第18話「最果ての決戦を前に」
大事な仲間の犠牲を乗り越え、ヨシュア達は
自然とリョウカが気になって、ヨシュアは
リョウカは真剣な表情で、自分達を吸い込む
暗く沈んだ雰囲気に耐えかねたのか、シレーヌが口を開く。
「ね、ねえ……あ、そうそう! あ、あのさ、セーレ」
無理に作った笑顔で、シレーヌはリョウカの側へとそっと身を寄せる。
彼女はいつも、リョウカのことを気にかけてきた。郷里を助けてくれた恩人である以上に、リョウカへ強い信頼と友情を感じているのだろう。
そのシレーヌが、リョウカに寄り添いつつ急な話を持ち出してきた。
「前から気になってたんだけど……
そういえばと、ヨシュアも今までの会話を思い出す。
現在、教会が人間の堕落へ直結する罪として『七つの大罪』を公表、これを
だが、ルシフェルは自分を入れて六つの大罪と言った。
この数の食い違いはなんだろうか?
ヨシュアも言葉を待っていると、セーレが静かに喋り出す。
「六つの大罪というのは、ルシフェルが生み出した五人の悪魔と、ルシフェル自身を合わせた……まあ、冒険者で言うパーティ名だよん? 完全に統制の取れた最強チームで、大昔の戦争では天使達をそりゃもう、片っ端から
「なるほど、ようするにルシフェル直属の部下って感じか」
「その真の力はまだ、私達ですら見たことがない……ソロモン王にも見せなかったんだ。つまり、敵は最低でも六人いるってことになるよん」
セーレは以前と変わらず、
落ち着いているというより、常に浮ついた陽気に満ちていて、ようするに普段通りだ。
「六つの大罪は、当然だけどルシフェルと一緒に徹底抗戦を主張したんだよー? ただ、ソロモン王は既に神と……
「なるほど……確かに、戦争で一番大事なのは、終わり方、終わらせ方だもんな」
「そゆこと。ソロモン王は人間の解放を成し遂げ、見返りに主の世界から私達
そういうことなら、このディープアビスに来た時に教えてほしかった。
だが、あの伝説のソロモン王が封印を施したのだ……それは死よりも確実な、永遠の投獄を意味している。あまりにも過酷な迷宮の奥深く、誰もが到達できぬ
セーレは
「ルシフェルはね、あいつ……バカなんだよ。天界で主に次ぐ地位、天使長の座まで手に入れておきながら、主を疑ってしまった。主は、ほら、神様だから。自称、全知全能の唯一神だからさ。なんでもできるということは、なんにもできないってことなのにさあ」
「……どういう意味だよ、セーレ」
レギンレイヴやシレーヌも、真剣にセーレの話に聞き入ってる。
リョウカもまた、一字一句を胸に
「リョウカのコンビニ、ブレイブマートとは違ってね……主は、なんでもできる、なんでもやれる……だからこそ、簡単にその力を使うことができないんだ」
「……それは、不平等を生むからか?」
「ピンポーン! ヨシ君、正解っ! 1,000,000ソロモンポイント
「茶化すなっての。その、神様ってのはさ……面倒なもんなんだな」
「ルシフェルもね。結局苦労させられるのは、人間なんだけども」
例えば、ブレイブマートにはなんでもある。どんな商品でも取り揃えているし、そのサービス内容は日々進化している。この戦いが終わったら、リョウカは新たに劇場のチケット販売や地上への荷物配達などを考えているそうだ。
マッコイ商会のガレリアが、喜んで飛びつきそうな儲け話である。
だが、神をコンビニの利便性と同一に語ることはできない。
神が持つ万能の力は、その一つ一つが奇跡……無闇に振りまけば、条理が崩壊し法則が意味を失う。そして、奇跡を受け取る人間とそうでない人間を生むのだ。
だから、神はなにもしない。
できないのだ。
「そういうことがさ、ルシフェルにはわからないんだと思う。ああ見えて多分、子供なのよねぇん。あーやだやだ、お子様は私、嫌いよん?」
「……俺は魔力を持たずに生まれたし、シレーヌだってそうだ。だから俺は、小さい頃は生まれの不幸を呪ったりもしたさ。でも、信じる信じない、
そして、神は真なる万能の存在ではない。
もしくは、万能の力を振るえないのだとヨシュアは理解した。
