第92話 side 茜 戦士の国

「おーい、そこの人?」


 遠くで、低い男性の声が聞こえる。その瞬間、意識が覚醒した。


 目を開いてすぐさま立ち上がり、周囲を確認する。どうやら私は地面に倒れていたらしい。土質はダンジョンのものではない。視線を前からそらさずに周囲を意識してみれば、青い空に雲が浮かんでいた。


 ここはどこだ?


 目の前には石のレンガでできた大きな壁と、二人の男性。彼らは同じような鎧と兜を身に付けている。何かの組織に所属しているのだろう。武器エモノは持っているが、抜いてはいない。


 武器………私の武器は?


 あわてて地面を見てみると、赤い刀が私の倒れていた付近に転がっていた。鞘は私の腰に固定されたままのようだ。


 私は赤い刀を拾い上げ、鞘にしまう。刀は少しだけ痛んでいた。後で手入れをしなくては。


 そして、声をかけてきた男性の方を見る。


 年齢は30後半から40といったところだろうか。くたびれた茶色の髪の毛で、武器は長剣。身長は平均よりも少し低めといったところだろうか。


「大丈夫か?君の連れの女の子に助けを求められて来たのだが?」


 そう言われた瞬間、完全に記憶を取り戻す。


 『勇者の国』の城でルシファーと名乗るドレイクに切りかかったこと。勝てなかったこと。そして、を至近距離で使われたこと。


「イナバはっ!?」

「うおっ!……ああ、連れの女の子はそんな名前だったな。」


 突然大声を出した私に少し驚いたのだろう。おじさんは、困ったような目で私を見る。


「……ごめんなさい。私は冒険者の茜です。」

「ああ、俺は門番のブライだ。アカネ、だったか?君の連れは休憩室にいるよ。今、案内する。」

「ありがとうございます。」


 よかった。イナバは無事なのね。


 私はほっと胸を撫で下ろし、改めて、おじさん……いや、ブライさんに訪ねる。


「申し訳ありません。ここは、どこですか?」

「ここか?ここは『戦士の国』の首都ウォーリアさ。」


「…………え?」




「おねーちゃん!!」


 狭い休憩室の椅子にちょこんと座っていた白兎の獣人、イナバは、茜を見つけると同時に立ち上がり、抱きつく。


 茜は、少しだけ安堵したような表情を浮かべると、そっとイナバの頭を撫でた。もう、失いたくはなかったのだ。


______これからどうすべきかしら。今すぐに必要なのは、生活の拠点となる場所に、食料。お金は冒険者として稼いだ分を銀行から下ろすことができる。ただ……


 視線をスッと細め、茜は考える。

 イナバを暖かい目で見守っていた門番のブライは茜の変化には気がつけなかった。


______『勇者の国』に戻る必要は、あるのかしら?


 茜にとってこの世界は一部例外を除き、親友を殺した悪意あるものだという印象が根づいている。そんな悪意から与えられる情報が真実だとはとてもではないが思えない。


______『勇者の国』の図書館には片寄った資料しかなかった。明らかに、隠蔽されたがある。


 茜は、一瞬だけ完全に目を閉じ、そして思考する。


 数秒考えた茜は、結論が出揃うとほぼ同時にイナバを撫でる手を止め、茜は深々と門番二人に頭を下げた。


「イナバを保護してくださり、本当にありがとうございました。」

「ああ、礼は言わなくてもいい。それが俺たちの仕事だ。だが、何があったかは聞かせてもらえないか?」

「ええ。イナバと二人で『勇者の国』のダンジョンに潜っていたのですが……よくわからないトラップに引っ掛かってしまいまして。気がついたらここにいました。」


 一瞬、イナバが目を見開くが、茜は堂々と話を続ける。


「これが私のギルドカードです。______イナバ、あなたのも出して。」


 茜はそう言い、銅でできた綺麗なギルドカードを門番に見せる。それには『C』とかかれてあった。

 そして、茜に続くようにしてイナバも『F』とかかれた木製のギルドカードをポケットから取り出す。


 門番二人はそれを手にとって確認してから、口を開く。


「身分証明の協力に感謝する。では、すぐに『勇者の国』に戻るつもりか?」

「いいえ、これもアリステラ様のお導きでしょう。しばらくこの国に滞在して冒険者としての活動をしようと思います。」


 棒読みにならないよう細心の注意を払いながら、茜は適当なことをいう。


「冒険者なら入都税はかからないな。______ようこそ、『戦士の国』が王都、ウォーリアへ。」


 にこやかに笑う門番二人に対し、茜は曖昧な笑みを返した。


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 この世界には、銀行が存在する。

 茜たちが知ることではないが、本店は『商人の国』にあるその銀行は、世界各国に支店を作っており、そのためこの世界では、言語は違えど貨幣は同じというちぐはぐな状況になっているのだ。

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