第13話「寂しさに満ちて」

 祭終迷宮エクスダンジョンディープアビス……その半ばにあるコンビニエンスストア、ブレイブマート。そこに確かに、ヨシュアは居場所を得た。自分の力で働ける、誰かと一緒に仲間と呼び合える場所……そこにもう、今は一人。

 リョウカ達が円卓会議えんたくかいぎに招集され、すでに三日が経っていた。

 その間ずっと、ヨシュアは居残りのグリットと一緒に、店番をしていた。


「らっしゃっせー。あ、弁当……温めますか?」

「はぁ? いやそれ……って、あれ? リョウカちゃん達は? 女の子が一人もいねえ」

「まあ、ちょっと」


 深夜のブレイブマートは、人影もまばらだ。

 弁当をカウンターに持ってきた男は、よろいをガシャガシャ鳴らしながら店内を見渡す。

 今はグリットが休んでいるので、実質ヨシュア一人だ。確かワンオペワンマンオペレーションとかいう状態で、リョウカがそうならないようにいつも気をつけていた。でも、その彼女がもう側にはいない。

 召喚後に常駐させてるサラマンデルに歩み寄って、ふとヨシュアは気付いた。

 騎士風の男が購入しようとしている弁当は、冷やし麦麺パスタである。


「お客様、こちらは温められない弁当ですね」

「見りゃわかるだろ! よく見ろよ!」

「はあ、すんません……あれ? よく見たら、これ」


 ちらりと店の時計を見上げる。ディープアビスは地底なのに昼も夜もあって、地上と連動している。先程ネジを巻いたから、単純なゼンマイ式の掛け時計は時間が合ってるはずだ。


「えっと……この弁当、賞味期限切れです」

「えっ!? ちょ、お前……棚に並んでたやつだろ!」

「日付が変わったんで、たった今です。今、賞味期限が切れました」

「もたもたしてっからだろ! もういいっ!」


 憤慨ふんがいして客は出ていったしまった。

 またやってしまった……あの日以来、ずっとヨシュアはつまらないミスを連発していた。カウンターの上からは、物言わぬマクスウェルがじっと見詰めてくる。

 そのふさふさの身体をでれば、深い溜息が零れ出た。

 自然と思考は時間を遡って、三日前を思い出してしまった。





 その日、リョウカは再び勇者として戦うと宣言した。

 だが、その晩遅くにすぐ旅立つとは……誰も予想だにしなかったのである。

 ヨシュア以外の誰一人として。


「……待てよ、リョウカ。挨拶ぐらいさせろよな」


 ブレイブマートから出てゆくリョウカを、ヨシュアは呼び止めた。ふと夜中に目が覚めて、妙な胸騒ぎの中で物音を聴いた。店に出てきたら客はいなくて、マント姿の背中が去ろうとしていたのだ。

 会計のカウンターでは、当番のシレーヌが突っ伏して寝ている。

 彼女は寝ながらムニャムニャとリョウカを呼び、泣いていた。


「ヨシ君……ゴメンね。みんな、ついてきちゃいそうだから」

「そりゃ、俺だって行けるなら一緒に行きたいさ」


 本音で本心だった。

 同時に、そうできないだけの恐怖に怯え、身体がすくんでしまう。

 相手は、東の国々を一瞬でいくつも消し飛ばした敵である。

 異世界トウキョウの勇者とはいえ、一人の女の子が立ち向かうのはこくだ。そして、一人で立ち向かうなら、それは無謀過ぎてかなしい。

 だが、振り向いたリョウカを見て、思わずヨシュアは頓狂とんきょうな声をあげてしまった。


「って、おいリョウカ! なんだその格好! セーレじゃないんだからさ、全く……はっ、恥ずかしくないのかよ!」


 リョウカは、鎧姿で完全武装だ。

 しかし、その鎧は露出が激しく、胸や股間部がきわどく強調されていた。動きやすそうではあるが、白銀に輝くその姿は……どう見ても痴女ちじょだ。酒場の踊り子よりも扇情的せんじょうてきで、言われて恥ずかしそうなリョウカの赤面が、さらにいかがわしい色気をかもし出す。

 いつもの健全で溌剌はつらつとした元気娘が、年頃の少女なんだとヨシュアは痛感した。

 以前に見たリョウカの裸、肌に浮かんだ日焼けの跡はこの鎧が原因のようである。


「こ、これぇ……すっごく防御力高くて……わっ、わたしも恥ずかしいんだよ? でも、わたしは死んじゃいけないから。死にたくもないし、死んだらみんな困るもん」

「お、おう……けどよ、リョウカ」

「言わないでっ! もぉ、ヨシ君のバカ……」


 それでも二人は、互いの声が高まるのを感じて口をつぐむ。

 人差し指をくちびるに立てるリョウカに、ヨシュアは無言でうなずいた。

 眠りこけたシレーヌの寝息だけが、寝言を交えて店内に響く。


「ムニャ……駄目よリョウカ……行かないで……ううん、連れて、って……とうとい! エモいわ! ……もう無理……細い巻物まきもの不徳ふとくなる……」


 どんな夢を見てるのだろうか。

 彼女は鼻をぐずつかせながらも、起きる気配は全くない。

 そんなシレーヌを見守るリョウカは、とても優しい笑みを浮かべていた。


「ねえ、ヨシ君……わたしね、前にちょっと色々あって」

「王様達のことより、普通の人達、困ってる連中を助けたって話だろ?」

「うん……トモキ君はクラスメイト、って言ってもわかるかな。一緒に下校中に転移させられて、気がついたらソロモニアにいた。ふふ、向こうでは、東京ではわたしの方が優等生だっんだぞ?」


