ハラグロ

池田蕉陽

第1話 「晴人くんって本当に可哀想な子だね」「え? どうして?」「だって......」



 今日はたまたま平日休暇だったので、妻の和子かずこと息子の晴人はるとの授業参観に行くことになった。


 晴人は今年で9歳になり小学3年生である。


 本当は授業参観には行かないつもりであった。珍しい平日休暇なので、家でテレビでも見ながらゴロゴロしたかったのだが、それなりの理由が出来てしまった。


 最近、晴人の雰囲気が暗いのである。前までは表情も明るく生き生きとしていて、悩み事は何一つなさそうだった。


 俺は学校で何かあったのかと晴人にきいてみたが「ううん」と首を振られた。悩み事があるのかときいてみても、同じ反応だった。


 晴人はいじめにあっていて、俺たち両親を心配させないよう隠しているのかも知れないと思った。


 晴人は昔から子供の割に気を遣いすぎるところがある。幼稚園の時も欲しそうなおもちゃをデパートなんかで見つけても、それを「買って買って」と強請ねだったりはしなかった。外食の際も、俺の懐事情を悟ってか、1番安いセットを頼んだりする。俺は「もうちょっと良いやつ食ってもいいんだぞ?」と推すも「これがいい」と笑顔で誤魔化し、一点張りになるのだ。


 晴人は普段から人の気持ちを理解しようとするとても優しい子なのだ。


 そんな晴人がいじめにあっているのではと思い、学校での様子を少しでも知るため参観に行くことにしたのだ。


 妻の和子は「あなたは休んでていいのよ? 代わりに私がみてくるから」と身体に気つかってくれたが、俺は「学校での晴人も見てみたいしな。それも兼ねて行くよ」と返事した。



 そして、実際に参観に訪れた。父親は俺一人だけで少し浮いていたが、あまり気にしなかった。


 20年ぶりくらいの小学校の教室はさすがに懐かしすぎた。時代は変わっているものの、今でも教室の中は昔と変わらない。机は2つくっつけられ、年季のある木の床。壁には給食当番や掃除当番などの紙が画鋲でさされてある。


 黒板の上なんかにはクレヨンで描かれた似顔絵も貼られてあった。男の子の顔は皆して鼻の穴が強調されていて思わず笑いそうになる。その中には晴人の似顔絵もあって、お世辞にも上手いとは言えないが、子供らしさはあって可愛かった。



 授業はまだ始まっておらず、昼休みだった。

 教室の中で主に女子達が「〇〇ちゃんのお母さん来てる?」などと楽しそうに話し合っている。男子達は全然いないから、運動場でドッヂボールや鬼ごっこをしているんだろうなと思った。


 チャイムがなると、男子達も汗だくで帰ってきて晴人もそれに混ざっていた。晴人は俺と和子を見ると「あっ」とだけ声を出し少し顔を曇らせた。


 授業が始まるのでまともな会話が出来ず、晴人も慌てて席に着いた。


「外で楽しく遊んでたみたいじゃない」


 和子はホッとしたようで安心していた。


 いじめは考えすぎたのかなとなるが、俺はさっきの晴人のかげった顔が胸に引っかかっていた。



 教室の前の扉が横にガラガラと開かれる。


 若い女の先生と、それに続き若い男の先生が入ってきた。女の方は教卓の後ろに立ち、男の方は左端の隅にポツンと立った。


 なんで先生が2人も? と疑問を抱いたが、参観日なので副担任も御一行するのかなと推測を立てた。


「号令お願いします」と女の先生の声を機に、俺は初めてしっかりと女の顔を真正面から認識した。



 その途端、俺の心臓が飛び出しそうになり、動悸が激しくなった。変な汗が全身の毛穴から湧き出てくる。



 ど、どうして......どうして早苗さなえがいるんだ!?



