第91話 ワイバーンスカーレット(2)
「来いよ、赤いだけの羽根つきトカゲ。」
『グルガアアアアアアァァァァァアア!!!』
先に仕掛けたのは、ワイバーンだった。
ジャックさんの言葉に怒り狂ったのか、巣穴に堂々と足を踏み入れた愚か者を排除しようとしたのか、ワイバーンは、左翼を振りかぶり、爪でジャックさんを切り裂こうとする。
シュッ
空気を切り裂くような、甲高い音が避難した私の方にも届く。当たればきっとタダではすまないだろう。私だったらかするだけでHPが消し飛んで即死しそうだ。
だが、そんな大振りな攻撃が当たるわけもなく、ジャックさんは軽く前に出ることでその爪を避けた。
そして、そのまま左拳を振るう。
どすっ
『グギャァッ!?』
大きな体が災いし、ワイバーンは拳を腹部で受け止めることとなった。一瞬、ワイバーンの巨体がぐらりと揺れたが、このまま近くにいると危険だと判断したのか、ワイバーンはジャックさんから距離をとる。
「……見掛け倒しか。」
残念そうに呟きながらも、ジャックさんは油断なく拳を構えワイバーンを睨む。よくみると、拳に巻いてある包帯がうすらぼんやりと光っていた。どういう仕組みなのだろう。
ジャックさんの想定外の攻撃に、ワイバーンはと怒り同時に焦りを覚えたらしい。耳障りな絶叫とともに、ワイバーンは空へと羽ばたいた。
……ん?
「ちょ、おまっ!」
「まずい!逃げるつもりだ!」
凄まじい風圧がほおを撫で、私とジャックさんのフードを剥ぎ取る。
ジャックさんの焦り気味な声を聞き、脊髄反射ぎみに私はナイフを放り投げ、ポーチの中から麻痺薬を取り出し、ワイバーンに向かって投げる。
ワイバーンはまだ何かをしようとしていたらしく、届かないほど遠くには飛んでいなかったようで、小瓶は問題なくワイバーンの脇腹あたりにぶつかり、砕けた。
そして、翡翠色の床が砕ける音が響く。
重力に従い、落下したワイバーンは、もはや逃げる気が失せたらしい。かわりに、濃厚で突き刺さるような殺気が私とジャックさんに届く。
「ちょ、私にまでヘイトがきてる!」
私は慌ててナイフを拾い上げようとするが、どうやら遅かったらしい。
ワイバーンが大きく口を開き、息を吸う。
「うっわあああぁぁあぁあああ!!」
悪い予感を感じ取った私は、ナイフを放置して全力で横に飛ぶ。
どごおおおおおおん
今まで私がいた位置から、凄まじい轟音と風圧が発せられた。ちらりと背後を見てみれば、割れて赤熱した床。ワイバーンが、火を噴いたのだ。当然のように、ナイフは消失している。
「えええええええええ?!ワイバーンって、ブレスは使わないよねぇ?!」
私が絶叫すると、怒り狂った形相のワイバーンがジャックさんに躍りかかる。
「知るか!
ジャックさんも叫び返すと、拳を振るう。凄まじい速さのそれを、ワイバーンは自分の体で受け止め、そして、そのまま噛み付いた。
がりっ
「じ、ジャックさん?!」
鈍い音とともに、ジャックさんの右肩が赤黒く染まる。
ワイバーンはジャックさんの右腕を噛みちぎろうと、顎の力を強める。が、ジャックさんはそれを許さない。
「いっ、ってえ!」
ジャックさんは瞳と同じく金色の髪を振り乱しながら、乱雑にワイバーンの目玉を殴った。気持ちの悪い水音があたりに響く。
『グルラァァァアア!』
たまらず退避したワイバーン。そこにジャックさんは左腕を無理やり使い、追撃する。そして、また攻防が始まる。
その時。私は気がついた。
__なんで、ワイバーンは私を無視しているのだ?
ワイバーンが私にした攻撃は、ブレスだけ。いや、ブレスも十分に危険な攻撃ではあるが、その後は生死の確認すらせずにジャックさんの方へ攻撃している。
「……もしかして、ワイバーンって、すっごく頭が悪いの?」
そういえば、そんなことをジャックさんも言っていたな。私は、足音を忍ばせ、ワイバーンの背後に立つ。
……反応は、ない。相変わらずジャックさんにかかりっきりだ。
「……これは……生物としてどうなのかな……。」
無防備なワイバーンの背後を陣取りながら、私はぼそりとつぶやく。うん。確かに、パーティを組んで戦うならワイバーンは初心者向きだ。一方で派手な立ち回りをしてその背後から刺せば、ワイバーンを倒すことができるのだから。
私は、ポーチの中から麻痺薬を取り出し、よーく狙ってからワイバーンの右翼にかける。
『ぐぎゃああああああ?!』
「ジャックさん、今!」
「……おう。」
赤いワイバーンの右翼は、痺れて20秒は使えない。一度食らった後だというのに驚愕の表情を浮かべるワイバーンを前に、ジャックさんは詠唱を重ねる。
「【筋力強化】、【攻撃力強化】、【魔力撃】。」
そして、その光り輝く包帯のまかれた左拳を振るう。
ぐしゃっ
何かが潰れるような音が響き、そして、赤いワイバーンは崩れ落ちた。
私たちの、勝ちだ。
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