第14話「コンビニに売ってないもの」

 深夜のブレイブマートに、一輪の花が咲く。

 ギルドが認めた魔導師を示すローブに、旅装りょそうのマント姿。可憐かれんな少女は、妹のディアナだった。驚きに狼狽うろたえつつも、ヨシュアは息を呑む。

 いつも強気で勝ち気な妹は、じっと兄を見据みすえて歩み寄った。


「ディ、ディアナ……あ、えと……」

「ここがお兄ちゃんの仕事場、か……なんでも売ってるんだ」

「あ、ああ! コッ、ココ、コンビニだからな! 二十四時間ずっと、あらゆるアイテムが手に入る。凄いだろ、ハハハ、ハハ……」


 ディアナはカウンターの前まで来てから、ぐるりと店内を見渡す。

 その剃刀カミソリのような視線は、最後にもう一度ヨシュアを切り裂いた。

 昔からヨシュアは、妹のディアナに頭が上がらない。自分に魔力がないと発覚し、家をディアナが継がねばならなくなって、それはさらに苦手意識を生み出した。

 後ろめたさ、引け目がある。

 同時に、守りたいとも思うのだ。

 ヨシュアの持って生まれた不甲斐なさが、彼女の人生を狂わせたから。


「お兄ちゃん、どう? ここの仕事……アタシ、その、コンビニってのは『』って聞いたから。……これなら、お兄ちゃんでもって、思って」

「ん、そうだな……簡単ではないし、誰でもって訳じゃないと思う。でも」


 でも、こうして今もヨシュアはコンビニエンスストアで働いている。

 ブレイブマートはもう、自分の居場所で、仲間と共有する大事な仕事場だ。


「俺でもできる仕事だったさ。それで、少し自信もついたし、守りたいものもできた」

「守りたい、もの?」

「ああ」


 鼻の下を指でこすりつつ、ヨシュアは言葉を選ぶ。

 思えば、こうして妹とゆっくり話すのも久しぶりだ。半年ほど、部屋に引きこもっていたからである。勇者と魔王の聖戦、そして勇者の仲間として旅立ったディアナのために……魔力を持たぬ中で力を求めた。望んで探し、なければ生み出そうとまで思ったのだ。

 そして、ヨシュアは自分だけの力を手に入れ、世界はそれを必要としない平和を迎えていた。そればかりか、ヨシュアの召喚術は平和になったソロモニアに、再び悪夢を呼び込んでしまったのだ。


「俺さ、ディアナ……なんつーか、自分なりに勉強して、力を身に着けた。でも、一緒に怖さを、恐ろしさを学んだよ。……だから正直、お前が勇者トモキと魔王を倒してくれてて、よかったと思う」

「そ、そう、なんだ……じゃあ、お兄ちゃんの冒険は終わり? ここでずっと、ずーっとコンビニの店員をしてるの?」

「そうだな、うん……仲間達が帰ってくる場所、居場所を守らなきゃ」


 その時、うつむくディアナから低い声が漏れ出た。

 よく聴き取れないのは、あまりにも小さなつぶやきだったから。

 だが、再び真っ直ぐヨシュアへ顔をあげた彼女は、瞳にいっぱいの涙を溜めていた。そして、それをこぼすまいと声を張り上げる。


「お兄ちゃんの馬鹿っ! 意気地なし! チキン野郎っ! そんなの……そんなの、お兄ちゃんらしくないっ!」

「なっ、なんだよディアナ。ちょっと酷くないか、お前」

「酷いのはお兄ちゃんだよっ! 怖いのはみんな一緒、誰だって恐ろしいもん! でも、アタシは勇者トモキと一緒に魔王アモンと戦った! その影で、あのリョウカってのがチョロチョロと……でも、みんな戦ってたの!」


 その間ずっと、ヨシュアは引きこもっていた。

 力を手に入れ、クライスター家の後継者として闇の軍勢と戦うために。自分の代わりにそれをやらされてる、ディアナを解放するために。

 だが、そうはならなかった。

 世界へ背を向けたヨシュアが、今度は世界にそっぽを向かれたのだ。

 そんな中でつかんだ希望が、このブレイブマートだ。


「……お兄ちゃんの研究、見たよ。凄かった……アタシ、一昼夜かかっちゃった」

「いや、俺は半年……えっ? い、丸一日で!? あれを全部見たのか?」

「うん。だから、ピンときた……お兄ちゃん。あの、突然現れた黒い翼の敵は――お兄ちゃんが召喚したんだよね?」


 ドキリとした。

 リョウカが再び勇者として立ち上がった、その原因を作ったのはヨシュアなのだ。

 影の勇者として民のために戦い、故郷のトウキョウへ帰る道を失ったリョウカ……彼女が郷愁きょうしゅうを込めて作ったコンビニ、ブレイブマート。だが、新たな敵の出現が彼女からブレイブマートを奪ってしまったのだ。

 そして、その元凶はヨシュアなのである。

 自分でリョウカを戦いへと引きずり込んだ。

 それなのに、そんな彼女の帰る場所を守る?

 生きて帰れるかどうかもわからぬ、そんな戦いに送り出して?