 早苗は俺の不倫相手である。2ヶ月前から付き合っている。出会ったきっかけは、俺の仕事だった。


 俺はタクシー運転手を勤めていて、3ヶ月前、早苗は客として乗ってきた。


 初めは他愛も無い話で盛り上がった。俺は妻と息子がいることや、この仕事を始めたきっかけなど色々話した。早苗は小学校の先生をしていることや、趣味が読書であることを語った。


 早苗を降ろす際に「今度は指名していいですか?」と言われ、俺は断る理由もないので承諾した。


 それから段々仲良くなり、ついには2人で出掛けることにもなってしまった。妻子がいるのを承知で誘ってきたのは早苗からである。俺は頭に和子と晴人の顔が思い浮かんだものの、誘いに乗ってしまった。


 最初のデートは食事だった。その次は確か買い物。他にも何ヶ所かに2人で出かけた。和子には友達と出掛けてくるという典型的な口実をつけて、俺は早苗と共に時間を過ごした。


 何回目かのデートで早苗からの告白により付き合い始めることになったが、俺は全く本気ではなかった。ただ、若い女と少し遊びたい一心でそうしただけであって、キスもしてないし抱いてもいない。



 しかし今日、俺はその遊び心に深く後悔した。小学校の先生をしているとは聞いていたが、まさか晴人の担任を務めているとは思いもしなかった。


 早苗も俺に気づいたようで、なんでいるの? と言わんばかりの顔をしている。


 俺は慌てて視線を右にずらすと、そこに和子の顔があった。その様子からみてまだ疑われてないな、と安堵する。


 女子生徒の「起立」の掛け声と共に皆が立ち上がり「礼」でぺこりとし一斉に座った。



 授業は算数。


 黒板に大きな三角形の折り紙が丸い磁石で付けられて、どうやら正三角形について勉強しているようだった。


 生徒達に算数を教える早苗の教師の姿は、デートの時とは全然違った。今は気を取り直したようで授業に集中しており、プロの姿だった。俺と2人でいる時は、甘えてきたり妬んだりするただの女の姿だ。


 俺は少々感心させられたが、今は俺の心は和子に不倫がバレないかという焦りで埋めつくされている。


 時には、晴人の授業態度を確かめたりもするが、特に問題はなかった。真面目に授業を受けている。やはりいじめは俺と和子の勘違いだったのかもしれない。



 授業は後半に差し掛かり、それからは保護者参加型となった。


 生徒達は4人班を作り机を寄せる。保護者達は子供がいる班に参加して、一緒に勉強をするということだ。


 俺と和子は晴人の元へ向かう。晴人のとこだけは1人欠席しているようで机は4つあるが、3人班だった。


 早苗は保護者に配慮として椅子を設けてくれ、俺は晴人の右傍に座った。和子が欠席者の席に座り、晴人と向かい合わせになる。


 和子の左には、いかにも大食いスポーツマンキャラで通ってるであろう男の子が座ってる。その子の左傍に俺と同じように位置する、子とよく似た肥えた母親と軽い会釈を交わす。


 そして晴人の左の席の子は女の子で、両親は来ていないようだった。どこか冷たそうな目を持っている、というのが印象だ。



 今から何をするのか早苗から説明を受けた後、班にそれぞれやや大きめの正方形の紙が人数分配られた。紙には沢山の線が入り交じり、三角形が多々隠れている。早苗から受けた説明は「班で協力して、その中に何個三角形があるか探してみてください」というものだった。


