第112話 天使との遭遇
昼過ぎまで薬を作っては配り続け、ようやく列の終わりが見え始めてきたころ。
MPポーションの飲みすぎで胃がムカムカしてきた私は、パンを透き通ったチキンのスープで煮込んだ胃に優しい食事を飲み込むように食べていた。
鶏ガラだしの旨味と長ネギみたいな味のする野菜がよくあう。というか、麺が入っていたならラーメンになっていただろう。あー、ラーメン食べたくなってきた。でも、ラーメンの麺って、何からできているのだっけ……?
そんなことを考えながらスープを飲んでいると、列の後方から歓声が聞こえてきた。何事?
ふらふらする頭を軽く押さえ、歓声の聞こえてくる方を見てみれば、そこには何かの集団がいた。
一番目立つのは、羽根……というよりも、純白の翼を背中に生やした人のようなもの。列の後方まではまだ何十メートルと離れているが、彼女は慈愛の笑みはその距離からでもはっきりと見ることができた。
そして、一番目立つ、まるで天使のような彼女を取り囲むように、屈強な男や美しい金髪の侍女らしい人が配備されている。正直、意味が分からない。
「でもまあ、ご飯を食べている暇じゃないってことはわかるわ。」
空っぽになった木のスープ椀をすぐ近くの机の上において置き、私は荷物運びを手伝っていたシンに声をかけた。
「あれ、何?」
「……俺も今一つわからない。鳥獣人なら顔も鳥っぽいはずだからな……第一、二対の翼をもつ鳥の存在を俺は知らない。」
「列が乱れてきているけど、どうしようか……。」
顔を見合わせてから、私たちは肩をすくめた。正直、これ以上疲れるような騒動が起きてほしくない。
半分よりも後ろの列が乱れ始めているのを見た私は、十分に薬が残っているのを確認してからシンとともにその天使と取り巻きたちの集団の方へと歩み寄った。
列の後方……場所にして、この元貴族の別荘の門の前で、彼らはやたらに大きく豪華な馬車を庭に駐車(?)して、何やら並んでいる人たちに回復魔法をかけていた。
__は?
頭痛を覚えた私は、思わずこめかみに手を当てる。
いや、病気の人を治してくれるのは、凄くありがたい。ありがたいけど、でも、何で列の後方から治しているの?
百歩譲って、私たちに何も言わずに駐車場としてこの庭を使い、そのうえで治療を始めたことは許そう。いや、むしろ、治療自体は何度も言っているようにありがたい。でも、何で列の後方から治療するの?
私は、前の方に並ぶ人たちが昨日の夜から並んでいることを知っている。そして、その列を整えるのに、たくさんの人員を使ったことも覚えている。
だが、今はどうか?
天使を守るように配備された人員。彼らは、治療を受けている人以外を見てはいない。
列も整備せずに、最後尾から何も考えずに治療を始めたらどうなるか。結果は数秒と立たずに見えた。
「こっちで治してもらえるって?!」
「俺を先に直してくれ、女神様ぁぁぁあ!」
「娘を治してください!」
列の中間から崩壊するようになだれ込む人々。彼らは門の狭くなった場所で大渋滞を引き起こした。
そこからの混乱はひどかった。私とシンは目を合わせることもなく列の方へと駆け寄り、彼らが怪我をしないように門の金属をひっつかむ。そして、全力で引っ張り、半開でしかなかった門を全開にした。ガシャンという大きな金属音は人々の雑踏と熱狂に踏みにじられて掻き消えてしまった。
シンは持ち前の身体能力を生かし、列から弾き飛ばされてしまった力のない人や乱闘を始めようとする人を押しとどめ、転んで踏み潰されそうになった人々を救い出す。
ボランティアで来た少年少女たちも、必死になって手伝うが、混乱はひどくなっていくばかり。何もする気のない天使の護衛たちに、新たな人命救助を行わざるを得なかったシンは詰め寄った。
「お前らも手伝えよ!お前等が急に来るから、列が崩壊しただろうが!」
シンの怒りの声に、護衛の男たちは手に持った槍を向けて返事をした。
「ミハイ様に手を出すつもりか。下郎が!」
「下がれ不審な奴め!ミハイ様の威光を受けたいなら列に並べ!」
そのやり取りを転んだ少女を抱えて列から出ながら聞いた私は、シンに向かって怒鳴った。
「ジャック!そいつらに何を言ったところで無駄!話が通じてない!」
どう考えても、あいつらの目は節穴だ。この混乱で、いったいどこに列が存在するというのだ。まあ、フードを深くかぶっているシンを不審な奴だという彼らを否定することはできないけれどもね。
そう怒鳴った私に、一人の屈強な金色の男が怒りの形相を浮かべてこちらへずかずかと歩み寄って来る。それを見たシンが慌ててこちらへ駆け寄ってくるが、それよりも男が私の襟首をつかみ上げるほうが先だった。
首が服に引っ張られて痛い。正直怖い。けれども、私は男に対して吐き捨てるようにこう質問した。
「何の用? 私は忙しいのだけど。」
私の質問に、男は顔を真っ赤にして大声で怒鳴った。やめてよ、唾が顔に飛んでくる。
「貴様、我々を何だと思っている!」
「馬車の不法駐車をしている人たち。」
「んんっ!」
駆け寄ってきたシンが笑いそうになったのを噛み殺した。いや、笑わないでよ、事実じゃん。
私の回答は、あの金髪の男のお気に召さなかったらしい。額に青筋を浮かべたその男は右こぶしを振りかぶり、そして、私の右ほおを殴り飛ばした。
「ぐっ?!」
「シロ?!」
シンの絶叫。
熱い?いや、痛い!
鈍い熱を右ほおが叩き、首にひりつくような痛みが突き刺さり、そして、コンマ何秒間かの浮遊感の後に、地面にぶつかる衝撃。
背中から地面にたたきつけられた私は、息ができずに一瞬だけ口をぱくりと動かした。咳き込むことでようやく酸素を取り込む。
体が重く、動かない。
とにかく、何かヤバい。「何が?」と質問されてもまともに答えられない。がけれども、確かにヤバい。HPがゴリッと削れた感触がある。
腰のポーチに手を伸ばし、中級HPポーションを手に取って飲み干す。かすかに痛みが引いたが、衝撃と恐怖までは拭い去れない。
いや、マジで何?
でも、あれか。この状態だと、これを言わなければならない……!
「ぶったな!親父にも殴られたことがないのに!」
「………今、それを言う必要があったか?」
律義にもそう返してくれたシンは、私を殴った金髪の男を蹴倒し、そして捕縛した。いや、ほら、こういうときくらいしか言えないじゃん?
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