第二十四話 再起

 気分は最悪だ。

 二日酔いで吐いている時の方がまだマシだ。

 体験型アトラクションぽいものはどうやら終わったようだ。


 まだ視界は真っ暗のままだでユリウスの感情が流れ込んできている。

 終わりのない悲しみ、怒り。そして懺悔。

 心の中まで真っ暗だ。

 生きることに疲れ、死にたくて仕方がない。

 死ぬことばかり考えている。


 死にたい。

 でも竜は死ねない。

 それでも死にたい。

 生きることが苦痛で仕方ない。

 死にたい、死にたい、死にたい。


 ……はあ、暗い……暗いよ!!!!

 物凄く暗あああああい!!!!


「こっちまで鬱になるわっ!」

「すまない」


 なんだか久しぶりに喋ることが出来たような気がした。

 気がつけば視界も明るくなり、見覚えのある景色が映った。

 ここは確かヘルミの家で倒れた時、夢のようなものでユリウスと会った場所だ。

 あの時の魔方陣も健在だ、妙に懐かしい。


「ん?」


 そういえば今「すまない」と返事があった気がしたが。

 声のした方を見ると……見慣れてしまった美貌があった。

 ユリウスだった。

 ヘビーな体験型アトラクションの主人公であり、私が入っていた身体……だった。


 あれ、ということは……今私はどうなっているのだ?

 手を見てみると明らかに男性の手。

 目の前の奴と同じだった。


「どゆこと?」

「もう、前の君は薄れているからね」

「何が?」

「ああ、すまない。全部説明するから。君が何故此処にいるのか。そして、どうして『ユリウス』になったのか。その為に見て貰ったんだ。俺の過去を」


 目の前のユリウスは俯き、険しそうな顔をしている。

 そういえば意識が薄れる前、村を襲ってしまった後に声が聞こえて「全て話す」と言っていたが、あれはユリウスだったのか。


「私はあなたの犠牲になったとか言っていたっけ?」

「ああ」


 向けられた顔には悲壮感が漂っていた。

 美貌の俺様にそんな顔をされたら、何も聞かずに「大丈夫、気にしないで!」とサムズアップしたくなるが、今は自分も同じ顔だろと突っ込みをいれて大人しく話を聞くことにした。


「今、俺の過去を見てきただろう?」

「大変な人生、竜生? を送られて……なんというか、お疲れ様です」


 見ているだけでも鬱なのに、実際に体験したとなればそれはもう大変だっただろう。

 軽く頭を下げながら労った。

 目の前のユリウスはキョトンとしていた……かと思うと。


「……ふ、ははっ。そんなこと言われるとは思っていなかったよ! あっはっは!」


 ……どうしたの?

 ツボに入ったのか腹を抱えて笑いだした。

 面白かったポイントも分からないし、第一貴方は爆笑するようなキャラじゃないと思うのですが!


「お疲れ様です、か……。ふはは、こんなに笑ったのは何百年振りだろう。俺の過去を見て『お疲れ様です』か」

「もういいだろ」


 ノリが軽すぎたかもしれないがそんなに笑うことか?

 とりあえず話を進めて欲しい。

 目で訴える。


「ああ、すまない。そう……お疲れ様でしたって、送り出して欲しいんだよ、俺を」

「どこに」

「終の世界」

「はあ? どこにあるんですかそれは」

「悪い、言い方が悪かった。率直に言うとね、俺は死にたいんだ」

「どうぞ、いってら……え?」


 流れでどうぞと気軽に送りだそうとしてしまったが、なんて言った?

 不穏な台詞が聞こえたと思ったのだが……ユリウスは微笑んでいた。

 まあ、死にたいことは重々承知していますけど。

 あんなにも負の感情送られましたからね。


「でも、竜って死なないって言っていませんでした?」

「そうだ。だが、諦めきれず色々試した。火山の溶岩に飛び込んでも、氷河に潜っても駄目だった。苦しいだけだった。封印されようとしても失敗したり、成功してもすぐ解けるし、解けずに成功しても結局意識はあるしで全部駄目だった。他の竜に挑んでも相手にされなかった。全て失敗だ」


 どれだけ死にたいのですか!

 思わず顔が引き攣った。


「だがこの竜の身体は死ねなくても、自分の意識がないようにする手段はあるはずだと思い、模索した。そして見つけた。それが『魂の交換』」


『魂の交換』


 なんとなくだがオタク脳で予想がつく。

 魂を交換し、人格を入れ替える。

 漫画でよくある『あの子と身体が入れ替わっちゃった!?』現象のことか。

 ユリウスに聞くと「まあ……そういうことだ」となんだか微妙な顔をして頷かれた。

 なんだ、真剣に聞けということか?


