第十五話 危機②

 俺に覆い被さっていたマリアを抱き込み、そのまま横に転がった。

 なんとか回避することが出来たようだ。

 さっきまで自分達がいたところを見ると白い固まりが張りついていた。

 蜘蛛の糸だ。

 嫌な予感がする。

 蜘蛛の糸が飛んできた上の方を見ると…………いた。


「う、うわぁ……」


 そこには、巨大な蜘蛛がいた。

 全身の毛穴がブワッと開き、寒気が走った。

 凄くデカイ。

 ワゴン車くらいの大きさだ。

 蜘蛛は元々大嫌いだ。

 その上ワゴン車サイズの蜘蛛だ。


『気持ち悪うううう!! 怖あああああっ!!!!』


 拒否反応で声を出すことも出来なかったが、心の中で絶叫した。


「ア、アラクネ!?」


 マリアも上を見上げ、驚愕の声をあげていた。

 胸ぽろりで。

 貴方、防御力ゼロですね。


「杖!」


 マリアは急いで杖をとりに走った。

 そうだ、俺も剣!

 剣を回収しようと駆けている間も、上から次々と糸の追撃が飛んで来る。

 勘を頼りに、なんとか回避しながら剣をとることが出来た。


炎の矢ファイアアロー!」


 アラクネに炎が放たれた。

 マリアも無事に、杖を持つことが出来たようだ。


「ここは毒蜘蛛の森の近くだったようですわね! 追って来なくなるまで離れるか、倒すしかないですわ!」

「倒せるような相手なのか?」

「ユリウス様なら余裕ですわ! 倒して早く続きをいたしましょう?」

「あのなあ!」


 体はハイスペックだが中身はど素人だぞ!

 そして続きって……まだやるつもりか!


「アラクネは再生能力が高く、一気に畳み掛けないと回復してしまいます。今の私の炎の矢の損傷も既に治っているようですわ。弱点は赤い目、炎と光属性。目を潰して動きを鈍らせた後に一気に魔法で倒せればいいのですが……。あれを倒すくらいの威力の魔法だと少し時間がかかりますわ」

「分かった。俺がなんとかしておくからマリアは下がって準備を!」

「ですが……承知しました!」


 マリアは一瞬迷っていたが時間がないと悟ったのか、安全なところまで下がると詠唱を始めた。


 さて、格好良くなんとかするなんて言ったがどうしたものか。

 体はハイスペックだがどこまでやれるかは分からない。

 案外倒してしまうかもしれないし、やはり中身が素人だと駄目かもしれない。

 ただ、今日は狩りで少しだけだが体に馴染んだというか、慣れることが出来たから多少は動けるだろう。

 目が弱点だと言っていたからまずは目を潰そう。


「うわああ。やっぱ気持ち悪ぅ」


 改めて見たがやはり気持ち悪い!

 思わず顔を顰めてしまうし、なんだかトイレにも行きたくなってきた。

 早くヘルミのところに帰りたい。


 アラクネはタランチュラのような肉厚の蜘蛛だった。

 胴体にネオンのような蛍光ピンクの斑模様がついているが、斑模様はよく見ると動いていて人の顔のように見える。

 頭には弱点の目が八個ついていたが大きさがばらばらで、ぎょろっとした一際大きな赤い目の周りに小さな赤い目が光っていた。


「多分あのぎょろっとしたデカイ目だよなあ」


 走って距離を詰める。

 近寄る間も糸が吐かれ続ける。

 よけ切れないものは切りながら進んだが剣の切れ味が悪く、あまりスパッと気持ちよく切ることが出来ない。

 それでも糸は次々と飛んでくる。

 ああ、くそっ……苛々する!


 蜘蛛の胴体に飛び乗って目を切ろうとしたが、俺が飛び上がった瞬間に「待っていました!」といった様子で蜘蛛の胴体が割れ、食虫植物のように開いた。

 開いた口のふちには鎌のようなものがびっしりとついているし、胴の中は緑の液体がぶくぶくしている。


 まずい!! こっわ!!!!


 とっさに魔法で風を出し、後ろに下がった。

 その時の風がカマイタチのようになり、蜘蛛の体内にダメージがいったようでその場でばたばたしはじめた。

 これはチャンスかも!?

 目を潰そうと構えたが、忙しなく動いている足が邪魔だ。

 それならばまず足を切り落としてやろうと剣を振り下ろしたのだが――。


 ――カキィン


「ちょ……」


 剣が折れ、先がどこかに飛んでいってしまった。

 武器が無くなってしまった。

 くそ、リクハルトめ!

 お前の剣、しょぼ過ぎだぞ!


