第4話

――2030年 2月14日 火曜日 午後4時過ぎ 小谷両替前高等学校 第2体育館への通路――


 山原・紫苑やまはら・しおんは、その日の授業が終わった後、校舎の離れにある第2体育館への通路に急いで向かい、犬上・小太郎いぬがみ・こたろうがやってくるのを待とうとしていた。


 男子バスケ部の部員はいつも、第2体育館近くの男子更衣室で着替える。この情報は、紫苑しおんが、昨年の学期末テスト前の級友たちとの合同勉強会に参加した小太郎こたろう自身から手に入れた情報であった。


 小太郎こたろうは誰よりも練習熱心であり、授業が終わった後は、即、男子更衣室へ飛び込んでいき、一番最初にそこから出てくるのだ。彼と同じ男子バスケ部の同級生たちも、こいつは本当にバスケ馬鹿なんだと笑っていたのを紫苑しおんは覚えている。


 しかし、紫苑しおんは第2体育館へ向かう途中の通路の先に女生徒をひとり、発見してしまう。紫苑しおんの背中に猛烈に嫌な汗が流れ出てくる。その女生徒を見て、紫苑しおんの足は完全に止まってしまうのであった。


 男子更衣室のドアが開き、そこから小太郎こたろうが出てくる。彼は紫苑しおんに気付かぬままに、第2体育館へと向かう。


 そんな小太郎こたろうを引き留めるように、女生徒は、小太郎こたろうの前に躍り出て、その小さな身には合わぬほどの声を振り絞って、小太郎こたろうに告げる。


「コタ先輩っ! きょ、きょ、今日はバ、バ、バレンタインデーって覚えています!? あたし、コタ先輩のためにチョコレートを持ってきたんですっ。コタ先輩、好きですっ! このチョコを受け取ってくださいっ!」


「ああ、あかねちゃん。ありがとう……。ははっ、俺から告白しようと思ってたのに、先を越されちゃったな?」


 その数分間をまるでスローモーションの映像を見るかのように、紫苑しおんは見届けた。しかし、彼女は確かに10数メートル先の男女の恋の行き先を見届けたはずだが、彼女の脳は、起こった事象を処理することはできなかったのであった。

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