第五話 開演
「おはよう、ユリウス」
慣れない感触……固い寝床で体が軋む。痛い。
可愛らしい声に起こされ、少しずつ瞼が開く。
クリアになった視界に映ったのは、声と同じくらい可愛らしいそばかす少女、ヘルミだ。
『私』が『俺』になったのは夢で、朝起きると日常に戻っていることを期待したが、そうはいかなかったようだ。
だったら仕方無い。
出来ることをするまでだ。
まず目覚めで一発、お仕事をしよう。
彼女の頬に手を寄せ、朝の挨拶。
「おはよう。俺のお姫様。目覚めのキスはないのかな?」
「そ、そっそそういうのはいらないのぉ!」
顔中の血管が切れて、血が噴き出してしまわないか心配になるほど赤い。
良い仕事を出来たようだ。
ヘルミは妄想が激しいくせに、実際に妄想シチュエーションが起こると人一倍照れるようで反応が面白い。
これだって昨日自分が言っていた妄想の一つなのに。
今のわた……『俺』は百点満点だったと思うぞ?
ヘルミは照れて恥ずかしいようだが、俺はコスプレ感覚で面白がってやっているのであまり恥ずかしくはない。
リアクションが楽しくて、イケメンぶるのに嵌りそうだ。
ただ、今の自分は体が本物の男であることを忘れちゃいけないと思う。
『私』には恋愛するような意識は全く無いが、やられている方は俺様イケメンにやられている認識なわけで……。
本当に心を奪ってしまうこともあるかもしれない。
女心を弄ぶ禄でなしになってしまう。
気をつけよう。
ヘルミの用意してくれた朝食を食べながら、今日の予定を話し合うことにした。
ちなみにメニューは昨日と同じ見た目を裏切る硬いパンに、サラダとゆで卵だった。
卵が大きい。ダチョウの卵くらいはあるが……何の卵なんだろう。
聞く勇気が出ないので黙って食べよう、死にはしないだろうし。
「今日は村を案内して、村長様に顔合わせするわね。毒蜘蛛の森はお休みでいいわぁ」
「分かった」
「それでね、私考えたんだけど。ユリウスの設定!」
「設定?」
フォークを俺に向け、鼻息を荒くしながら俺を見た。
行儀が悪いのでとりあえずフォークを置いて欲しい。
「昨日の今日で恋人はおかしいでしょ? だからねぇ、ユリウスは恐らく冒険者で、一月ほど前に怪我をして記憶も無くして倒れていたところを私がみつけたの。今までここで介抱していたんだけど、一緒にいるうちに私達は恋に落ちたのぉ! きゃああああああっ! で、でね! 元気になったから、また旅立つ予定だけど記憶も混乱しているし、落ち着くまでここで一緒に暮らすことにしたのぉ! どう? ねえ、どう?」
途中余計な叫び声が入ったりしてあまり頭に入ってこなかったが、設定としては問題無いだろうと思う。
「……イインジャネエノ」
「でしょ!? 完璧ぃ! さ、早く食べて。さっさと行きましょ!」
「ハイハイ」
この乙女テンションについていくのが辛いです。
追い立てられながらご飯を食べ終わると、今度は身支度の試練に入った。
「服はね、父のがあったからそれを改造したのぉ!」
最初から着ていた白い服は却下された。
「上品だから冒険者っぽくない!」と、お気に召さなかったらしい。
亡くなったお父さんの形見の服を躊躇せず改造したようだ。
お父さん、ごめんなさい……。
服は黒のズボンに茶色のシャツという地味で普通の格好だったが、着ているのがこのハイスペック美貌の俺様だ。
「似合う?」
「素敵ぃ! 格好良すぎぃ!」
「髪は……切るか」
「駄目ぇー! 勿体無い!」
確かに綺麗な金髪だ。
ヘルミに汚れを落として整えて貰うと更に綺麗な金髪になった。
光に当たると虹色の艶が輝く。
でも腰まであって重いし、邪魔なんだよなあ。
結局断固として切らしてくれず、緩く編んで纏めることになった。
あとはどこが汚れているやら乱れているやら煩くチェックされながら、かなり時間をかけて身支度が終了した。
毎日これだと辛いぞ……。
「さあ、行きましょう!」
準備が整い、ヘルミの見栄張りたいんです劇場が開演となった。
いざ、出陣である。
ぶぉぉぉおおお。
BGMは、法螺貝の音でお願いします。
※※※
昨日来た道を辿り、村の中を二人で並んで進む。
良い天気で雲一つ無い青空が広がっていた。
風が吹くと木々がサラサラと揺れて気持ちが良い。
一人暮らしで住んでいたところはコンクリートジャングルだった。
高層マンションに囲まれ、空も狭かった。
自然に包まれると時間の流れが穏やかに感じられ、心に余裕が出来る感じがする。
ああ、癒されるなあ。
「ま、案内と言っても、田畑と少しの商店しかないんだけどねぇ。つまらないと所よぉ」
「そう? 俺は結構好きだけどな。こういう長閑なところ」
「あら、じゃあずっといてもいいのよぉ?」
「検討しておく」
雑談しながらゆっくりと歩いていると第一村人を発見した。
畑の脇で井戸端会議をしている黒髪の中年女性が二人。
「人がいたけど、どうすりゃいいんだ?」
「大して仲が良い人達じゃないから、会釈でもして通り過ぎたらいいわよぉ」
「了解」