「晴人、お前こういうの得意か?」


「ううん。僕、算数は苦手なんだ」


 そこは俺と似たんだなと思った。俺も昔から算数、数学は苦手だった。頭を使わなければならない応用問題には、ひどく悩まされていた記憶がある。


「晴人は国語が得意なのよ」


 和子の代弁に「へーそうだったのか」となる。実は初耳である。


 晴人とは勉強の話は全然してこなかった。それは俺自身、子供の頃されるのが嫌だったからだ。


 代わりに俺は晴人と言葉を交わすことより、キャッチボールやサッカーなどと運動をする方が多かったのだ。


 そんな頭を使うことが苦手な晴人も両親の前なので張り切っているのか、懸命に三角形の数を数えている。


 あっ、晴人そこの三角形見逃してるな。


 そう思って、口に出して教えてやろうとした束の間。


「順調に進んでいますか?」


 ドキッとした。俺の右耳のすぐ横で早苗の声がしたからだ。


 反射的にそちらを向くと、かなりの至近距離に早苗の横顔があった。早苗は少し遠目で晴人の進行状況を確認していた。


「先生、これ難しいよ」


 晴人がため息混じりで嘆く。


「そうね、ちょっと難しいね。お父さんはどうですか?」


 早苗がやけに近い距離で顔を見合わせてきた。


 まさか話を振られるとは思ってなかったので「え?」と慌ててしまう。


 早苗のやろう、なんで俺に話しかけてくるんだ? 和子にバレたら不味いだろ。


 俺は横目だけで和子を確認する。幸いにも和子は、晴人についてか副担任の男の先生と会話していた。


 ふぅ〜と胸を撫で下ろしたい気持ちになるが、どうにか抑える。


「僕もそのー算数は苦手でしてね。一応数えては見たんですが、合ってるかどうかは」


 なるべく平静を装い喋ったが、上手く誤魔化せているか不安だった。和子は勘が鋭いというわけではないが、不倫相手と初対面として話している所を聞かれたくはなかった。


「あっそうなんですか! 晴人くんも算数は苦手なので、そこを受け継いじゃったのかな」


 早苗はふふふと優しい笑顔を見せたが、俺には恐怖でしかなかった。


 はやくどっか行ってくれよ......早苗はどういうつもりだ? 一体なにがしたい?


 その想いが天に届いたようで、他の班のところから「早苗先生ー」と呼ぶ声がして、早苗は「はいはーい」と離れていく。


「ふぅー」と俺は思わず息を零した。


 和子はなにやらまだ男の先生と話していて、さっきから一度も授業には参加していない。男の先生の困り顔を見て、和子が晴人は学校ではどうかと執念に訊いているに違いないと思った。


 再び晴人の方へ視線を変えると、どうしたことか、晴人は暗い面持ちで俯いている。


「おい晴人、どうした?」


 晴人のその表情はいつも家で見るより酷いような気がした。もしかしたら今はお腹でも痛いのでは? と思ってきいてみた。


 晴人はそれにはすぐに答えず、数秒してから口を開けた。


「お父さん、なんで......」


 そこまで言いかけた時、晴人の声は「晴人くんのパパ」と隣の女子によって遮られた。


 今まで黙々と1人で作業していた女の子に急に呼ばれたので、俺は戸惑いながらも「え、ど、どうしたの?」ときく。


「晴人くんのパパ、私の隣に来てくれませんか?」


 最後に女の子は「椅子ごと」と付け加えた。


 俺は少し混乱した。


 この子は何を考えているんだ? と晴人に目で訴えかけようとしたが、晴人はまだ俯いていて目を合わせてくれなかった。


 俺は「なんで?」と返すのもなんだか躊躇ためらわれたので、渋々女の子の言う通りにした。


 女の子の左傍に移ると、すかさず女の子が「私、中野と申します」と小3にしては丁寧な自己紹介をしてくれた。


 そのせいで俺は思わず「あ、宮田 正義まさよしです」と、かしこまった対応をしてしまったが、まあいいかとなる。


「私、パパとママ来てなくて手伝ってくれる人がいないので、少しお願いしてもいいですか?」


 中野さんの様子から感情を読み取ることは出来なかった。両親が来ていなくて寂しいというわけでもなさそうだ。


 俺は腑に落ちないまま「い、いいけど」と答えた。


 晴人に再度助けよ求めようとするも、もう俯いてはいなかったが、暗い面持ちで三角形を数えていて目もくれなかった。


「これ見てください」


 中野さんが急に例の紙を渡してきた。見ろと言われても、ただいくつもの三角形があるだけだ。


 俺が首を傾げていると中野さんが「裏」と言った。


 裏?


