第十三話 狩り②

 マリアのアピール攻撃を受けつつも、歩く道中魔法についての話を聞いた。


 魔法を使うには『体内の魔力を消費して使うもの』と、体外にあるもの、生物や植物など『魔力を宿しているあらゆるものから収集して消費する』二通りあるらしい。

 単純に言うと自分の魔力を使うか、外から取ってくるか、だ。

 一般的なのは体内の魔力を消費する方で、体外の魔力を使う方は竜や高位の魔物、極少数の優秀な魔法使い、貴重なアイテムを使用した場合しか無いらしい。


 マリアの知るユリウスは両方使うことが出来たらしい。

 どこまでハイスペックなんだ。


 属性は六つ。

 それぞれを竜が司っており光・闇・火・水・地・風がある。


「魔法の使い方でしたら、ユリウス様の場合は体が覚えていると思いますわ」


 一般の人は魔力は持っているが、魔法を使うことは難しいそうだ。

 魔力を消費する感覚が重要になるが、中々掴めないものだらしい。

 だが俺の場合は身体が覚えているだろうから大丈夫だろうと、実戦を踏まえながらやっていくことになった。


 早速魔法を使えるかどうか試してみる。

 マリアが手本を見せると言う。

 落ちていた木の葉を拾い、自分の手のひらに置いた。

 すると木の葉はマリアの手を離れ浮かび上がり、くるくるとマリアの周りを回りだした。


「おお」


 感嘆の声を上げると、マリアがクスリと笑った。


「さあ。まずはこのように、葉っぱを浮かべてみましょう」


 マリアから葉っぱを受け取り、自分の手のひらに乗せた。


「体内の魔力を使って、この葉が浮かび上がるよう念じてみてくださいませ」


 そう言われても……魔力を消費する方法が分からない。

 適当にやってみるか。

 とりあえず「葉っぱよ、浮かべ!」と気合を入れ、それっぽいことをやってみた。


――パアンッ!!


「きゃあ!」

「うわ」


 結果、葉っぱが木っ端微塵になりました。

 また加減が出来ていないパターンでしょうか。

 でも魔法を使った、ということは確かだよな?

 ちょっと嬉しい……が。


「ごめん、失敗した」

「い、いえ……流石ですわ! ユリウス様の魔力量は本当に素晴らしい。ささ、もう一度試してくださいな」


 マリアがもう一度葉っぱを拾って、手のひらに置いてくれた。

 おおぅ、この子思ったより良い子かもしれない。

 再度挑戦。


――パアンッ!!


「……」

「……」


 駄目でした。

 木っ端微塵ではなかったが、びりびりに破れて散った。


「だ、大丈夫ですわ! さっきよりは制御出来ていますもの! さあ、葉っぱはいくらでもありますわ!」


 マリアの顔が若干引きつっていた。

 俺の中では少しだけマリアの高感度が上がったが、マリアの中で俺の高感度が下がったような気がする。

 その後も葉っぱを何十枚と粉々にした。

 狩り場になりそうなところに到着しても上手く出来なかったのでしばらく留まり、落ち着きながら練習するとなんとか浮かび上がらせて、操ることが出来るようになった。


「ありがとう」

「どういたしまして。ふふっ、あのユリウス様にこんなことを教える日がくるなんて、思ってもいませんでしたわ」


 楽しそうにコロコロと笑っている。

 マリアの知るユリウスを思い出しているのだろうか。


「なあ、以前の俺ってどういう奴だった?」

「そうですわね……。麗しくて、凛々しくて、お強くて、非の打ち所のない方でしたわ」

「はあ……へえぇ」

「ふふ! そういう……失礼ですけど、気の緩んだ表情もお持ちだったのですね」

「随分と腑抜けてしまったんだなあ、俺」

「いえ、親しみやすいユリウス様も素敵ですし、お美しさは変わりませんわ」


 マリアの気遣いがなんだかとても心苦しい。

 今の俺はとても残念な有様だと思う。


「では狩りを始めましょうか」

「そうだな」


 今度こそ本当の実戦だ。

 俺が先頭に立ち、後ろにはマリア。

 装備はライラさんが貸してくれたリクハルトが使っている胸当てとブーツ、銅の剣だ。

 ゲームの初期装備、といった感じだ。

 マリアは普段の私服のワンピースのまま、防具は見当たらないが杖を持っていた。

 こぶし位の大きさの緑の石がついた短杖だ。


 進む方向はマリアが指示をしてくれる。


「この辺りには猪鳥ラッシュバード 羽兎フェザーラビットがいます。猪鳥は太った鳥で飛びません。突進にさえ気をつければ問題ありませんわ。羽兎は危険性はありませんが素早く、飛んで逃げるので捕まえるのが難しいです。他にもこの辺りはゴブリンやスライムもいますが、もちろん食料にはならないので始末しましょう。大丈夫、ユリウス様なら目を瞑っていてでも出来ますわ。それに私がお手伝いしますから」