 え、そんなことはどうでも良くて、ちょっと待って。


「もしかしてそれって、今実行されちゃっているの? 今、私の身体にはユリウスの魂が入っているってこと!?」


 そんな、あんな酒瓶で荒れた部屋で目が覚めちゃったの!?

 声はがらがらで口は臭くなって、肌も荒れていたはず!

 下着も上下ばらばらだし、ああ……どうしよう私が死にたいいいいい!!!


「いや、俺の魂もまだ俺の身体にある」

「え? そうなの」


 良かった……なんとか羞恥死は回避できたようだ。

 だがそうなると、私の身体はどうなっているんだ?


「俺の魂は君の身体に行くはずだった。だが俺の身体と魂は長年共にありすぎて中々離れなかった。その上、魂の交換条件に適合した君が異世界にいたため、俺の魂が移るには時間がかかりすぎて間に合わなかった。君の場合は齢が短い上に、心身共に弱っていたようでこちらにくるのに時間がかからなかったんだが……」


 よく分からない。

 とりあえず私は薄っぺらくて、ユリウスは超重たいってことは分かった。

 それは分かったけど……。


「で、私の身体ってどうなるの?」

「君の身体は死んだ」


 言われた意味が分からず固まった。


「…………え?」


 なんとか声を絞り出し、意味が分からないという意思表示はすることができた。

 ユリウスは私から視線を外して説明を続ける。


「魂のない身体は、長く生きることが出来ない」


 だから死んだ、と。

 もう私の身体は死者として弔われ、灰になったそうだ。

 そんなこと言われても実感は湧かないが……。

 ただ少し自分が震えていることは分かった。


「死んだ? 私が?」

「こちらに来てすぐなら戻ることが出来た。俺にはそれが出来た。だがやらなかった。つまり俺が……君を殺した」

「あんたが……私を、ころした」


 頭の中が真っ白になる。

 耳鳴りもしている。

 考えられない。

 自分のど真ん中を衝撃が駆け抜けたが、どうしていいのか分からない。

 死んだと言われても今もこうやって意識がある。

 自分の身体に、世界に戻れない絶望感もある。


 ああ、これは本当に頭が追いつかないというやつだ。


「俺を憎め。俺は自分の目的の為にお前を殺したんだ」


 ユリウスが『自らの罪から目を反らさない』と言っているような、覚悟の見える表情でこちらを見ている。

 意思の篭った強い目だ。

 ……だがその目が苛っとする。

 何、凛とした顔をしやがって。


「憎めって言われて憎むのも難しいよね」

「え?」


 ユリウスは小さく声を出し、僅かに戸惑いを見せた。

 想像していた反応と違って驚いたのだろうか。

 泣き崩れるとでも思っていたのだろうか。

 そんなことより言いたいことがある!


「っていうか『罪から逃げはしない、向き合います!』みたいな格好良い雰囲気だしているけど、結局はあんた死ぬつもりなんでしょ? それってやり逃げじゃん」

「……そ、それは」

「大体ねえ、浮気と一緒でね。浮気した方は懺悔して、勝手に『罪と向き合った自分は偉い』って感じで一区切りつけちゃうけど、浮気された方は許していてもふとした瞬間に怒りや悲しみを思い出して、心に刺さった棘がいつまで経っても抜けないんだからね! 自分だけすっきりして卑怯! 私、そういうの大嫌いだから! 男の浮気は一緒に反省します、なんて器のでかいこと言えないし、言いたくもないタイプだから!」


 私は声を張り上げ、捲くし立ててユリウスに詰め寄った。

 ユリウスは一歩下がったが逃がしはしない。

 襟倉を掴んで更に畳み掛けた。


「本当に自分勝手よね!!」

「その……すまない」

「すまない!? そんなことしか言えんのか! 無駄に長々生きやがって! 死にたきゃ勝手に一人で死ね!」

「いや……だから、俺は死にたくて……」

「だから人を巻き込むなっての!!」

「それは本当に申し訳なく……」

「ちょっと言い方変えただけだろうが、もっと他にないのか! もっと謝罪の方法があるだろうが!」

「どうすれば……」

「どうすれば!? 自分で考えろ!! お前神様だろ!!!」


 本当に……本当に頭にくる!!

 これだからイケメンは!

