第120話 信仰の代償(1)
「神よ、私にご加護を!【ファーストガード】!」
瞬間、まばゆい金の壁が私と信者たちとの間に現れ、彼等の猛攻を止めた。
声のもとを見てみると、そこには、デリットさんがいた。
え? 何でデリットさんが私を守ったの?
意味が分からず顔を上げると、ステージ上には驚きと怒りの入り混じった表情を浮かべたミハイが立っていた。
「デリット! 貴女はいったい、何をやっているのですか!」
「それはミハイ様です! なぜ、彼女を殺そうとするのですか!」
ミハイに対し、怒鳴り返すデリットさん。その返答に、ミハイはやや驚いた表情をした。
デリットさんは、泣きそうな顔をしてミハイに言う。
「昨日、彼女は! 嘘をつきませんでした! だから、罪はないはずです!」
「そんなの関係ないわ! そいつは神の敵なのよ!」
「だとしても! この街とロゼの町を救った彼女には、情状酌量の余地があるはずです!」
バリアを維持したまま、デリットは声を荒げる。目にたまった涙が、一筋頬を伝う。奥歯を噛みしめ、デリットは叫ぶ。
「ミハイ様に家族を救っていただいたご恩は忘れていません! だからこそ、この街とロゼの町を救った彼女をミハイ様に殺させる訳にはいかないのです!」
飛び交う石や罵倒が、一瞬だけ弱まる。そして、茫然としていた私の右手が、誰かに引っ張られた。
「うへぁっ、シンか。」
「逃げるぞ!」
「待って、荷物はどうする?」
「……屋敷に寄ってから逃げるぞ。」
シンはそう言うなり、私を担いで戦線離脱をする。当然、お姫様だっこなどというものではない。腰に手を回され、わき腹のあたりでだらんと体を下げる形になる、所謂俵担ぎというやつだ。
「待って、担ぎかたぁ!」
「黙ってろ! 舌噛むぞ!」
「言うのちょっと遅かった! 口痛い!」
シンに担がれたまま、私たちは別荘へ向かう。観衆の目がちょっと生暖かくてつらかった。
特に妨害を受けることなく、領主代理の兵士に援護をしてもらいながら、私たちは大通りを駆ける(主にシンが)。だが、当の別荘は、すでにミハイの信者たちによって占拠されていた。
占拠している彼らをどうにかしようと領主代理の派遣した衛兵が努力をしているが、多数に無勢でどうにもなっていない。むしろ、怪我をしているためマイナスなのが現状だろう。
「うっへぇ、荷物、どうする?」
私がそう聞くと、シンは苦い顔をして答える。
「あきらめるってわけにもいかないだろ。シロが作った薬、置きっぱなしになっているだろ? 第一、俺は財布を部屋に置き忘れた。」
「ずいぶん笑えるミスするね。……あ、私もシンへの報酬、部屋におきっぱだ。」
「よし、強行突破するぞ。お前が前衛、俺が後衛だ!」
「冗談冗談! 渡す分の報酬はギルドに預けてあるから!」
私がそう答えると、シンは軽く舌打ちをした。酷いな、おい!
というか、ふざけている暇はない。なんだかんだ言って着替えや荷物、移動時のテントなどをすべて買いなおすとなると、シャレにならない出費になる。それは、シンも同じだ。いや、シンのほうが被害が大きいと考えられる。
占拠している集団に見つからないよう、路地に身をひそめながら、私はシンに質問する。
「シンってさ、戦闘時に使う包帯、あれ、特注か何かでしょ?」
シンは頭を軽くかきながら答える。
「ああ。魔力伝導率のいいスパイダーの糸を使っている。糸自体は狩りをすれば手に入るが、包帯にするとなると時間がかかるな。ついでに、金もかかる。」
「あれ? 書いてある呪文は?」
「自分でやろうと思えばできる。まあ、外注したほうが楽だがな。」
「これを期に新しい装備にするって手は?」
「無い。全力で殴っても壊れない装備となると、金がかかりすぎる。」
「世知辛いな……。私は薬の中身はともかく、ガラス瓶がないと作っても意味がないからな。」
「買い替えろよ。」
「確かに。」
そんなくだらないやり取りをしながらも、私は自分の所持品を確認していく。
今持っているのは、ちょっと綺麗めなワンピースに、戦闘機能皆無なおしゃれ靴、それに、レースがきれいなハンカチくらいだ。あと、ポケットの中に財布代わりの布袋。冒険者ギルドのギルドカードはこれの中に入っている。
「ナイフの一本や二本、買っておけばよかったな……」
「お前、ワイバーンの時に壊してから買い替えていなかったのか?」
「料理用のナイフは買ったけど部屋の中だし、戦闘用は騒動がありすぎて頭から消し飛んでた。」
「……戦闘用のナイフで料理を作るなよ?」
「作らないよ、私を何だと思っているの!」
かなりふざけたやり取りをしているが、正直そこまでの余裕はない。
私と同じように状況確認をしおえたらしいシンが、口を開く。
「包帯は消耗品だからな。今つけているやつも、そろそろ擦り切れて使い物にならなくなりそうだ。」
「私に至ってはMP不足感が否めないわ。あと三回塩酸か麻痺薬作ったら、MP切れだね。材料を一切持っていないし。」
「魔力不足……俺はまだまだ大丈夫だが、会場にいた雑魚以上の敵が出るとなると面倒くさい。」
「ちなみに、どんな敵を予想中?」
「熾天使だとか、座天使だとかが出てきたら確実に積むな。」
「ごめん、神についてよくわからないから、ちょっとよくわからなかったわ。シン、割と余裕じゃない?」
包帯を巻きなおし、低級ポーションで擦り傷や小さな切り傷を癒しながら、シンはずいぶんと適当な答えを吐く。『してんし』って何?
そうこうしているうちに、シンは準備を終えたらしい。
「裏口から侵入し、荷物を攫ったら即脱出だ。できればロゼの町から来た奴らの分の荷物も確保しておきたいが、あまり期待できないものだと判断してをこう。」
「おーけー。じゃ、シン。がんばって。」
「……お前は面倒ごとに絡まれるなよ。」
「言うの遅くない?」
そんなこんなで、私たちはアレドニアの街から脱出することとなった。
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