7.最後の選択
黒い髪に黒い制服。一見するとオフィサーなのだが、時折『別の何者か』の姿に変幻した。
頭には1対の黒く捻れた角が、背中には複数の剣を模したような異形の翼が、鉱物的な輝きのある漆黒の物質で鎧われた背中が、その人物に重なり見え隠れしている。
「仮の姿も保てねーなんて無様だな、公僕」
勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆったりと地上に降り立ち対峙するヒドゥン。
彼の言動からするに、この人物はやっぱりオフィサーなのだろうか。
「てかよ、直接干渉は違法じゃなかったのか?」
「『代行者の保護』を優先したまでです」
答えながら、絡め取った両腕の鎖を放り投げ、取り切れず体に深々と突き刺さった複数の鎖も抜いていく『謎の人物』。口調や声も、魔界の出入界警備官だった。
「これ以上くらったら本当に消滅するぞ?」
「――そういうことですので、引き続きご契約願います」
ヒドゥンの言葉を無視し善夜のほうへと向き直ると、例の『名刺風契約書』を差し出す『オフィサーのような異形の何者か』。彼女を真っ直ぐに見下ろす漆黒の瞳も、時々銀色に変わる。
「決してあなたを死の危険に晒すことは致しませんので、心配は無用です」
しかし。
――もう、放っといてください。
その答えは変わらなかった。
「責務を果たさず引き上げろ、ということでしょうか? それは……」
「――もう疲れたの!!」
ぎゅっと拳を握り絞め、たまらず声を張り上げる善夜。
「どれだけやっても、どれだけ我慢しても、誰も私を見てくれないっ……やっぱり何も……望むんじゃなかった……!」
言葉に出せば出すだけ自分が情けなくなり、強く閉じた目蓋の隙間から涙がこぼれ落ちた。
「……このまま、消えちゃいたい……」
声を振り絞り肩を震わせ、彼女は結論を述べた。
『オフィサーらしき異形の何者か』の身体から引き抜かれた最後の鎖がガシャンと地面に落ちる音が響き、傷口から滲み出る彼の黒いアニマが上空へと昇っていく。
「……そうですか」
黙ってその言い分を聞いていたオフィサー(暫定)が、おもむろに口を開く。
「誰もあなたに振り向かない理由がよくわかりました」
「……」
彼女にかけられたのは、慰めの言葉でも叱咤激励の言葉でもなかった。
追い打ちをかける彼(暫定)の『感想』に、善夜はただただ黙って俯くばかり。
ヒドゥンは空気を読んで2人のやりとりを見守って――いるはずはなく、さっきからずっと放出されっぱなしの善夜の『アニマ』こと負の感情が、上空に向かって流れていくのを嬉しそうに眺めている。
「意志なき者など『人間』とは呼びません」
そんな彼を見越してか、オフィサー(暫定)はひき続き死人に鞭打つような理由を並べ、最後にこう付け加えた。
「人間は通常――『人間』を見るのではないのでしょうか」
予想だにしなかった『トドメの言葉』に、善夜は思わず顔を上げていた。
まだ、『やってないこと』があった。
その事実を知った瞬間、真っ黒に塗りつぶされていた彼女の心の中に、小さな光が灯る。
せっかく今まで頑張って来たんだから、試さないで死ぬなんて……。
奇妙な立ち直り方だと自覚しながらも、元気は出てきた。
よし、まだもう少しいける。
「結論は出ましたか?」
善夜の明るくなった顔つきを読み取ったのか、止まった負の感情で察したのか。
絶妙なタイミングでオフィサー(決定)が再び、『名刺風契約書』を差し出す。
「そんなこと、どうでもいいんだよ」
彼女が答える前に、ヒドゥンが篭手を纏った腕を振り上げ、
「どっちにしてもテメーらは消えるんだから、なっ」
2人に向かって数条の鎖を振り下ろすが、それは彼らの居た場所に激しく叩きつけられただけだった。
「ふーん、それが『答え』か」
再契約によって黒い魔剣と共に張り巡らされた鎖の上へ回避した善夜を見上げながら、ヒドゥンは空振りに終わった鎖を引き、
「いいぜ、ゆっくり稼がせてもらうからな」
目を細め、ニヤリと口元を歪めた。
「……命令、してください」
自分を介して力を使って更に朽ち果てていく剣を握りしめ、善夜は静かに言った。
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