本当に万能ならば、ヨシュアやシレーヌのような人間を産み出す筈がない……欠落を抱えた人間を、そのまま地上へと産み落とすことと矛盾すると思う。
魔力を持たず家を継げないヨシュアも、その重荷を兄に代わって背負ったディアナも、神の手を差し伸べられたことがない。二人は自分の力で苦難を退けたし、助けてくれたのは友人や仲間、家族だ。
そこに神の手は介在していないのだ。
「さて、お話は終わり、終わりっ! ほら、ヨシ君。底が見えてきた」
セーレが言う通り、落ちゆく先にほのかな光が見えてきた。
ぼんやりと青く揺れる、とても冷たい光である。
そして、上昇してくる気流に包まれれば、寒さにヨシュアは身を震わせた。
そこからはすぐで、あっという間に一同は光に包まれる。
「あっ……こ、ここがディープアビスの最下層か……?」
見渡す限りに広がる、一面の景色は氷に閉ざされている。
まるで、
遠くに見える山並みも、森も木も凍っていた。
時間さえ凍りついたかのような、冬の風景にヨシュアは圧倒される。
着地すれば、パキパキと
「ふむ、私もここまで降りてくるのは初めてかな? さて、と」
セーレは相変わらずの薄着で、見る者が見れば水着かと思うほどだ。だが、全く凍えた様子も見せずに歩き出す。
彼女の背を追いかけながら、ヨシュアは仲間と共に周囲を見渡した。
世界の最果てがあるとしたら、ここにほかならない。
そう思えるほどに、荒廃した空間がどこまでも広がっていた。
その時、突然シレーヌが悲鳴をあげてリョウカに抱き着いた。
「大丈夫だよ、シレーヌ……安心して。ほら、わたしがいるから」
「リョッ、リョリョリョ、リョウカッ! 足元! 地面の下!」
気付いたレギンレイヴが、面倒臭そうに
ヨシュアもまた、臨戦態勢で視線を大地へ落とした。
そして、絶句。
足元の氷は、透き通る冷たさの中に無数の影を閉じ込めていた。そのどれもが、生物のようであり、グリットのような
かろうじて見覚えのあるものといえば、ドラゴン等の一部の大型モンスターだけ。
しかし、現代の地表に生きるものとは、明らかにサイズが違う。
「いやあ、凄いッスねこれ……どうなってるんスか? あ、巨人がいる……沢山、巨人が」
レギンレイヴも驚いた様子で、足元に閉じ込められた者達へ目を細めていた。
彼女の言う通り、巨人族も無数に浮かんでいる。
まるで、今この瞬間にも動き出しそうな表情をしていた。
死んでいるのではないと、ヨシュアは直感的に察する。
どのモンスターも、今にも動き出しそうな迫力に満ちていた。
「ま、多くの
「コキュートス? セーレ、それは」
「ヨシ君もいろいろ勉強したでしょん?
ようするに、ルシフェル達六つの大罪だけではなかったのだ。
まだまだ神に
それをソロモンは、この地底へと封じて凍らせた。
「むあ? っと、なんかラスボスっぽいのが登場らしいッスよ」
ついと槍を上げて、レギンレイヴが遠くをさす。
その先に、
この荒涼たる地の底で、そこだけが文明と文化を感じさせる。
その中央の扉が左右に開くと、見知った顔が堂々と現れた。
「やあ、ヨシュア。そして、ソロモン王の使い魔に、異界の勇者達。よく来たね」
ルシフェルが両手を広げて、穏やかな笑みを浮かべている。
この凍てついた世界の中で、さらなる冷たさをヨシュアは感じて凍えた。平穏そのものの表情は、目だけが笑っていない。そしてそこにはもう、光は宿っていなかった。
決意も覚悟も
静けさに風の音だけが響く中、彼の声は透き通ってよく聴こえた。
「ここは、最終階層『
どこか
「ルシフェル! お前の封印を解き、召喚してしまったのは俺だ! だから、俺がお前を倒す! ……倒すしかないなら、それを
「ヨシュア、君はこの期に及んで迷うのかい?」
「違うッ! 世界は救う、ソロモニアは守る。ただ、救い方や守り方は選びたいだけだ!」
ルシフェルから今は、敵意も殺意も感じない。
すぐには戦闘をするつもりはないらしい。
彼は「付いてきて、ヨシュア」と、
周囲の寒さとは別種のなにかが、ヨシュアの
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