第45話 アサシンガチ勢
うやむやになったお茶会を後に、私は一人自室に向かう。そのとき、随分と高齢なおじいさんに声をかけられた。
「ふむ、君がアシナ君かね?」
「はぁ……?」
片眼鏡……いや、モノクルだったか?をつけたおじいさんは、堂々とした態度で私に話しかけてくる。
何だ?
「エリクサーの件だ。研究所を案内しよう。」
「え、やるとはまだ……」
「クルート、彼女を研究所へ。」
「うおっう!?」
背後から急に男性が現れ、私は思わず声を上げる。完全に音も、気配もなかった。
「……。」
クルートと呼ばれた男性は、どうやら騎士ではないらしい。身にまとっているのはフードつきの黒いローブ。ちらりと覗くのは、整った顔と翡翠の色の瞳だけだった。
手に何も持っておらず、腰に剣すら下げていない。
一体この人は何なのだろう。
「そうそう、自己紹介がまだだったな。私はこの国の宰相のナーチスだ。彼、クルートは私の護衛でね。」
宰相は胡散臭い笑みを浮かべながらクルートさんを指差す。クルートさんは渋い顔をした。
「……俺、お前の護衛……違う……俺、アサシ」「申し訳ない。彼は口下手なんだ。」
「口下手で済まないことを言っていた気が……」
「ははっ、気にしないでくれたまえ。」
えっ、ダメなやつちゃう?
そんなことを考えていると、ふと、首にナニカが触れていることに気がついた。
そっと、指を首に当てる。
指にピリリと衝撃が走り、つうっと血が垂れた。
これは……
「……糸?」
私がそう呟くと、手を伸ばしたクルートさんがうっすらと口を開いた。
「………ああ……触る、ダメ……頸動脈、切れる。」
「うそん。本気でアサシンじゃん。」
「そういうわけだ。研究所に来てもらおうか。」
宰相は悪どい笑みを浮かべて私の手をとった。
「ここ?」
「ああ。そうさ。」
「ここ、研究所って言うより、牢屋……」
「……宰相、これはない……。」
クルートさんが顔をひきつらせて言う。
私達が連れてこられたのは、石畳の薄暗い地下室。扉は鉄製、壁は石。部屋の中は七畳ほどで、その半分を棚と机、そしてベッドが埋めている。
トイレは一応ついたてのようなもので通路から隠されている。ありがたい配慮だね(白眼)。
「……宰相、俺、聞いてない………」
クルートさんがそう呟く。
宰相はにたりと笑い、口を三日月に開く。
「言っていないからなぁ。」
その瞬間。一瞬で、空気が変わった。
「ひっ!!」
刺し殺されるような、殺意。押し潰されてしまうような、プレッシャー。
発しているのは、クルートさん。
動けない私を置いて、クルートさんは口を開く。
「お前、俺を、騙した?」
単語単位で切れる言葉が、重々しく発せられる。宰相は、それを鼻で笑う。
「ふん。下賎の者が何を言うか。」
「そう……そうか。」
クルートさんが自虐的に笑むと、プレッシャーが一瞬で消え失せる。
そして、クルートさんの手が、伸びた。
「裏切りには、悪意を。」
クルートさんの言葉が響く。
ぐしゃっ
水っぽい音が、石畳の上に落ちる。
「ぐ、ぎゃぁぁぁああああ!!!!!」
私は、呆然とそれを見る。
絶叫を上げる宰相。殺到する五人の騎士。石畳の上に転がる宰相の右腕。
クルートさんは絶対零度の殺意を込めて、言葉を発する。
「お前、王の右腕………そんな右腕、いらないな。」
「ああああ!!下賎の者が!!殺せ!こやつを、殺せ!」
宰相は狂ったように叫ぶ。騎士ははっとしたように剣を抜くと、クルートさんに切りかかる。
クルートさんはゆっくりと騎士達をほうに振り向き、一言。
「俺を……殺す……ならば……リュートか……アレクか……兄さん……連れてこい……!!」
きききききん!!
バラバラに砕け散る剣と鎧は、キラキラと光を反射させながら石畳に散らばった。
クルートさんは両の手を手前に引っ張っただけだ。
騎士の顔が真っ青になる。
砕け散ったのは、剣と鎧だけだったのだ。
もし、何の配慮もせずに切り裂いたなら……人だったもののバラバラ死体が五つ転がっていただろう。
私の額を汗が一筋、伝う。
私は、声がひきつらないよう、細心の注意を払いながら声をかける。
「あの、クルートさん?」
「……何……?」
クルートさんは振り返らずに私の声に答える。
「大変申し訳ないことがありまして……」
「だから……何?」
私は、伝う汗を拭うことも出来ずに言葉を続ける。
「すいません、助けてください。」
「………………………は?」
振り向いたクルートさんは、宰相が私の首筋にナイフを突きつけているところを見る。
ごめん、人質になっちゃった。
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