特に何もしなくていいようだが少し緊張する。
この村は暗い色の髪が多いようで、俺のような金髪はいないらしい。
明らかに『余所者』と分かる風貌だ。
好奇な目で見られそうで身構えてしまう。
近づいていくと、二人のうち一人が俺に気づき……。
「あ”っ!!!?」
変な声を出したあと、口を開けて固まった。
その様子を見て不思議に思ったもう一人もこちらを見て、同じように口を開けて固まった。
……なんなのだ。
「おはようございますぅ」
「どうも」
言われた通り軽く微笑みつつ、会釈をしながら横を通り過ぎた。
二人は口を開けたままだったが視線は俺を追っている。
俺の動きに合わせて動く、口を大きく開けたおば様方の頭……正直怖い。
少し離れるとなにやら賑やかな声が聞こえてきたが、何を言っているかまでは聞こえなかった。
「なんなんだ? あの反応は」
「上々ですよぉ。ふふふぅ」
よく分からないが、ヘルミの機嫌が良いからまあいいか。
「うん? あれ?」
後ろから気配がしたので振り返ると、先ほどの中年女性二人組がついてきていた。
目が合ったので不思議に思いながらも二人に軽く会釈をすると、黄色い奇声を上げてお互いをバシバシ叩きながら木の陰に隠れた。
いや、物凄くはみ出しているけど……。
まだ見ているし。
「……なんなの、あれ」
「あら、もうおばさま達の心を鷲掴みぃ? ふふ、放っておいてあげよ? 今日だけはユリウスをタダで見ても許してあげましょう」
「はあ?」
どういうことなの、それ。
後日からは見学料でも取るつもりなのか?
俺は珍獣か、パンダか。
まあいい。
中年女性達はまだつけてくるようだが、気にしない方向で。
先に進み、次に遭遇した第二村人は兄弟だった。
兄はヘルミと同年代か少し下くらい、弟が小学校低学年程度に見えた。
二人とも濃い茶色の髪に明るい茶色の目。
兄は二重のつり目で、弟は愛嬌のある一重だった。
「うおぉすげえ! 兄ちゃん! あの人の頭、金ぴかだよ!」
弟は俺を見た瞬間、こちらを指差して「金ぴか!」と叫んだ。
金ぴかって……確かにそうだけど、禿げているみたいな言い方をしないでくれ。
兄の方は対照的に、怪訝そうな顔でジーっと俺を見ていた。
弟が腕を一生懸命引っ張っているのに無視で、ひたすら俺の顔を顰め面で見ている。
「俺の顔になんかついているか?」
「!?」
話しかけると思い切り目を逸らされてしまった。
「ユリウスの美貌、性別を超えるぅ!」
「はあ?」
「な、何言ってんだブス!」
「誰がブスだぁ!」
ヘルミと兄の方が言い争いを始めてしまった。
売り言葉に買い言葉な低レベルな言い合いが続いている。
仲が良いのがうかがえて微笑ましい。
「いつものことなんだよ」
いつの間にか近くに来ていた弟の方が、俺の服の袖を掴んでいた。
下から見上げてくる様子が可愛らしい。
喋りにくいだろうと、しゃがんで目線を合わせた。
「ねえねえ、あんた誰ぇ?」
俺に興味津々なようで目をキラキラさせている。
あまり見かけない容姿だから面白いのだろうか。
ポンと頭に手を置いて返事をした。
「俺はユリウスっていうの」
「ヘル姉の男?」
ヘル姉というのはヘルミのことだと思うが、『男』って……。
小さな子からこんな台詞が出た事に驚いた。
本人と台詞のギャップが激しくて、ませた子供だなあと和んでしまった。
「そう。ヘルミの男だよ」
「え」
弟に返事をしたのだが、ヘルミと言い争いをしていた兄の方が反応した。
驚いたような声を出したと同時に固まったのだが、目は俺を見ていた。
「?」
ヘルミも不思議そうな顔をしている。
その場にいた全員の視線が兄に集中した。
すると居心地が悪くなったのか、硬直が解けた兄は背中を向けて反対側へを歩き始めた。
……と思いきや立ち止まり、振り返った。
「あんた! 男前なのに趣味悪いなぁ!」
「なんだと! どういう意味よルーカス!」
そう言い残すと足早に立ち去っていった。
兄の後を追いかけた弟がこちらに手を振っていたので手を振り返した。
可愛らしい兄弟だ。
「元気だな」
「弟のレオは可愛げがあるんだけどねぇ。兄のルーカスはただのクソガキだよぉ! 私が皆の前で婚約破棄されて惨めな思いした時もわざわざ笑いに来ていたんだから」
「へえ?」
それって、「好きな子ほどいじめたい」では?
兄の方、ルーカスはヘルミのことが好きなのかもしれない。
だとしたらさっき俺を見ていたのは、ヘルミと現れた変な男を警戒して睨んでいたのかも。
「『笑いに来た』じゃなくて慰めにきたけど、素直になれない男心だったりするかもよ?」
「はっ! そんな良いものじゃないよぉ! あ、さっきレオに『私の男か』って聞かれて、『そうだ』って言ってくれてたでしょ?」
「ああ。まずかったか?」
「ううん! なんかいい感じぃ!」
「そりゃ良かった」
我が姫のご機嫌麗しいことがなによりでございます。
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