 仕方がないが魔法でやるしかない。

 上手くいった今の風の魔法で足を落とせるか試そう。

 出来るだけ落ち着いて、慎重に力を絞って狙う。


風の鎌ウィンドカッター!」


 鋭利な風が飛んでいき、見事真っ二つに切り裂いた。

 ……周りの木をごっそりと。


「そこじゃなああああい!!」


 辺りが開けて戦いやすくはなったが、当のアラクネには何もダメージを与えられていない。

 ああ苛々する!!

 また力を制御出来なくて失敗だ。


 そもそも的を狙うような方法は今の俺には無理だ。

 火が弱点だと言っていたし、火で燃やしてしまう方がよさそうだ。

 考えている間にアラクネは体制を整え、反撃してきた。

 糸を飛ばして俺を捕獲しようと試みながらも距離をつめてくる。


 糸の動きも見えるし、かわすことは容易い。

 だが、体が勝手に動きはするが頭が追いつかない状態でどうも余裕がない。


 ――キシャアアアア!!


「ぐっ!!」

「ユリウス様!?」


 なんとか上手く魔法を使えないか試行錯誤しながら避けていると隙が出来たのか、アラクネの太い足の一撃を食らってしまった。

 結構痛かったが、痛みは一瞬で消えたので大丈夫そうだ。


「平気だ! 俺はいいから! 準備を続けてくれ!」

「でも……!」

「マリアを信用して頑張ってんだからさ! マリアも俺を信用してくれよ!」


 心配して駆け寄ろうとしてきたマリアを制止する。

 大丈夫だから、早くしてくれー!


 マリアを見ると、何故かきらきら瞳を輝かせながらこちらを見ていた。


「お任せください! 命に代えても成功させてみせますわ!!」

「いや、命に代えたら駄目だから」


 突っ込みは届いたかどうか分からないが、詠唱を再開したようだ。

 上手く戦えてはいないが、このまま時間稼ぎが出来そうかと思っていた矢先、アラクネが俺への攻撃を止め、マリアの方に向かいだした。


 気づかれた!

 マリアに近づくのを止めなければならない。

 なんとかしなければ……!


 魔法は失敗する、ややこしいことを考えている余裕がない。

 アラクネの胴体の側面を目掛けて思いきり走り、蹴り込んだ。

 すると木々をなぎ倒しながら十メートル程後ろへ吹っ飛んでいった。

 マリアからも離れた。

 また予想以上の威力で焦ったが引き離し成功だ。

 最初からこうすれば良かった。

 薄々思っていたけど、でも気持ち悪いからなるべく接触したくなかったわけで……。

 そうは言っていられなくなったが。


 吹っ飛んだアラクネが体制を立て直す前に、再度飛び蹴りをお見舞いする。

 今度は先程より勢い良く吹っ飛び、ダメージが聞いているような気がした。

 なんだか倒せそうな気がしてきた。

 立て直そうともがいているアラクネに素早く近づき、気持ち悪いが足を掴む。


「掴んでいたら流石に的が外れるなんて事はないだろ。『炎の壁ファイアウォール』!」


 アラクネの下から上へ、轟音と共に炎が昇る。

 威力はやはり調整出来ておらず、アラクネを十匹くらいまとめて焼いてしまえそうな火柱が上がった。


 ――ギュアアアアアアアア!!


 燃え上がる炎の中からアラクネの断末魔が聞こえた。

 少しすると声は聞こえなくなり、炎が消えた後にはただの黒い塊にしか見えないアラクネの死骸が残った。


「はは……倒した。って、いうかオーバーキル」

「ユリウス様!!」


 乾いた笑いを漏らしていると、背中に柔らかい感触が当たった。

 例の二つの山だ。


「ユリウス様ったら、私を信用しているなんて仰っておきながら、一人で倒してしまって……。私の出番がありませんでしたわ! ふふっ」

「ああ、ごめん」

「許しませんわ、ふふっ」


 何が楽しいのか分からないがとっても上機嫌だ。

 戦闘で興奮してハイになっているのか?

 俺は疲れた……。

 気持ち悪い蜘蛛を触ってしまったし、凄く風呂に入りたい。


「マリア!」

「ユリウス!」


 項垂れていると、暗闇から俺達を呼ぶ声が聞こえた。

 あの声は……ヘルミとリクハルトだ。


「ここだ!」


 返事をすると二人の気配が近づいてきた。

 前方に二人の姿が見えた。

 向こう俺達の姿が見えたらしく、安堵したような表情を浮かべた。

 だが一瞬でその表情は氷つき、固まった。

 どうしたのだろう。

 二人の視線は、俺では無くマリアの方にいっていた。

 防御力ゼロ、九割すっぽんぽんの…………あ。


「……どういうことなの?」


 ヘルミの目が据わっていた。

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