第39話 わあ、すごいすごい(棒)

 副隊長の指揮のもと、訓練は何事もなく終わりを告げた。


 ……副隊長が、なぜか私の顔をみて大爆笑したのは、絶対に許さないけれども。


 さて、この後は一時間の休憩を挟んでから、クリストさんの異世界常識講義だ。図書室にでも行こうか。


 私がそう思って石畳の廊下を歩いていると。


「おい、女。」


 後ろから男性の声が聞こえてきた。

 ……うーん、振り返らなくても良いよね。


「おい、止まれ!そこの女!!」


 男性はさらに大きな声をだす。

 きっとあれだ。私の後ろにメイドさんがいるんだ。きっとそうだ。


「もしかして、お前は男なのか?」


 ……どんなガタイのいいメイドなのだろう。女装したメイドが私の背後にいるのか?ちょっと怖いな。


「いい加減、止まれ!」


 痺れを切らした男性が、私の肩に手を置いた。


「えっ!?女装したメイドは!?」

「何だその禍々しい人物は!!」


 思わず振り返った私が見たのは、赤髪碧眼のイケメン。……でもまあ、私のタイプではない。なんか、偉そう。


「偉そう、ではない。私は王子だ。」

「あれ、声に出てた?」

「……顔に書いてあったわ!!」


 髪の色と同じくらい顔を真っ赤にして激怒する王子(自称)。


「私は第三位王位継承権を持つ、エリック・カレドリア・アーサだっ!!」 

「あれ、声に出てた?」

「顔に書いてあったっての!!表情に出すぎだ無礼者!」


 今にも腰に差した豪華な剣を抜きそうになった王子に、私はあわてて両手を上げる。


 落ち着きを取り戻した王子は、剣の柄から手を離し、私に話しかけてきた。


「さて、貴様に聞きたいことがある。」

「はぁ……。」

「やる気が無いな、貴様。」

「あー、私の名前は足名 ののです。」

「そうか。で、貴様は、フクシマ ヒカリ様の好きなものを知っているか?」


 人の話を聞けよ。

 面倒になった私は、一言で会話を終わらせる、魔法の呪文を唱える。


「わかるー。」

「一体何が『わかるー。』だっ!!」


 歩き去ろうとした私の肩を王子は再度つかみ、引き留める。


「えっ、じゃあ、それな。」

「『それな。』でもないわ!ヒカリ様の好きなものを答えろ!」


 微妙に握力が強いのか、肩がいたくなってきたので、私は足を止めて後ろを振り返り、言う。


「本人に聞きなさい。」

「ばっ、聞けないから貴様に質問をしているのではないか!」


 王子は怒りとは違う感情で顔を真っ赤にしてそう言う。恋する乙女か。


「乙女ではない!!男だ!」

「あれ、声に出てた?」

「顔に書いてあるんだよ!!いい加減、斬るぞ!」


 再度王子は剣の柄に手をかける。

 私はあわてて両手を上げた。


「第一、貴様、不敬だぞ、第三王子たる私にそんな口調など。」

「……イジりがいがあるって、言われない?」

「言われないわ!いいから質問に答えんか!」


 キレた王子はついに剣を抜く。

 私は諦めて、真面目に答える。


「うーん、やっぱり、自分で聞いた方がいいと思うよ。知らない人から好きなものを貰ったって、困るでしょ。」

「……急に真面目だな。でも、その、恥ずかしくないか?」


 王子がもじもじとしながら、剣を下ろす。


「何が?」

「いや、ほら、声をかけるのが……」

「女子か。」

「……そのまま不敬罪で斬首刑に処すぞ。」

「殿下は女性でいらっしゃるのでしょうか?」

「違う、そうじゃない。」


 キレッキレのつっこみを決める王子。半ばふざけ続ける私。


「勇気を出して一歩を踏み出さない限り、福島さんは永遠に王子のことを見てくれないわよ。」

「……また真面目になったな。わかった、今度、本人に聞こう。」


 そう言って王子は何処かへ歩き去っていった。

 そして、私の休み時間は消え失せた。

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