第十六話 誤解

 このほぼ生まれたてな姿のビッチをどう説明しよう。

 アラクネと戦っていたら脱げた。

 ……無理があるか。

 ビッチに襲われ、蜘蛛に襲われ…………散々だ。

 思わず遠い目をしていると、リクハルトが突進してきて俺の胸倉を掴んだ。

 その目は血走り、狂ったように怒っていることが分かる。


「お前! マリアを無理やり追い掛け回して、こんな事を……!」

「は? 何の話?」

「お前、マリアを襲ったんだろう! だからこんなに荒れているんじゃないのか!」

「はあああ!?」


 アラクネと戦った跡を見て、マリアを襲うためにこんなに暴れまわったと思ったのか?

 お前、馬鹿だろう。

 バカハルト馬鹿過ぎだろう!


「そんな訳無いだろう! 頭を使って考えりゃ分かるだろう!」

「考えた結果だ! マリアは魔法を使えるし優秀な冒険者だ。マリアを抑えるにはこれくらい暴れないと無理だったんだろう!」

「馬鹿じゃねえの! そこにアラクネの死骸があるだろうが!」

「アラクネ!? ……こんなもん焦げてて分かるかぁ!」

「リクハルト、その焦げた塊は確かにアラクネの死骸です! それに私、襲われてなどいません! 私達は愛し合っているところをアラクネに邪魔されたんですわ!」

「違ああああああああう!!!!」


 何を言っているんだこいつ、話をややこしくするな!


「それにユリウス様に襲われるなんて本望ですわ。逃げるなんてありえません。あ、そうですわ……続きはそういう設定で可愛がって頂けません?」

「するわけ無いだろう!!」


 恍惚とした表情のマリアに再び後ろから抱きつかれる。

 また例の山が当たるわけで……。

 早くぽろりを片付けなさい!


 リクハルトは下を向いて顔は見えないが、怒りを抑えきれず拳を握り締めてわなわなと震えていた。

 完全に誤解されている。

 してない、未遂だ!

 ちょっと油断をしてすべてを防御しきれなかったが……何もないと言っていい範疇、のはず!

 ……ありのまま全部話すべき?

 余計なことは話さない方がいいだろうか。


 迷っていると、今まで黙って静観していたヘルミがすたすたと俺の前までやってきて、目の前で止まった。

 ヘルミにも誤解されてしまってはいけない。

 何か話さないと――。


 ――パンッ


 頬に衝撃があった。

 そんな痛くない、小さな痛みだがビリッと痺れが走った気がした。


 ヘルミに……平手打ちされた?


 マリアが騒いでいる声が聞こえたが、そんなことには意識はいかずヘルミしか見えなかった。

 ヘルミは無表情で、でも……目からは涙が溢れていた。

 しばらく見つめあったが、ヘルミは踵を返して立ち去ってしまった。

 俺はその様子を黙って見ていた。


 リクハルトが俺に何かを言っている。

 全然耳に入ってこないが、どうせ俺に対する侮蔑の言葉だろう。

 言い終わるとヘルミの後に続いて去っていった。


「…………はあ」


 ヘルミの姿が視界から消えると、ビンタで硬直がしていた体が動き始めて溜息が出た。

 ……泣かせてしまった。

 勘違いさせてしまったのだろう。


 でも恋人っていうのはフリだよな?

 ビンタまでしなくても……いや、フリといえど裏切られたことのショックからのビンタなのか?