「頼もしいよ。よろしく」

「お任せくださいませ!」


 この身体になってから女性に世話になってばかりだ。

 せっかくハイスペックな身体能力を持っているのだから、体に慣れて恩を返せるようになりたい。

 今はマリアという頼りになるフォロー役もいるので、特訓を兼ねながら狩りを頑張ろう。

 少し緊張しながら進んで行くと、何かいるような気がして足を止めた。


「どうかされました?」

「先に何かいるような気がして」

「そうですか? 私には分かりませんが、ユリウス様がそう仰るのならそうなのでしょう。少し慎重に、いつ戦闘になってもいいように心構えをしながら進みましょう」

「分かった」


 ゆっくり慎重に歩みを進めた。

 すると百メートル程歩いたところで、猪のような胴体に鳥のような足を持ったアンバランスな姿の生き物が草を食べていた。


「さすがユリウス様! いましたわね。あれが猪鳥ですわ」

「草食なのか?」

「草でも肉でもなんでも食べますわ」


 雑食か。

 猪に似ていると思ったが豚にも似ている。

 突進するといっていたから、猪っぽさの方が上だが。

 どちらでもいい、なんだか勝てそうだ。


 生きている物の命を奪うなんて『私』の感覚で言うと恐ろしくて考えられないが、今はなぜだか出来そうな気がする。

 これもこの身体のせい?

 それとも知らない間にこの世界に馴染んだのか?


 でも……それって凄く怖いことだな。

 知らない間に自分の価値観が変えられているということなのだから。

 くそ、嫌な事に気がついてしまった。

 今日は眠れないような気がする。


「ユリウス様、どうかされました?」

「あ、いや……なんでもない」


 駄目だ。

 今は目の前のことに集中だ。 

 まず初めてだし、あまり獲物の状態は考えずに倒すことに集中だ。


 猪鳥はまだこちらに気づかず草を咀嚼している。

 背後から気配を消しながら近づき、一刀両断した。

 猪鳥は斬られるまでこちらに気がつかなかったようだ。

 ほぼ真ん中で真っ二つに割れて血が飛び散り、内臓も散らばり、実にグロテスクな光景が広がった。


 うわあ……。

 それでも思った程ショックを受けていない自分が怖い。

 まあ、普段見ていないだけで牛や豚を食べているのに、これを非人道的だなんて騒ぐのもおかしな気はするが。


「素晴らしい太刀捌きでしたわ! 処理もしやすいですわね」


 マリアがとても逞しかった。

 魔法で綺麗にして、四次元ポケット的な空間に手際よくしまってくれた。

 正直触りたくはなかったから助かったが、ずっとマリアにお願いするわけにはいかないので一連の処理方法を教わっておいた。

 内臓に触れたとき一瞬吐きそうになって、まだまともな感覚もあるんだなと少しほっとした。


 その後は羽兎に遭遇した。

 羽兎は羽のように大きな耳で飛んでいた。

 木の枝にいる時は足で移動しており、動きが素早い上高いところにいるので、マリアが魔法で仕留めた。

 風の矢ウィンドアローで一撃必殺で見事だった。


 格好良かったので教えてもらった。

 再度羽兎と遭遇した時挑戦してみたがあえなく失敗、木を薙ぎ倒してしまった。

 羽兎にも当たっていたが獲物としては破損が大きすぎて物にならなかった。


 その後も何度か羽兎や猪鳥、ゴブリンにも遭遇したので風の矢で仕留めようとしたがマリアのように華麗に決まらなかった。

 やりすぎたり、逆に足りなかったり、大きく外れたり……。

 獲物もある程度数がいるだろうから途中で断念、魔法はマリアに任せ、比較的動けるようになってきた剣の方で始末していった。

 夢中になって狩りを進めていると、いつの間にか日が傾き始めていた。


「結構時間が経ったな。そろそろ村に戻ろうか」

「そうですわね」

「かなり奥の方まで進んだから戻るにも時間がかかるだろうし。俺は道はさっぱりだ」

「私もですわ」

「だよな。って…………え?」


 今、道が分からないと言うのに同意しましたか?

 気のせいだよな?

 素敵な微笑でこちらを見ているし。


「帰り道、分からないなんてことはないよな?」

「分かりませんわ」

「……は? ええええ!?」


「どうしましょ?」なんて可愛らしく首をかしげている場合じゃないぞ!


「道を案内してくれるんじゃなかったのか!?」

「『獲物のいそうな所にご案内する』と言っただけで道は知りませんわ。私は獲物のいそうな所を進んでいただけですから」

「……」


 確かにそうだけど……そうだけどさあ!

 まさか知らない所で獲物がいそうなところを闇雲に目指していたとは……。

 知っているところを案内してくれているんだと思い込んでいたから、道なんて覚えていない。

 というか、森の中の道なんてないところを進んできたわけだから分かるはずもなく。


 仕方ない、大体の方角は分かるからその方向に進むしかない。


「とりあえず、それらしき方向に進むしかないな」

「そうですわね。ユリウス様と一緒なら森で彷徨っても幸せですわ」

「はいはい……」


 ……こいつ、わざとじゃないだろうな。

 溜息をつきながらも、仕方なく村があると思われる方向に足を進めた。

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