 俺は紙を裏返しにした。



 その瞬間、血の気が引いた。紙をくしゃくしゃに丸めそうになる。



 裏返しされた紙にはこう書かれていた。




『早苗先生と不倫中の気分はいかがですか?』




「な、なんで......?」


 心の中でそう呟いたつもりが、声に出てしまっていた。紙を無意識に強く握りすぎたせいで、その部分はシワだらけになっている。


「私、この前見ちゃったんです。2人が外を歩いてるところ」


 俺のことを考慮してか、周りが意識しないと聞こえないくらいの声の小ささでささやいた。



 最悪だ。俺は知り合いに見つからないよう、なるべく地元から離れた場所で早苗と遊んでいたのに。


 もっと遠くにするべきだったと後悔していると、ふとおかしなことに気づいた。


 どうして中野さんは早苗と一緒にいた人が、晴人の父親である俺と分かったんだ? 俺は中野さんと会ったこともない。


 そう思ったがすぐに、今日俺を見た時、あの日早苗といたのが俺だと分かったんだなと解決した。


「それでどうします? 晴人くんと奥さんにバラしますか?」


 俺がずっと黙っていたので、中野さんは更なる追い討ちを仕掛けてきた。


「た、頼む。それだけは......」


 そこで終わりのチャイムがなり、俺の声は掻き消された。


 早苗が「はい時間です。みんな席を元に戻してください」と手を合掌し、皆がそれに従う。


 保護者達がまた一番後ろにずらりと並ぶと、終礼が始まった。どうやら今日の授業はこれで終わりらしく、後はもう帰るだけみたいだ。


 早苗が生徒達に手紙を配っている間も、俺の目はずっと中野さんの背中を捉えていて、彼女の目的を焦りのせいでろくに働かない頭で考えていた。


 そうはしても、中野さんの意図することが分かるはずもなく、教室内で「さようなら」と何重もの声が響き、いつの間にか終礼も終わっていた。



「私、ちょっと晴人について色々きいてくるね」


 っと言ってる最中にも、和子の足はもう既に先生の元へ運ぼうとされていた。


「え? まだきくことあんの?」


 さっきあんなにもきいていたじゃないかと、半ば呆れる気持ちになったが「当たり前でしょ? 子供の学校事情を詳しく知るのは、親の義務よ」と和子の真剣な眼差しに俺は胸をうたれた。そして、罪悪感も芽生えるのである。


