第90話 ワイバーンスカーレット

 準備を終えた私とジャックさんは、昨日の洞窟、つまり、インテリゴブリンの住んでいるあの場所へと向かった。

 一度通ったことのある道だったため、特に迷うことも事故が起きることもなく洞窟前に到着。


「で、ジャックさん。作戦は?」


 工芸用ナイフを片手に持ち、洞窟の暗闇を睨んだまま私はジャックさんに聞く。ジャックさんは、短く答えた。


「ワイバーンを見つける、見つけ次第殺す。以上だ。」

「うんうん、シンプルイズベスト。……んなわけあるか!」


 え、流石に冗談だよね?冗談だと言ってくれよ、ステファニー!


「いや、冗談でもなんでもないぞ?」

「雑な作戦だな、この野郎!」


 さも問題なさげに言うジャックさん。殴りたい、そのにやけ顔……つっても、フードをかぶっているせいで表情なんて見えていないけどね。

 とはいえ、私は戦わない以上文句を言うべきではないだろう。


 無計画なまま、私たちは洞窟に足を踏み入れた。




 松明の明かりで洞窟の中を照らしながら、私とジャックさんは警戒をしつつ、足を進める。頼りないオレンジの光と記憶を頼りに、暗闇を進み続け……


 そして、ワイバーンの死体のある場所まで戻って来た。

 壁や床には複雑な模様が描かれている。きっとここは、なんらかの遺跡だったのだろう。私は、風化しかけている遺跡の壁に指を滑らせた。


「ワイバーンは、あの巨体ゆえに狭い場所は通れない。いるなら、そっちの広い通路の奥だろう。」


 ジャックさんが小さい声で私にいう。振り向けば、入口のあの洞窟よりも大きな通路が見えた。もうあそこを通れってことかな?……行きたくないなぁ。


 周囲を警戒しつつもズンズンと前へ進むジャックさんの後ろをついて行き、数分間歩き続け、そして、広間に出た。


 松明の明かりは、もういらないらしい。


 破壊された天井から明るい日差しが差し込み、壁や床に反射し、神々しい雰囲気が漂う空間に、私たちは場違いにも踏み入れたのだ。


 ジャックさんは、左手に持っていた松明を投げ捨て、拳を構える。


 風化した床は元々は美しかったのだろう翡翠色のタイルによって覆われ、壁は複雑な図形によって埋め尽くされている。そして、それらの材質は全てガラスのような透明感をしており、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。


 そして、その中央。


 まるで王様のように堂々と鎮座している、前見たワイバーンよりもふた回りほど大きいそれ。


 普通のワイバーンの皮膜の色が沼のような緑色や灰色であるのに対し、その神々しいワイバーンは光り輝くようなガーネットだった。いや、もはやあれは皮膜ではない。鱗だ。

 折りたたまれた翼に、鉤爪。皮膚と腕は癒着しており、そのおかげでドラゴンではないということが確認できる。

 そしてその瞳はより赤く、深紅ルビーと呼ぶにふさわしい高貴な色で、その深紅はこの場への侵入者である私たちに、冷たい殺気とともに向けられている。


ワイバーンスカーレット紅き半竜って感じかな。」

「言いたいことはわからんでもないが、そんなことを言っている場合か?」


 ジャックさんが呆れたように私に言う。せやな。


「ジャックさん、ガンバ。とりあえず、瞬発力強化薬はあげるよ。」

「……ありがたくもらっておく。あいつが何をしてくるか俺にも予想できない。せめて全力で逃げておけ。」

「わかった。」


 ジャックさんの警告を聞き、私も瞬発力強化薬を飲み込む。うん、まずい。


『グルルルルルルル………』


 休息を邪魔する私たちに対し、ワイバーンは低い唸り声をあげる。体が痺れそうなほどの恐怖が私を襲ったが、なぜか動きは鈍くならなかった。


 ナイフを握りしめ、私は壁に沿ってワイバーンの正面から逃げる。


「【身体強化】、【筋力上昇】、【防御力上昇】、【瞬発力上昇】。」


 ジャックさんは短い詠唱を何度か繰り返し、魔法による強化を施す。そして、琥珀の瞳をワイバーンに向け、言う。


「来いよ、赤いだけの羽根つきトカゲ。」

『グルガアアアアアアァァァァァアア!!!』


 そして、戦いの火蓋は切って落とされた。

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