 クラスメイト、つまり級友……二人の勇者は、異世界トウキョウでは学生だったのだ。ヨシュアだって魔法学校に通っていた時期があったが、魔力がないとわかって放校処分になった。

 リョウカは故郷では才色兼備、文武両道で学校のリーダー的存在だった。

 逆に、トモキはなんの取り柄もない劣等生、落ちこぼれ……どこかヨシュアに似ていた。そんな彼がソロモニアで力を手に入れ、人から望まれるようになった。諸国の王侯貴族にもてはやされて、彼は初めて居場所を感じたのかも知れない。そして、その期待に応える中で真の勇者として己を高めて成長したのだろう。

 結果、リョウカだけがこのソロモニアに残されてしまった。

 彼女の本当の功績を、誰も知らぬこの地に。


「トモキ君は、正しかったと今も思う。でも、わたしだって間違ってないと思うから……それを確認しに、ちょっと行ってくるね」

「わかった……なら、店は俺に任せろ! 俺さ、よくわかんないけど……お前がコンビニを、このブレイブマートを大事にしてるのだけは、わかったから」


 リョウカは大きくうなずく。

 そして、遠くを見るように視線を宙へ解き放った。


「コンビニはね、いつもわたしのそばにあった。わたし達はみんな、コンビニのある場所で生まれ育ったの。街によっては、色んな種類のコンビニが沢山近くにあって」

「……凄いんだな、トウキョウって」

「このソロモニアにコンビニがあったら、なんかね……きっと、もっと、ずっと、ずぅぅぅぅっと! この世界が居場所なんだって思えるから」


 リョウカはもう、トウキョウへは帰れない。

 彼女をトモキと一緒に呼び出した神は、魔王討伐に成功したトモキだけを帰還させたのだ。


「それに、冒険してて思ったの。いつでもやってるコンビニみたいな店があったら……きっとみんな、便利だろうって。だから、このディープアビスにお店を開いたの。ここが今、冒険者達の最前線だから」

「確かにな……魔王アモンは倒されたが、まだ冒険は終わっちゃいねえ。俺にいたっては、始まってすらいねえさ。さて……セーレ! 出てこいよ。そこにいるだろ?」


 エヘヘと緩い笑みを浮かべて、セーレが物陰から姿を現した。彼女にレギンレイヴを起こすように告げて、ヨシュアは二人をリョウカに同行させた。

 七十二柱ななじゅうにちゅうの魔神が一柱いっちゅう、セーレの強さは飛び抜けているし、レギンレイヴも自称最強のワルキューレだけあって頼もしい。そして、シレーヌやシオンを起こして、ヨシュアは全員の出立しゅったつを見送った。

 こうして店番に残ってから、既に三日が経っていた。





 そして現在、ヨシュアはまんじりともせず日々を送っている。

 マッコイ商会は決まった日時に商品を届けてくれるし、必要となるであろうアレコレのために、あらかじめ召喚しておいた悪魔や精霊もよく働いてくれた。

 ただ、やっぱり気付けばリョウカと仲間達のことを考えてしまう。

 同時に、自分にできることはやはり、リョウカのブレイブマートを守ることだと己に言い聞かせた。これもまた戦いなのだと、納得しようとしていたのである。


「よく考えてみたら、俺が強いんじゃなくて、セーレやレギンが強いんだからな」


 今頃はもう、リョウカは円卓会議の王達に会っただろうか?

 外の世界では、あの敵の正体はわかっただろうか?

 この穴ぐらのようなディープアビスでは、届けられる新聞や雑誌、そして冒険者の噂話うわさばなしだけが情報源だ。

 だが、ここ最近は探索する冒険者が減っているようにも思える。

 皆、ディープアビスどころではなくなっているのだ。

 再び敵が……魔王アモン以上かもしれない驚異が、地上へと解き放たれたから。


「ま、解き放ったのは俺だけどな。さて、仕事、仕事っと」


 気を取り直して、ヨシュアは頬をはたく。

 眠気を追い払ってから、山積みの仕事を一つ一つ整理して片付け始めた。まずは、賞味期限の切れた弁当や食品、飲料を片付けなくてはいけない。これらは全てヨシュアの食事になる。グリットが充電だけで動けるので、選び放題だ。

 だが、人気の弁当を取り合ったりする日々が、少し懐かしい。

 代わり映えのしない食事も、リョウカ達となら賑やかで楽しかった。


「うっし、次の仕事は……っと、らっしゃっせー!」


 深夜のブレイブマートに、珍客。

 その姿を振り向いて、ヨシュアは頭の中から感傷的センチメンタルなイメージを追い出す。

 扉を後ろ手に締めて、その少女はやってきた。

 意外な人物の来店に、ヨシュアは驚き目を丸くするしかなかった。

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