3.公務員、命令を下す
『
「……!? ……!?」
喋る剣、動かない体、襲い来る謎の鎖――何がどうなっているのか……人智を超えたハプニングの連続で、善夜は完全にパニック状態に陥っていた。
更に、そこを逃さず再び襲い来る鎖。目を閉じようにも閉じられないという恐怖の中、鎖は彼女の顔に向かって一直線に進み――直撃寸前のところでその手の中にあった『謎の剣』によって弾き飛ばされたのだった。
『――なおかつ
「オフィサーさん……変身するんですね……」
どうやら体が動かない状態でも話すこと・頭を動かすことはできるようで、時間の経過と共に驚きとショックが薄らいだ善夜がポツリポツリと確認をする。
『ええ、事前に届出が必要となりますが』
そんな彼女の間抜けた質問にも律儀に答えながら、オフィサーは更に飛んできた鎖を今度は剣となっている自らで絡め取って封じ、そして。
『あと、言い忘れていましたが……』
そこで言葉が切れたと同時に善夜の右手にあった剣の感覚が消え、人の姿に戻った彼が現れた。その右手には先ほど絡め取った鎖が握られている。
「――『契約』を交わした以上、私の『命令』なしに動くことはできません」
さも当たり前のように。理解不能な解説を淡々と述べた後。
魔界の公務員は左手で最初に手渡された『名刺サイズのカード』――その裏側を代行者の少女に見せる。
そこには先ほどは気にも留めなかったが、『契約書』というタイトルと『以下の内容を確認のうえ、人差し指・中指・薬指・小指で押捺してください』という太字の一文、それに続く細かな文字列の上に、誰かの指紋が人差し指から小指まで押捺されていた。
この指紋、どこかで……――彼女が事実に気付くのに、一瞬もかからなかった。
「こんなの……さ、詐欺じゃないですか!!」
名刺を渡すと見せかけて、裏の契約書に『同意』させたわけである。
頭の中で点と点が繋がると同時に善夜は肩を怒らせ立ち上がり、臆病で気の小さい彼女にできる精一杯の抗議として、オフィサーを睨むように見つめた。反射的に立ち上がってしまった善夜であったが、彼が人の姿に戻ればその『支配』も一時的に解けるようだ。
「いいえ。 詐欺ではありません」
ありったけの勇気を振り絞った彼女の苦情に対し、魔界の公務員は静かに――キッパリと言い切った。
「っ……開き直らないでください……!」
「質問に答えただけですが?」
「そういう問題じゃありませんっ……とにかく、もう放っておいて……」
「――迫害が止まるとしてもですか?」
「え……?」
この状況から抜け出したいという一心の、捨て身の覚悟で何とか主張を通そうとしたところに飛び出した、『今までで一番の意味深な言葉』に思わず食いついてしまう善夜。
しかし、続きを問いただす前に聞こえてきた第3者の溜息混じりの舌打ちに、彼女は再び身を固くすることになった。
「――やっぱ遠距離じゃ仕留めらんねーか」
声のするほう――いつの間にか張り巡らされていた無数の鎖の1本に、若い男がバツの悪そうな笑みを浮かべて立っていた。
その右腕は篭手――と呼ぶには不相応なほど大きな白銀色の甲冑で覆われており、甲に当たる部分からは無数の鎖が覗いていた。そのうちの1本がこちらまで伸びていて、オフィサーの手に握られている。
歳は20代前後ぐらいか。服装は傍らにいる魔界の公務員と同じような軍服を纏っているが、黒を基調として尚かつピシッと着込んでいる彼とは対照的に、その男は白を基調とした軍服をボタン全開で羽織っていた。
両耳に金属質のピアスをバチバチに開け、淡く緑がかったクセのあるミディアムヘアを後ろに流したその姿は、着崩した軍服と相まって、ショッピング街で時折見かけるパンクでロックな人種に見えた。
「C・K・ヒドゥン」
明らかに危険そうな人物の登場に怯えて動けないでいる善夜をよそに、オフィサーはその男に呼びかける。
「不法滞在及び資格外活動、更に
犯罪者を取り締まる警備官然とした口上を述べるが、彼の口調にも表情にも『悪を許さぬ正義感』や『取り締りの権利を与えられた誇り』といった情熱は感じられず、まるで最初からそのためだけに創られた機械のごとく、淡々とプログラムをこなしているように見えた。
そして、ご同行を願われたヒドゥンという魔人はというと、
「はっ、わざわざ罰を受けに戻るバカがいるかよ」
やんちゃそうな見た目の通り、彼の要請を一笑に付し、
「返り討ちにしてやるぜ!」
篭手を装備したほうの腕を強く引いてオフィサーから鎖を奪い返すと、そのまま返す力で素早く振り下ろし――篭手から無数の鎖を善夜達目がけて撃ち出した。
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