 和子と入れ替わるようにして晴人が来た。相変わらず眉を落としており、悩ましそうにしている。


 それを聞き出すのは後だと自分に言い聞かせ、俺は中野さんの姿を探した。


 すると、子供達がずらずらと親の元に寄る中、中野さんだけがマイペースに帰る準備をしていた。


「少し待っていてくれ」と俺は晴人に言葉を残し、中野さんのとこに向かった。


 その際に、和子が廊下で例の男の副担任と一緒にいるのを一瞥いちべつする。教卓のとこにいる早苗と一瞬目が合い微笑まれるも、すぐに誰かの母親に話しかけられていた。


 丁度中野さんがランドセルを背負った所で俺は「ちょっといいかな」と声を掛けた。


「なんですか?」


 下から俺の瞳を見据える中野さんの目は、なんでも見透かされているようで恐怖さえ覚える。


「さっきの続きなんだけど、お願いだから妻と晴人にはだまっていてくれないか」


 自分でもなんとも情けない頼みだなと恥ずかしさが込み上げてきた。


 中野さんは少ししてから口を開けた。


「別にいいですよ。私にはなんの関係もないことですし」


「ほんとかい?」と舞い上がるも、中野さんは「ただし」と人差し指をあげ言葉を続ける。


「私のお願い一つ叶えてくれたらです」


「願い?」


 小3から交換条件を持ちかけられるとは思ってなかったので、少々呆気に取られた。


 そんな上手くはいかないかとうらむも、所詮子供の願いなので大したことはないだろうとなる。


 中野さんがこくりと頷くと、その願いとやらを語り始める。



「早苗先生と別れてください」



「え、え?」



 虚をつかれ、俺は動揺を表さずにはいられなかった。


「奥さんと晴人くんが可哀想すぎます。大好きなパパと夫が不倫なんかしてると分かれば、どう感じると思います? 宮田さんにはそれが分からないんですか? 」


「そ、それは......」


 中野さんの正論に俺は早速論破された。小学三年生の女の子に説教されるほど情けない姿はなかった。


「多分宮田さんは軽い気持ちで早苗先生と付き合ってるんでしょ? 男性の浮気は本気では無いことがほとんどですから。いざとなれば必ず愛する奥さんを選びます。それでも奥さんと晴人くんからすれば、裏切り行為でしかありません」


「はい」


 俺は上司に謝罪するように小刻みに何度も頭を振っていた。


「まあ、女性の浮気は本気の場合が多いですが」と中野さんは咳き込むようにして言った。


「まあ、とにかく早く早苗先生と別れてください。時間が経てばたつほど早苗さんの気持ちが増していき、別れづらくなります」


 最後に中野さんが「それが私の願いです」と吐き捨て、俺の横を通り過ぎた。


 俺は半ば放心状態でいた。それは感心によるものだ。


 あんなしっかりとした小学三年生が他にいるだろうか、いや、いない。


 丁重な言葉遣いで肝が据わっており、それでいて男女の心理を理解している。俺よりも十分大人だった。


 きっと両親から素晴らしい教育を受けて育ってきたのでだろう。そうでないと中野さんの人間性を説明できない。


 無念にも、今日中野さんの両親を目にすることはできなかったが、いつか色々教わりたいと思った。



「あ、それと」と中野のさんは何か言い忘れていたようで、俺は振り向いた。


「これ、奥さんにプレゼントしてください」


 差し出してきた中野さんの手には、手紙などを入れる白い封筒がある。


 俺はそれを受け取ると「これは?」ときいた。


「後で自分で確認してみてください。きっと奥さんにそれを渡すと喜ばれると思いますから」


 そう言うと、中野さんは背を向けて歩き始めた。


 俺はその大人の背中に誠意をこめてお辞儀をした。


「本当にありがとう。君はすごいよ、賢いし、それでいてとても優しい」


 中野さんが足を止め、顔半分だけをこちらに向け言った。



「私は全然いい人なんかじゃないです」



 その時、俺は初めて中野さんの笑顔を見た。






 参観日も終わり、俺と和子と晴人は帰路にいた。


 和子は晴人の学校事情を色々としれたようで満足している。晴人の様子は言わずもがなだ。


「晴人、しっかり前向いて歩きなさい」


「うん」


 和子の注意を受け、晴人は顔を上げるも表情は変わらない。


 俺がなんでいつもそうなのかときこうとすると、代わりに和子がそうした。


「ねぇ晴人、なんで最近暗いの? 先生から色々聞いたけど、学校生活も問題ないらしいし」


 いじめではなく、他になにか学校で悩みがあるのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


 和子の問いかけに晴人は黙っている。


「黙ってちゃ分かんないでしょ?」


「まあまあ、そんな攻めるような言い方しなくてもいいじゃないか。言いたくなければ言わなくていい。晴人自身そうしたくなった時でいい」


 和子を宥めるが、不満そうな顔は残っていた。晴人はそれでも様子を変えなかった。



 しばらく別の話をしながら何分か歩き、話の区切りが一段落つくと、俺は思いついたように中野さんから受け取った封筒をポケットから取り出した。


「なにそれ?」


 和子が不思議そうに封筒を眺める。


「和子に」


「私に?」


 和子は自分を指さし訝しそうにした。


 まず、俺がこれは何かと確認しようと、封筒を開けて中から取り出した。



 写真だった。




 和子とあの副担任の男がラブホテルに入る瞬間が、そこには写っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハラグロ 池田蕉陽 @haruya5370

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