第十二話 狩り①

「狩りだ! 飯を取りに行くぞ!」


 ライラさんの手伝いで早朝の薪割りをしていたところに村長が現れた。

 手にはゲームの初期装備のような剣が握られている。

 なんてことない、ただのロングソードだ。


 今日はヘルミと毒蜘蛛の森に行こうと話していたので、最初は渋って断ろうとしたのだが……。


「倅が狩りに出れなくなったのはあんたのせいなんだからな! 代わりに働け!」

「ええ?」


 そんなに重傷なのか?

 そう尋ねると、「知らねえよ! 拗ねて部屋から出てこねえんだよ!」という言葉が返ってきた。

 子供か!


 リクハルトに対してはただただ呆れるばかりだが、思った以上に強く殴ってしまった心苦しさはあるので、狩りの代わりくらいはすることにした。

 俺は現状ただ飯食らいだし、肩身が狭いということもある。

 ヘルミに話して狩りの方を手伝う許可を貰い、村長と支度を始めた。


 狩りといっても、俺にはその能力も知識も無い。

 だから荷物持ちや雑用をするだけで良い、ということだった。

 それだけでも危険が全く無いわけではない。

 最低限自分の身は守れるよう、村長に庭先で特訓して貰うことになった。


「よし、色男。行くぞ! 受けてみろ!」


 その呼び方を、まずやめて欲しいところだが……。

 俺の実力を見たいということで、竹刀のような棒で打ち合いをすることになった。

 最初は村長から打ってきたのだが……余裕で対処出来た。

 というか、遊んでいるのか本気なのか分からなかった。

 ふざけている様子には見えないが……。


「あれ? なんじゃい、お前さん。良い動きするじゃないか」

「はあ」


 やはり真面目にやっているようだ……これで?

 リクハルトもそうだったが、村長も弱い?


「ていやー!」

「?」


 村長が声だけは勇ましく向かってくるが……。

 どう対処すればいいのか迷いながらぬるい攻撃を避けていると、通りがかった村人が見学するようになった。


「村長! 若いもんに目にもの見せてやれ!」

「きゃああああっユリウスさん、頑張ってー!」


 男性陣は村長を、女性陣は俺を応援してくれるようだ。

 一人、また一人と、ギャラリーが増えるに連れ、村長の声はどんどん張りをましていくが……声だけじゃないか。


「……はあ……はあ……お前さん、年長者に対する敬いがないぞ!」


 どうやら最初から全力だったらしい。

 肩で息をしながら、恨めしそうに俺を見ている。

 そんなことを言われてもだな……。


 祭りの夜店でよく見かける剣の形をしたバルーンでやってるんじゃないか、というくらい軽くて遅かった。

 途中から村長が必死になってきてるのが分かって可哀想だった。

 どんどん頭も散らかっていく。

 

 女性陣が黄色い声を上げる一方で、男性陣……特に村長と同年代と思しき人たちは涙ながらに応援していた。

「もうやめてくれ」、そんな声が聞こえた気がした。

 俺もその方がいいと思ったが、村長が向かってくるので避けるしかないのだ。

 というか、避けることしかしていないのだが……。


「ふっ……まあ、このへんで勘弁してやろう。次はお前さんが向かってこい!」


 俺を打ち負かすのは諦めたのか、今度は打ってこいと言われた。

 いや……もう止めようよ。

 呼吸困難を起こしながら禿げ散らかしているおっさんに竹刀を向けるのは心苦しい。

 これがリアルなオヤジ狩りか。


 ……なんて村長を甘く見ているが、実はかなりの手練れで、力は無くても俺の攻撃を優雅に受け流す、なんてことが起きるかもしれない。

 何においても油断は大敵である。

 気を引き締め、剣道の「面!」という感じで打ち込むと……。


「あっ」


 村長の持っていた棒が折れた。

 折れた先がくるくる回りながら真上に飛んでいき、ちょうど村長の頭の上にクリーンヒット。


「くううううっ!」


 痛みと戦いなが、蹲る村長。

 痛そうだ。

 それで無くても人より髪の毛という防御層が薄いのだから……。

 今ので更に毛根が死んだだろう。

 心中お察しします。


 ってかこいつ、駄目じゃん。

 俺は笑いを堪えるのに必死だ。

 周りの観客もそうだ。

 一応村長だし、気を使っているのか声を出して笑うのを堪えている。

 我慢しすぎて肩が震えている人もいる。

 何を一人でコントしてるんだ……。

 禿げネタで笑わせるなんてずるい。


「くっ」


 しまった……堪えきれず笑いが少し漏れた。

 すると、それを皮切りに……。


「あははは!」

「ぶははっ!」


 我慢していた観客が一斉に笑い始めてしまった。

 しまったと思い、村長を見ると……。

 蹲った体勢のまま、こちらを睨んでいた。


「もうお前一人で行ってこい!」


 村長も拗ねた。

 ずんずん歩き、バタンッと大きな音を立てて家の扉を閉め、消えて行った。

 息子に続いてお前もか!

 あんたら間違いなく親子だな……。

 なんて大人げない大人なんだ……。


「ユリウスさん、素敵でした!」


 見覚えのある少女が声を掛けてきた。

 雑貨屋にいた子、ヘルミの友達で……カティ? レイラ? どっちだったかな……。


「あのこれ、私が焼いたクッキーなんです。よかったら……」


 差し出された小さなカゴを受け取った。

 掛かっていた布をめくると、言った通りの美味しそうなクッキーが入っていた。

 お菓子だ!

 久しぶりのお菓子だ!


「ありがとう!」

「! はわあ……」


 嬉しくて、満面の笑みでお礼を言ってしまった。

 どうやら俺様微笑み攻撃が決まってしまったようで、ヘルミの友人は顔を真っ赤にしながら去っていった。

 いやあ、罪深いね。

 ……誑し込むなとヘルミに怒られそうだな。


「さて、どうするか」


 村長に放置され狩りに行けと言われたが、どこで何をすればいいやら。


「ユリウス様、ここにいらしたのね!」


 途方に暮れてるとマリアが現れた。

 やはりまだ俺を追いかけるようで、リクハルトはチャンスを生かせなかったようだ。


「どうかされましたか?」


 思案している様子の俺を見てマリアが尋ねてきた。

 マリアに聞いてもなあ、と思ったが一応聞いてみた。


「申し訳ありません。存じませんわ」


 やっぱり狩り場は知らなかった。

 ですよね。


 だが、獲物がいそうなところは分かるらしい。

 案内すると言ってくれたが、何かあっても守ってやれる自信がないので断わった。

 一人で行くから場所だけ教えてくれとお願いしたのが、行かなければ分からないと言う。

 冒険者旅をしていた経験もあるし、自分の身は自分で守れるから一緒に行くと返された。

 更に治癒魔法が使えるから安全だと言い負けてしまい……結局、一緒に狩りに行くことになった。


 まあ、マリアとは話をしたかったし、魔法も教えてくれるということなので良い機会か。

 ヘルミに一声かけて行ってきていいか聞くと、信頼してくれてるのか笑顔で送り出してくれた。

 マリアが腕に絡み付いてきたりしていたが、ヘルミは何食わぬ顔をしていた。

 ヘルミさん、妻の余裕というやつですか?


 準備を済ませ、マリアと並んで歩きながら狩りに向かう。

 くっついてくるので引き離す作業が鬱陶しい。

 そんなことより、柔らかい山が腕に当たってますけど。


「……」

「どうかなさいました?」

「……いや」


 わざとだな。

 女子力が高いと解釈しておこう。


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