 なんでも美貌で片がつくと思ったら大間違いだ!

 掴んでいた襟倉を乱暴に手放し、悪態をついた。


「ああ胸くそ悪い! ……あ」


 だが、次の瞬間ふと我に返った。

 まずい。

 恐る恐るユリウスを見ると、目を見開いて狼狽していた。

 ……やっちゃった。


 なんだかヘルミみたいなスイッチが入ってしまった。

 神様相手に男の浮気と同レベルで怒ってしまった。

 怒ったことを後悔はしないが、少し気まずい。


「あー……ごめん」

「いや……謝る必要は無い。怒りは当然だ。確かに君の言う通りで、懺悔して、君が怒りをぶつけてくれることで俺は楽になろうとしていたのかもしれない。……俺は本当に自己中心的な奴だな」


 ユリウスは自嘲気味に笑った。

 綺麗だがとても寂しそうな横顔だった。

 ……自己中、か。

 確かに、この『死にたい』に関しては自己中ではあるが、それまでは違ったように思う。


 さっき、ユリウスの過去を見た後に流れてきた感情を思い出した。

 後悔。

 懺悔。

 悲しみに囚われた寂しい闇。

 確かにユリウスは罪深い。

 エリーサさんのことにしても、母国を逆鱗で滅ぼしてしまったことも。

 だが、だからといって、終わりの無い命を闇に囚われたまま過ごさなければならない、ということは無いと思う。

 後悔も懺悔も忘れてはいけない。

 でも、前を向くことも忘れてはいけないと思う。

 だから『自己中』になるなら……自分の思うがままに進むというのなら……。


「どうせなら、良い方向で自己中になればいいのに」


 思わず呟いてしまった。

 ユリウスは目を丸くして私を見ている。


「良い方向?」

「うん。単純だと思うけど、前を向くのよ。失ったものから得たものもあったでしょう? それを生かせないか、とか。 あとは……もっと単純に、楽しいことを考えるとか。幸せになろうとすればいいのよ」


 死ぬことが幸せだ、なんて言われたら目潰しでもしてやろうと思ったが、ユリウスは眉間に深い皺を作って黙ってしまった。

 そんなに難しいことではないと思うけどなあ。


 というか……そんな様子まで様になりますねえ。

 黙って見守り、目の保養タイムとしましょう。

 今は自分も同じ顔なんだけどね!


「そんな資格は俺にはない」

「でたっ。はい、失格」


 言うと思ったよ!

 悩んだ上に出てきた言葉は、ありきたりな言葉過ぎて不合格。

 そんな不合格には、私もありきたりな言葉で返そう。


「資格って何? そんなものないでしょ」

「だが俺は守りたかったものを、結局全て自分の手で壊してしまったんだ」

「そうね、でもエリーサさんはあなたを守るために、あんなことになってしまったのよ? 彼女が全てを擲って守ったあなたを、あなたは蔑ろにするのね?」

「分かっている! それは……分かっている」

「分かっているならなんで大事にしないのよ」


 目の前の俺様イケメンは死ぬことで頭がいっぱいのようだ。

 逃げたいのだ。

 後悔と懺悔を繰り返す日々から。


「あんたの過去も見たし、感情も共有した。だから、気持ちも分かるし、途方も無い長い時間を後悔しながら生きて疲れ果てたことも分かる。もちろん、全部分かるとは言わないけどね」

「だったら……」

「でもね、人間というのは時が経てば前を向くことが出来る生き物なのよ? なのにあなたは、途方も無い長い時間で一度も前も向かなかったでしょう? 挙句の果てに、自分が死にたいからといって関係のない私まで巻き込んで、命を奪って……心まで竜になっちゃったの?」


 ユリウスは呆然としていた。

 目を見開いて、口は何かを呟いている。


「エリーサさんと私の命を無駄にしないでよ。前を向いて生きること。それがほんとの『贖罪』になるんじゃない?」

「エリーサと、君の命……贖罪」


 ついにはしゃがみ込み、俯いてしまった。

 ……ちょっと可愛いけど。

 その様子を黙って見守る。


 竜になったユリウスが生きてきた長い間、こうやって話し合う相手も無く、一人で後悔を繰り返してきたのだろう。

 ずっと同じ思考に囚われ、溺れ続けては自分を責め続け……。

 もう十分苦しんだ。


「そろそろ、自分を許してあげてもいいんじゃない? 私もあなたを許すわ。いい加減陽のあたるところに出てきなさいな」


 俯いていた顔を上げ、私を見るユリウス。

 その目は揺れていて、戸惑っていることが分かる。


「俺が……幸福を望むことが……本当に君への贖罪になるのだろうか」

「なる。本人が言っているんだから」

「だが……俺は死ぬことばかり考えて、何が幸福なのか、何をすれば幸福になるのか分からない」


 うん、重症。

 そう言われても私にも分からないけど!


