10.決着

 「――はい!」


 オフィサーの宣言に強く頷き、善夜が取締対象へと視線を向けた時、


「くっ……っそおおおおおお!!!!」


 ちょうどヒドゥンがヤケクソ気味に雄叫びを上げながら、領域内から篭手の中から、ありったけの――と言っても過言では無い量の鎖を――彼自身に向かって殺到させた所だった。


『そのまま後ろへ跳び、領域を出ます』


 命令に従い、善夜は床を後方に向かって蹴って元の世界へと戻り――


「わあああああああああ!!?」


 先ほどの鳩に一旦着地するかと思いきや――彼の意志はそこではなく――鳩の群れを超えてそのまま落下した。

 落下しながらも、全方向から不規則な動きで襲い来る鎖を黒い魔剣はきっちりと捌ききる。


『3時の方向へ走ります』


 園庭に着地して間髪入れずに下される次の命令に応じ、彼女は寮舎から離れるように走り始めた瞬間、


 ――その寮舎の影から、巨大な白銀色の蛇が現れた。


 無数の鎖で構成された身体は直径だけでも2メートル以上あり、その巨体をくねらせて、時を止められた児童達の間を、庭木の間を縫って、着実にこっちに這ってくる。


『魔人が本来の姿を晒すのは、通常の姿を保てないほど魔力を消耗した時と――』


 その迫力に圧倒される善夜の耳に、オフィサーの淡々とした声が入って来る。


『――自身の持つ魔力を最大限に行使しようとしている時です』

「ってことは……」


 ――あの巨大な蛇がヒドゥンの真の姿であり、全力を以て……


 勘付いて、恐る恐る確認しようとする彼女に、彼は『ええ』と肯定を示し、


『魔界外における法定魔力超過も加わりました』

「そこですか!?」


 まさかの着眼点に、もうすぐで足を止めるところだった。


「全力で来るってことですよね……? 大丈夫なんですか……?」


 とうぜん法定内の魔力で応戦するであろう魔界の出入界警備官に、善夜はたまらず尋ねる。


『問題はありません。 私の合図で蛇に向かって跳びます』

「え」


 求めていた答えにサラリと付け加えられた、新たな命令の内容に思わず声が漏れる。


『恐れを抱くことは勝手ですが、やらなければやられます』

「そんなこと言われたって……」


 この期に及んでミもフタもないド正論をサラッと突きつけてくるオフィサーに、思わず抗議しそうになったものの。


「……そうですよね、やるしかないですよね」


 その言葉で『つべこべ言わずただやるのみ』という当たり前のことを思い出し、逆に彼女の肝は据わってきた。


 ――早くこの状況を突破して、今度こそ……!!


「いつでも命令をください」

『では、後方へ向き直り、蛇に向かって跳んでください』

「はい……――って、いまぁ!?」


 さり気なく下された突然の合図に戸惑いながらも、後方に迫ってきているであろう巨大蛇に斬りかかるためにオフィサー剣のリードに従って身体をひねったところで

 

――善夜は息を飲んだ。


 鎖の蛇が鎌首をもたげた状態から、大きな口の開いた頭をこちらに向かって真っ直ぐに突っ込んでくるところだった。


 これは……これは……


「怖く、なあああああああああい!!!!」


 絶叫することで身体を縛り付けそうになっていた『雑念』を吹き飛ばし、善夜は命令の通りに地を蹴り跳んだ。

 蛇の口の中――無数の蛇のごとく絡まり合い這い回る鎖が迫ってくる。そして、


『上出来です』

「!」


 オフィサーの低くて落ち着いた声が彼女の耳に響いた。同時に、下げていた剣が彼に意志によって大きく揺らめく。


『あとは私にお任せください。 ――招聘・クレイモア』


 次の瞬間、その剣の黒い揺らめきが爆発するように膨れあがり、大剣へと変貌。

 跳躍の勢いに乗って強く振り上げられたら刃が、突進する蛇の眉間にぶつかるように食い込み、幾重もの鎖を砕いていった。


 『今からでも遅くねぇ!! さっさと命令違反しろ!』


 相手の力までも利用した『オフィサー大剣』の一撃が、その巨体ゆえにブレーキの利かなくなった巨大な蛇を頭から斬り裂いていく中で、ヒドゥンの声がこだまする。


『そうすれば、今度こそお前の思い通りに繋いでやる!』

『……どうしますか?』

『考え直せ!!』


 他人事のような淡泊な口調で尋ねるオフィサーに構わず、ヒドゥンが続ける。


『お前みたいなやつが成功するわけねーだろ!! 俺が助けてやるから……』

「――オフィサーさん、お願いします」

『当然です』


懇願するように吐く失礼なセリフを善夜は一蹴。代わりに、両手で大剣の柄を握り締める。


――もう一度、やり直すの。 今度こそ、ちゃんと、自分で……!


『やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 ヒドゥンの最後の絶叫を聞きながら。彼らは最後の仕上げと言わんばかりに、大剣を豪快に振りきった。


「――公務、完了しました」


 斬り裂かれ霧散していく『ヒドゥンだったもの』が、オフィサーの要請で出現した扉の向こうに吸い込まれるように消えていった。

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