第89話 大……丈夫ではないな。

 宴会から一夜明け。太陽が顔を出してすぐに目が覚めた私は、広場の惨状にため息をつくほかなかった。


 地面に転がる空き瓶にコップ。倒れた椅子にテーブル。割れた皿も二、三枚落ちている。そして、何よりもひどいのは、情けない大人たちだろう。


 酔いつぶれ、地面に空き瓶やごみと一緒に寝転がる男衆。彼らの妻の一欠片の優しさなのか、薄い毛布がばさりと乱雑にかけられている。……うん、優しさではない。あれは情けだ。


 たまにうめき声が聞こえていることで彼らの生存が確認できる。そんな男たちを冷ややかな目で見る女衆。あーやだやだ。怖い怖い。


 私はそんな屍の中からジャックさんの姿を探す。


「あ、いた。」


 数分とたたずに、建物に寄りかかるようにして眠るジャックさんを見つけることができた。……せっかく宿を借りたってのに……。


「ジャックさん?起きて起きて……。」


 私がそう言いながらフードを深く被ったまま眠るジャックさんに手を伸ばすと……その手は、ジャックさんに触れるよりも先にはたき落とされた。


「あ……?ああ。悪い。シロか。」


 どうやらジャックさんは目が覚めたらしい。びっくりしたな。もう。

 ジャックさんは軽く伸びをすると立ち上がった。


「二日酔いとか、大丈夫なの?」

「まあ、昨日はあんまり飲まなかったからな。」

「パードゥン?」

「何語だ……?いや、あんまり飲んでなかったろ?」


 ジャックさんがそう言った瞬間、広場で転がっていた死体やろうたちが一斉にこちらを青ざめた目でみる。


「何言っていんだい、兄ちゃん!アンタ、『オーガ殺し』を飲み干した後も、『黒龍ブラックドラゴン』二本に、『ヘソまがり』三本、あと蒸留酒数本開けていたろ!」

「ザルだ!肝臓の化け物がいるぞ!」

「こやつめ!ワシの秘蔵の酒をバカスカ飲みおって!」


 二日酔いの頭を抱えながら叫ぶ男たち。うん。私はこうならないようにしよう。というか、最後のは完全に村長の恨み言だよね。


「……そんだけじゃないか。だいたい、食事の合間に楽しむ程度にしか飲んでいないぞ?」

「……それだけの量の水を飲んでも十分辛そうなことだけはわかるよ。」

 

 ジャックさんへの報酬は絶対にお酒で支払わないようにしようと心に決めながら、私は準備を整えた。

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「冒険者さん、朝ご飯ですが……ジャックさんは消化のいいものを用意した方がいいですか?」

「大丈夫だ、問題ない。」


 村長さんの奥さんの質問に、ジャックさんがとても大丈夫そうには聞こえないことをいうが、スルーして朝食。


 村長さんの奥さんが出してくれたのは、少し冷めて固くなったパンに、目玉焼き。そして、スープ。


 さて、今日の朝食は昨日の宴の残り物が中心だ。ほとんどの食料は子供達によって食べられたとはいえ、鳥の丸焼きの骨や付け合わせの野菜などは残る。そして、男たちほどではないが彼女らもお酒を少々嗜み、あまり手のこんだ料理は作りたくない。


 その結果出来上がるのが、このスープだ。


 木の器によそわれたのは、ほろほろにほぐれた鶏肉や、ジャガイモ(っぽいもの)にニンジン(みたいな野菜)の入った金色のスープ。口に含んでみれば、鳥の旨味がダイレクトに舌に伝わる。野菜にもチキンスープの旨味が染み込んでいるようで、とても余ったものを鍋に入れてかき回しただけとは思えない。

 強いて言うなれば、コショウが少し欲しいと思ったりもするが、この世界ではコショウは高級品だ。我慢するしかないだろう。


 そして、目玉焼きの乗ったパンを一口。

 やっぱり、パンは固かった。が、卵自体はかなり美味しかった。切実に醤油が欲しかった。……帰りたい。


 目玉焼きだけ先に食べ、パンはスープに浸して柔らかくふやかしてから食べる。保存だけを最優先した乾パンに比べれば天と地ほどの差があるため、文句は言えない。


「ごちそうさまでした。」


 食べ終えた私は、手を合わせて小さくつぶやく。隣をちらりとみれば、食事を終えたジャックさんが拳に包帯を巻いていた。ジャックさんの食器の中は、当然カラだ。


「そろそろ行こう。__奥さん、朝ご飯ありがとうございました。」


 私は、そう言ってバッグを担ぐ。

 __ワイバーン退治の、始まりだ。

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