第6話

 しかし、紫苑しおんの怒りは、部長の顔面には届かない。部長こと葉月・志登はづき・しとが、すんでのところで紫苑しおんの左手首を右手で掴んだからだ。


「離してよっ! 痛い、痛いっ! そんなに強く握らないでっ!」


 だが、葉月・志登はづき・しとは、紫苑しおんの左手首を離さない。そして、あろうことか、志登しとは自分の左手で紫苑しおんの握りしめていた箱を無理やり奪い取る。


「あーあ。可哀想に……。これじゃあ、せっかくこの世に生まれてきたチョコレートも浮かばれへんな。わいが供養しておくんやで?」


「ちょ、ちょっと! 部長!」


 紫苑しおんがいやいやするのを志登しとは右手で静止させたまま、左手のみで器用に潰れた箱の包装を解き、砕け散った元はハート型であったろうチョコをぱくぱくと口に運んでいく。


「うんっ。なかなかに美味いチョコやないか。偏差値で言ったら55ってところやな」


「ひっどいーーー! 私がコタくんのために一生懸命作ったチョコなのに、偏差値55って、どういうことなのよっ!」


「それは、わいのために作ってくれてないからや。わいのために作ってくれてたものやったら、偏差値80は間違いなかったな!」


 紫苑しおんは呆然となる。部長、いや、眼の前の葉月・志登はづき・しとの言っている意味がわからないからだ。


 呆然となる紫苑しおんの左手首を離した志登しとは、掴んでいたその右手でボリボリと頭を掻く。


「わいのために、チョコレートを作ってくれって言っているんや。紫苑しおんくんは文芸部の端くれやろ? それくらい、察してもらわんと困るで?」

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