょっと前に王都が襲撃されたらしいな。こっちはこっちで疫病が流行るし……」

「王城が半壊したのだって? 怖いよなぁ。」


 思わず、足を止めた。


 待って、王都が襲撃? 王城が半壊?

 王都にいる茜ちゃんたちは……?


「シン、あいつら、捕まえておくことってできる?」

「……どうした?」

「かなり気になることを言っていた。ちょっと、情報を引き出したい。」

「……簡単に言うなよ。そんなことをしていられるほど、暇か?」


 冷静にそう言うシンに対し、私は再度質問する。


「……無理?」


 そう聞くと、シンは深くため息をついて言う。


「……わかった。何かの事情があるのだな。財布パクられた俺に、あとで何かおごれよ。」

「……! ありがとう! 財布が部屋に残っていたら、おごらなくてもいいのだね!」

「いや、おごれよ。」


 心の底からシンに感謝をしてから、私は顔を上げる。とりあえず、おとりくらいはするか。

 ゆっくりと音を立てないように食糧庫のそばに移動し、少し息を吸い込んでから、私は立ち上がる。そして、叫ぶ。


「泥棒!」

「うわぁ⁈」

「ひぃっ⁈」


 武器をとるでも、声を上げるでもなく無様にしりもちをついた男たち。

 彼らが私の声に気をとられた一瞬のうちに、シンは背後に忍び寄り、そして二人の男に拳をそのまま振り下ろした。


「がっ」

「うぐっ」


 首筋に強撃を食らった男二人は、あえなくその場に崩れ落ちる。殺さないために、魔力撃は使わなかったらしい。

 そして、腰が抜けたらしい赤髪の男に、私は声をかける。


「ねえ、さっきの話、詳しく聞かせてくれない?」

「ひぃっ! し、白き神敵!」


 震える手で私を指さし、男はそう悲鳴を上げる。


「よう、白き神敵。」

「うるさい。さっさと聞かせて。」


 茶化すシンを無視し、私は男に質問を重ねる。そうすると、男はしばらく何かをためらった末、言った。


「王都の襲撃事件のことか? 城が半壊した翌日に、第一王子のリンフォールが王位継承を宣言したんだ。あんまりにも突然だったもんで、周辺貴族が大反対して暗殺者を仕向けたらしくて、大混乱が起きたんだ。」

「え? そんなことがあったの?」


 私が思わずそう聞くと、男はしゃべっておけば危害が加えられないと判断したのか、饒舌に口を開く。


「ああ。この辺はそんなことよりも病気のほうがやべぇから、噂にはなっていなかったけれどもな。王都周辺の領土は大混乱だ。」

「で、王城が半壊したっていうのは?」


 私がそう聞くと、赤髪の男は眉を寄せて悩んだ末、答える。


「よくわかっていない。城が半壊したというのは事実なのだが、それ以上の情報が流れていない。」

「犯人の情報とかはないの?」

「ああ、ないな。」

「そう……。」


 それを聞いてから、私は考える。茜ちゃんたちが無抵抗でやられるわけがない。ということは、何かの襲撃があって、それに抵抗する時に城が半壊したのかもしれない。ぶっちゃけ、朝井君ががんばったら城の一つや二つくらい壊せそうだし。


 あかねちゃんたちは無事かどうか結局わからないが、別に問題はなさそうだ。なんだ、王都が襲撃とか言うから、もっと物騒なのを想像したじゃない。

 私は、シンと目を合わせ、首を振る。


「うん、もういいや。ありがとう。シン、よろしく。」

「わかった。」

「え、まて、俺は……むぐっ!」


 大声を出そうとする男の口を片手でふさぎ、シンは情け容赦なく拳を振り下ろした。そうすれば、すぐに男は意識を失った。


「いやー、特に問題なかったわ。おごるの、安めでいい?」

「いいわけないだろアホ。」


 その後、荷物を回収した私たちは、何事もなく屋敷の外へと出た。

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