第四話 『俺』
「すみません。また……また取り乱しましたぁ……」
「いえ……」
取り乱すなんてレベルでは無かったと思うが、荒ぶる乙女は鎮まったようで何よりだ。
……私は一日中肉体労働したような疲労感に襲われているが。
「みっともなくて、恥ずかしくて、村の人には愚痴も言えなくて……。言い始めると止まらなくなってしまって! ごめんなさい……」
女のプライドが邪魔をして弱音を吐けず、強がって我慢していたのだろう。
分かるよ、その気持ち。
私も友達と元彼の結婚の話を聞いた時、強がった。
時効とかわけの分からないことを言われたときは我慢出来なかったけれど、二人が結婚すると聞いた瞬間は、「あ、そうなんだ」って流したから。
そうじゃないと守れないんだよね、自分のことを。
幼い頃から信じていた人に裏切られた上、味方もいないという私よりもヘビーな体験をしたんだからもっと辛かっただろう。
「辛い思いを溜め込めのは良くないですよ。私で良ければいくらでも聞きます。今も少しは楽になったんじゃないですか?」
「はい!」
そう元気な返事をした涙の後が光る彼女の笑顔は、本当に愛らしかった。
さっきの引き千切り魔王と同一人物とは思えない程に。
……話を戻そう。
「それで、恋人のふりについてだけど……やるのは良いけれど、それで本当にヘルミさんの気が済むの?」
ふりをしている間は楽しいかもしれない。
けれど恐らく後で空しくなるか、辛くなるだけのような気がするのだけれど……。
私もあんなに呑まなきゃよかったと、虚しい気持ちでいっぱいです。
「分かりません……。でも、私だって女です! 見栄を張りたいんです! 駄目、ですか? 私、馬鹿でしょうか……」
多分彼女も、私が考えていることは理解してはいるのだろう。
それでも見栄を張りたいというのなら……。
苦笑しながら目を向けると、ヘルミは捨てられた子犬のように小さくなってしまった。
でも、そういうところが可愛らしいと思う。
馬鹿らしいかもしれないが、本人もそれを分かった上で言っているのなら小芝居に付き合ってあげたい。
何せ私の恩人だ。
「分かった。やるよ、恋人のふり」
「!」
私の言葉を聞くと、ヘルミの顔はみるみる輝き始めた。
おもちゃを買って貰った子供のように嬉しさを隠せないようだ。
頬を両手で覆い、これ以上無い笑顔を見せてくれている。
可愛い、本当に可愛らしい『女の子』だ。
この子を捨てた男は本当に馬鹿だな。
「ありがとうございます、ありがとうございますぅ!」
立ち上がり、飛び跳ねて喜んでいるヘルミを見ながら思う。
『彼氏役』ということは、私も意識して男らしい振る舞いをしなければならないのだろう。
そして、意識して『格好良い彼氏』を演じなければならい。
……例えば……例えば?
具体的には何をすればいいのか分からない、全く思い浮かばない。
「ヘルミさん、具体的には私にどうして欲しいの?」
「よくぞ聞いてくれましたぁ!」
「!?」
こんな子だったっけ?
すっかりテンションが上がったヘルミのハッスルが止まらない。
何やら興奮しているようだが、落ち着いて?