 ヨシュアは今、ディアナの言葉に胸が痛かった。

 そして、ディアナはふところから古い文献を取り出し、カウンターに広げる。


「……堕天使だてんしルシフェル。それが、新たな敵の名前」

「あっ! そ、それだ! 俺が調べた古文書の中に! 思い出したぜ」

「そう、あったよ……お兄ちゃんのこの、走り書きだらけの資料に、あった」


 かつて、天にいくさあり。

 いまだ教会がしゅあがめる、全知全能の唯一神に反旗をひるがえした者達がいた。それが、今は悪魔として記録されている古代の神々である。

 ソロモン王の名の元に古き神々は集った。

 戦いの発端は、天界で主に叛逆はんぎゃくした堕天使だったと記録されている。

 それが、輝ける十二翼を漆黒に染め、闇にした天使長……ルシフェル。


「正確な記録は残されていないわ。それはお兄ちゃんも調べたはず。ただ……ソロモン王は七十二柱ななじゅうにちゅうの魔神達と共に、この世界を去った。ソロモニアと言われる、この世界を作り出して。そして」

「そして、人類の時代が始まった。知ってるか? ディアナ……俺達の魔法文明は、その時にソロモン王が残した遺産なんだ。呪文と術式で魔力を伝えて、古き神々の力を借りる技なんだよ」


 少し驚いたように、ディアナは目を見開いた。

 だが、ヨシュアが調べ上げた事実、そして真実だ。

 恐らく、太古の戦争では唯一神が、今の教会派が勝ったのだろう。しかし、それは一方的な完全勝利ではない……そう思う。ソロモン王は今のこの世界、ソロもニアを作って人類に叡智えいちを授けることを条件に、全員で去った。

 悪魔として記録される中で、神話の時代を終わらせ人間の歴史を始めさせたのだ。

 少なくない数の記録や文献が、そのことをわずかに伝えている。


「問題は、ルシフェルよ。ルシフェルは神話の時代の戦いにおいて、その発端となった存在。神に弓引ゆみひき、戦争を起こした。滅びを招いたのよ」

「それが今、復活した……俺が、召喚しちまったんだ」

「うん。だから……迎えに来た。お兄ちゃん、アタシと来て。アタシだってヤなんだからね? リョウカなんかに手を貸すの……でも、アタシだって」


 ディアナは知らなかったという。

 勇者トモキと共に冒険する中で、円卓会議えんたくかいぎに従わぬリョウカの真意を知らなかった。

 知ろうともしなかったと、彼女は肩をすくめて苦笑する。


「一緒に行こうよ、お兄ちゃん。怖くて恐ろしい、それがわかったら前には進めないの? リョウカの居場所を守るなんて、そんなの言い訳にしかなんないもん。自分が戦わなくていい理由、自分で作ってるなら……そんなお兄ちゃん、アタシの好きなお兄ちゃんじゃないっ!」


 ずしりときた。

 胸の奥にディアナの言葉が刺さった。

 そして、気付く……自分が守っていたのは、リョウカと仲間達の居場所じゃない。

 

 戦いに出なくていい理由、言い訳にしていたのだと知る。


「でも、店が……ブレイブマートが」

「リョウカが戻ってこなかったら、お兄ちゃんはここでひとりぼっちになっちゃうよ! アタシだって、そういうお兄ちゃんは嫌……嫌いになるんだから!」

「コンビニは、ずっと開いてるんだ。常に、誰にでも開かれてなきゃ――」


 だが、迷うヨシュアの背を押す声が響いた。

 奥の居住スペースから、なにかを引きずる声が響く。


「そったらこと、関係ねぇべさ! 店番ならオラがやる! オラだって、アモン様に掘り出されて再起動しただ……そのアモン様の意思を、少しでもぎてえ!」


 グリットが、太くて黒い縄のようなものを手にやってきた。彼女もまた、誰もが知らぬ真実を抱え、それを打ち明けてくれる。


「アモン様は、セーレ様と同じ七十二柱の魔神だあ。けんど、訳あってこの世界さ帰ってきただ。あるじであるソロモン王が生み出した、このソロモニアさ」

「な、なんのために……人間を滅ぼすためにか!?」

「逆だあ。アモン様は、この祭終迷宮エクスダンジョン……ディープアビスを封印するべく、その上さ魔王城を建てただよ。ここには、ソロモン王の叡智と、過去の終末戦争で封印されたルシフェルが……堕天使ルシフェル達が眠ってただ」


 ヨシュアは勿論もちろん、ディアナも驚きに目を丸くしている。

 つまり、人類は……災厄を封じてくれていた魔王を、アモンを倒してしまったのだ。しゅと呼ばれる今の唯一神が転生させた、異世界トウキョウの勇者を使って。

 そして、存在が明かされたディープアビスには、今も冒険者が殺到している。

 その最奥に、大いなる災いが沈められていたとも知らずに。


「ヨシュアさ、行ってけろ。店番はオラが……ほれ、有線ケーブルを作って電源ばグレイオンMK-Ⅲから引っ張るからよ。オラなら、休み無く二十四時間ブッ通しで働けるべ」

「え、あ、えと、グレイオン?」

「グレイオンMK-Ⅲ……オラが造られた時代の戦車だあ。この店がよりかかってる、あのでっけえのは戦車なんだあ」


 白磁はくじのような白い顔を、僅かにグリットはかげらせた。

 なつかしむような、その過去が切ないような、そんな顔だ。

 だが、彼女は手にした黒い縄を、自分の背中へと繋げる。彼女は電気で動いており、動かなくなった大昔の戦車から供給が可能だという。


「店は任せてほしいだよ。ヨシュアさ、行ってけろ。コンビニの仕事は、いつでも、なんでも、がモットーだしなあ。なら、今がその時だべさ」


 グリットがへらりと笑う。

 その笑顔に押されて、ヨシュアは勇気を奮い立たせた。

 この店にはなんでも売ってて、いつでも買い物ができる……だが、リョウカ達と共に戦える、彼女達を支えられるヨシュアの勇気は、今という瞬間、彼の中にしかないのだった。

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