 どうであれ、誤解を解こう。

 そして抵抗し切れなかった不甲斐無さを詫びよう。


「ユリウス様、大丈夫ですか?」


 マリア、まだいたのかよ。

 リクハルトと帰れば良かったのに。

 っていうか、あいつもなんで連れて帰らないんだよ。

 そしていい加減に……。


「服を着ろ」

「あら、残念。これからユリウス様を慰めて差し上げたかったのに」


 ……お前はブレないな。




 ※※※




 結局村に戻るのも気まずく、野宿をして過ごした。

 マリアはポロリを閉まった後は、寒いと言って俺にくっついきた。

 さっきまですっぽんぽんだった奴が何を言っているのだ。

 しばらく引き離すべく格闘した結果、途中でマリアが諦め、少し離れたところで横になって寝た。

 勝った。

 俺は目が覚めて寝る気にはならなかったし、火の番と見張りを兼ねて起きていた。


 火を見ながら、この体になってからのことを考えていた。

 そして鬱になりそうになった。

 楽しいこともあったが……もう対応しきれないことばかりだ。

 投げ出したい。

 このハイスペックな体だったら何処ででも何かと生きていけそうだし、もう村を出てぶらぶら気ままに旅をしてもいいかも、なんて考えばかり浮かんできた。


 無責任だなあ、俺。

 自分でもそう思うが、なんだか疲れた。

 この急展開に頭がついていけていないのかもしれない。

 休憩と称して村をしばらく離れ、現実逃避しようかな。


 でもなあ、ヘルミにはお世話になったしなあ。

 誤解されたまま、嫌われたままなのは悲しいし。

 やっぱりちゃんと話をしよう。


 ――でもなあ、現実逃避したいな。

 ――でもちゃんとヘルミと話を。

 ――でもでも、しんどいなあ……。


 この無限ループを朝日が昇るまで繰り返したのであった。




 ※※※




「マリア、俺はもう出るぞ」

「おはようございますユリウス様。ユリウス様と過ごした激しい夜のことは私、一生忘れませんわ」

「馬鹿なこと行ってないで一緒に行くなら早く支度をしろ」


 朝から桃色全開の思考回路が絶好調で凄いな。

 妙に感心してしまう。

 一々誤解を招く台詞を吐くのは止めて欲しいが、わざとやっていそうなので止めないんだろうな。

 一日でマリアのことが大凡把握出来たよ。


「それにしても凄いな」


 明るくなってから見た、俺が暴れた跡地は結構凄かった。

 いたる所が焼け焦げ、木々はなぎ倒され、切断され、地面が抉れ……。

 土下座でごめんなさい。

 森林破壊もいいところである。

 森の神よ、お許しください。

 ここでいうと樹竜様かな。

 真に申し訳ありません、平にご容赦ください。


「さあ、行くか」


 足取り重く村へと出発、目指すはヘルミだ。

 ヘルミとリクハルトが帰って行った方向に進めばいいだろう。

 距離的にも村からあまり離れてはいないと思う。


「昨日からずっとユリウス様と一緒で幸せですわ」


 マリアは相変わらず俺のコバンザメのようにぴたっとくっ付いてきている。

 引き剥がしてもめげない。

 本当に凄いよ、マリアさん。


 でも、こういう肉食系女子は案外好きだったりする。

 異性として好きというのではなく、同姓の友人としてだが。


 そういえば同じ職場の友人に少し似ているかもしれない。

 当たって砕けろ! を体現したようなパワフルな子だった。

 女子のいやらしさを最大限に有効活用できる強かさもあったので、何かと敵も多かったが、彼女の話はドラマなんかより生々しくて面白かった。

 驚かされたり唖然とさせられたり、笑わせて貰ったりはらはらさせられたり、いつも元気を貰っていた気がする。

 うん、やっぱり嫌いじゃないな。

 ……まさか自分がそういう子のターゲットになるなんて思っていなかったが。


 そんなことを考えながら歩いていると村に着いた。

 やはり近くまで辿り着いていたようで時間はかからなかった。


 まだ朝食を食べているような時間帯だと思うのだが、もう農作業や家事をしている人の姿があった。

 子供達の姿もちらほら見える。

 花冠を作ってあげた見覚えある子供の姿もあったので手を振った。

 ぱあっと笑顔を見せ、こちらに駆け寄って来てくれそうだったのだが、母親らしき人に止められていた。

 母親は俺を見て不愉快そうな顔をしていた。

 別に誘拐しようとしたりしていないぞ?

 少し悲しくなりながら、村長宅を目指して足を進めた。

 途中で雑貨屋で会ったヘルミの友人二人を見つけた。


「おはよう」

「「…………」」


 二人は俺を見ると嫌なものでも見たような露骨な態度を取り、無言のまま去っていった。

 ……なんなのだ?

 凄く傷つくのですが!

 気がつけば村の人皆が俺を冷やかな目で見ていた。

 一体どうしたというのだろう。

 今までは暖かく迎え入れてくれたというか、どちらかというとちやほやしてくれていたのに……この温度差何!?


「失礼な人達ですこと」


 マリアだけは通常運転だった。

 まさかマリアに癒される日がくるとは。

 ああ、心が痛い。

 心臓がきゅーっとする。

 俺は打たれ弱いのだ。

 村長宅に着くとライラさんが出てきた。


「どの面さげて来たんだろうねえ」

「え?」


 なんということだ……。

 『村の良心』ことライラさんも、どうやら村人一派らしい。


「あの……俺、何かしましたか?」

「何言ってんだい! 自分の胸に手当てて聞いてみな! あんたなら大丈夫だと思ってヘルミちゃんを任せたのに見損なったよ! もう騒ぎを持ち込まないで頂戴! あんたら二人ともこの村出て行きな!」


 ――バタンッ


 問答無用という感じで扉を閉められてしまった。

 色々聞きたかったし、ヘルミと話をしたかったのだが……。


「なんという失礼な人達ばかりなの! ユリウス様、もうここを出ましょう!」


 マリアが激昂している。

 俺はぼーっとしている。

 ああ、ライラさんにまで嫌われてしまっている。

 もう一度言う。

 俺は打たれ弱いのだ。

 心が折れそうだ。

 否、折れた。

 それはもう、チョコレートでコーティングされた細い棒状のお菓子のようにポッキリと。

 泣いてもいいですか?

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