「まあ、幸福の価値観なんて人それぞれだし……とりあえず、生きてみれば?」

「生きる?」

「生きていればそのうち良いことがあるっていうでしょ?」


 難しく考えすぎなくていいと思う。

 微笑みかけながらユリウスに話す。

 

「時間は無限にあるんだし」

「時間は…………そうだな」


 しばらく間が空いたが、ユリウスは立ち上がり、こちらを見た。

 弱弱しいし迷いも窺えるが、少しすっきりとした顔で笑っていた。

 まだ簡単に気持ちを切り替えることは出来ないだろうが、少しは前を向く気になってくれたような気がした。


「もう少し……生きてみてもいいだろうか」


 小さな声で呟いた。

 私はそれに目いっぱいの笑顔で頷いた。


「いいのよ! 私が許す!」


 そうだよ、それでいいんだよ。

 きっとエリーサさんも喜んでくれるよ。


「エリーサさんの分も、生きて、笑って……。記憶の中で、一緒に生きれば良いじゃない」

「一緒に、生きる」


 私の言葉を反復しながら、胸に手を当てたユリウスが零す。


「そうか、俺は……。エリーサの記憶も、存在も、彼女が生きた証も、殺してしまうところだったんだな」


 気のせいかもしれないが、ユリウスの目には薄っすらと涙が滲んでいる気がする。

 それだけ彼の心が動いたのかもしれないと思うと嬉しくなった。


「気づかせてくれて……感謝する」

「どういたしまして!」


 穏やかな笑顔を浮かべるユリウスに元気良く返事をした。

 話を始める前に比べると別人のようだ。

 良かった。

 心の闇を全て晴らすなんてすぐには無理だろうけど、前さえ向いていればなんとかなる、そう思った。




 ※※※




「しかし……死にたくて、俺を消すように君を説得するつもりで過去を見せたのだが……まさかこういうことになるとは」

「そうなの?」

「ああ」


 今ユリウスの身体には、ユリウスと私の二つの魂がある。

 この場所は意識下の世界で実際の世界ではないらしい。

 本来、ここには一人しか存在してはいけない。

 一つの身体に一つの魂、それが理だ。

 この状態が続くと肉体は危険な状態になる。

 人であれば死に至るが、竜は死なない。

 竜の場合は終わることの無い逆鱗を起こすことになるらしい……って。


「それ、やばいじゃない!」

「そうだな」

「そうだな、じゃないわよ!」


 今はまだ大丈夫と、軽い様子でユリウスは笑った。

 笑い事じゃありませんけど!

 だが、この状態が危険なことには変わりは無い。

 だからこの状態を回避するため、そしてユリウスが死ぬために、ここで私に殺されたかったらしい。

 この状態で消されれば、私の魂とユリウスの身体は定着し、ユリウスの魂は完全に消える。

 つまり念願の死を迎えることが出来る。

 そういう段取りになっていたそうだ。


「え、そういえば私、どうすればいいの? 身体はユリウスに返す気満々だったけど。そうなったら私はどうなるの?」


 私の身体は死んだと言っていた。

 私の返る場所はない。

 死ぬしかないってこと……!?


「君にはこの身体にいて貰う」

「へ?」

「君の魂は異世界のものだから、俺の身体を離れると君の世界に帰ろうとする。でも君の身体は死んでいる。だから君の魂も死んでしまう。それに比べて俺はこの世界の住人だし、これでも結構頑丈な魂でね。その分移りにくいが、なんとかなるさ。いや、なんとかする」


 力強く言い切った。

 さっきまで死にたいとうるさかった奴が嘘のようだ。

 俺様イケメンのオーラがぱねぇ!

 やばい、惚れる。


「で、具体的にはどうするの?」

「俺の魂が入れる身体なんて早々ないんだが、良いのを思い出してね。奪ってしまえば復讐も出来て一石二兆だ」


 復讐?

 ユリウスが復讐したい……それくらい怨んでいる、といえば?

 え、まさか。


「ちょっと、待って。……本気?」

「本気だ」


 ユリウスは不敵に笑った。


「リトヴァの身体を奪う」

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