何とか説得して座らせ、彼女の『お前らざまあ! 見栄張りたいんです劇場』の希望を聞くことにした。
「まずは、お互い名前で呼び合うのは当たり前ですよねぇ。敬語も無しで!」
「はあ……」
「ヘルミさん」と呼んでいたが、呼び捨てにして欲しいそうだ。
一方、私の方だが……。
何せ『記憶喪失』なので本来の名前は言えないし、日本名は違和感があるだろう。
「名前も思い出せないから、ヘルミがつけてよ」
この世界に馴染む名前が分からないし、ヘルミに任せることにした。
「わ、私がぁ!? いいの?」
「格好良いのにしてよ?」
「うん! じゃあねぇ、ううんとぉ、ええっとぉ……ああ、ちょっと待ってぇ!」
時折私の顔を見ながら、ああでもないこうでもないと頭を抱えて身を捩っている。
なんという可愛らしい生物なのだろう。
こんな妹が欲しいよ。
テーブルに肘を突きながら待っていると、何か良い案が浮かんだのかこちらを見た。
「ええっと……『葡萄』!」
「おい」
犬の名前じゃ無いんだから、そういうネーミングは止めて欲しい。
「だって瞳が紫で美味しそうよぉ?」
「格好良いのがいいって言ったでしょ?」
美味しそうって、私の目は食べ物じゃないんだから……。
「ふふ、冗談よぉ! 『ユリウス』っていうのはどう? 月竜様のお名前でね、紫水晶の瞳に黄金の鱗をお持ちなのよ? 貴方と似ているでしょ?」
「ふうん? 『月竜』かあ」
竜、か……。
見てみたいけど『神様』なので簡単には会えないそうだ。
あと、月竜の他には天竜、火竜、水竜、樹竜、風竜がいるらしい。
月が闇の属性、天が光、あとは各々四属性を司っているようだ。
「月竜様だけは『番』でね。雌竜のリトヴァ様と、雄竜のユリウス様がいらっしゃるわ。ユリウス様は元は人間だったと言われているのよ」
「え、人間が竜になるの?」
「言い伝え……というか、もう『御伽噺』だけど。リトヴァ様が力の半分をユリウス様に分け与えて、ユリウス様は竜になったと言われているわねぇ」
そんな神話があるのか、ゲームでありそうな話だ。
「そんな大層な名前貰ってもいいのかなあ。でも、『ユリウス』か。うん、気に入ったよ。今日から私はユリウス!」
「よかったぁ! よろしくね、ユリウス!」
「こちらこそ、よろしくね」
とても気に入りました。
私の好きなゲームのキャラクターと同じ名前で。
「あ、そうだぁ。ついでに気になってて、お願いがあるんだけどぉ」
両手を前で組む、『お願い』のポーズをしながら、甘えるような視線でこちらを見ている。
「何?」
「どうして『俺』じゃないの? 俺の方が似合ってるのにぃ」
「あぁ……」
確かにこの外見は凛々しい、というか私的に表現すると『俺様イケメン』だ。
一人称は『俺』の方が断然合う。
話し方も地の私のままで、『オネエ』のような仕上がりになっている。
この美貌がオネエ美人になるのは申し訳ない気がするので、俺様イケメンらしく振舞うように善処するとしよう。
コスプレだと思えばいいのかもしれない。
やったことないけど。
「分かった。自分のことは『俺』と言おう。敬語もやめる。男らしい口調を心がける。それでいいか?」
「うん!」
「で、『俺』はヘルミを名前で呼ぶ以外に何をすればいいんだ?」
やはり少し、抵抗がある。
でも慣れないと、うっかり人前でオネエになるので気をつけよう。
「うへへぇ。やっぱりそっちの方が素敵!」
ヘルミは気に入ったようで体をくねらせ、照れながら喜んでいる。
段々疲れてきたな……。
「分かったから、話進めろよ」
「いやあん、格好良いぃ」
「おい」
「はあい」
この子、こういう子だったのね……。
気を使わなくていいけど。
にやにやするヘルミを叱りながらこれからの希望を聞きだした。
「周りには自分からユリウスと恋人同士だとは言わないの。匂わせて悟らせるの! あ、ユリウスが言うのはいいけどぉ!」
「?」
「だって自分から『これが私の彼氏なの! おほほ』って言って回ったらいやらしいでしょ?」
「はあ……」
「だからね、さりげなく寄り添ったりして、『あら、あの二人もしかして……ヘルミったらいつの間に!?』ってなってキャー! なのよぉ!」
「はあ」
「分かった?」
「何が?」
「何が!? 聞いてなかったの!?」
「聞いていたよ」
「じゃあそういうことよ!」
「どういうことだよ!」
やだ、この子面倒くさい。
言いたいことは何となく分かるけど、面倒くさい!
全然具体的なことが分からない!
でもこれ以上聞いても無駄だ。
分かるぞ、無駄だということが!
「ああ、もう。分かった。適当に上手いことやるよ」
額に手を当て、項垂れた。
『そんな姿も素敵』なんて聞こえてきて、乾いた笑いが出た。
「よろしくねぇ! じゃあ、明日早速村を案内するわ。はああ……楽しみだわぁ。こんなにウキウキするのは久しぶりよぉ! ありがとう、ユリウス!」
「……どういたしまして」
おかしなことになってしまった……どうなるのだろう私。
あ、違った、『俺』。
ヘルミにはもっと色々聞きたいことがあったのだが、今は楽しそうにしているのでまた今度にしよう。
それからは、テンションの上がったヘルミの妄想話に付き合わされることになった。
その妄想、俺が実現していかなければならないのか? と思いながら聞いていると、少し泣きたくなった。
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