第5話

――2030年 2月14日 火曜日 午後5時過ぎ 小谷両替前高等学校 文芸部――


 山原・紫苑やまはら・しおんは文芸部の部室内にある机の上に上半身を投げ出し、つっぷしていた。


 可愛くラッピングされたチョコレートが入っている箱はぐしゃぐしゃに潰れていた。


 紫苑しおんは光の宿らぬ瞳で呆然と、そのぐしゃぐしゃの箱を眺めていた。


「死にたい……。人生17年、生きてきて、これほど死にたいって思ったのは初めて……」


 紫苑しおんの右眼からは一筋の涙が流れていた。初めて、手作りしてまでのチョコレートを渡そうとしたのに、渡すことすら叶わなかった。恋の味はほろ苦いとは言われるが、紫苑しおんにとっては、ほろ苦いどころではなかった。


 始まりさえせず、見ず知らずの他人の介入により唐突に終わってしまったのだ。


 こんな結果になるのなら、朝から百貨店デパートで、チョコレートの材料なんか買ってこなきゃ良かった。パパにうるさいって言わなかったらよかった。ママに期待なんかさせなきゃ良かった。


パパ、ごめんね? ママ、ごめんね?


「そない、ひとりでこの世の終わりなんて、雰囲気を出さへんでくれへんか? ただでさえ、辛気臭い文芸部の部室が余計に暗くなってまうわ」


 部長……。ぶん殴るわよ?


「やれ恋だの、愛だの、好きだの、失恋だの、誰でもするっちゅうねん。ひとりだけ不幸なんて思わんといてほしいわ」


「部長……。失恋したばかりの部員を慰める気はないんですか?」


「うっさいわい。わいかて、失恋しかけてたっちゅうねんっ。どっかの気の利かん部員がバスケ部のエース様に恋をしたせいで、わいかて、振り回されたっちゅうねんっ」


 紫苑しおんは、ずけずけと文句を言ってくる部長を一発張り倒してやろうと、左手でぐしゃぐしゃになったチョコレートの箱を掴む。


 紫苑しおんはチョコレートの箱ごと、部長の黒縁眼鏡を粉砕してやろうと、左手で力いっぱい、箱を握りしめ、こぶしを振り下ろす。

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