第1話 勇者、旅立つ。

 とある森の奥に、ちっぽけな家が建っていました。

 それこそが『家』であり私であり、そして現在は勇者の家なのです。

 見た目は平々凡々な一戸建て。庭はありませんが、私を取り囲む森が庭のようなものなので、遊ぶのには困らないでしょう。ただし、遊ぶ子供がいればの話ですが。

「なあ、アーロン。本当についてきてくれないのか?」

 旅支度をすっかり整えた勇者エヴァン様が、困り切った顔で娘のアーロン様に視線を合わせていました。

「嫌です。行きません」

「どうしてだ? 美味いものも楽しい町もいろいろとあるんだぞ」

「興味ありません」

「ほら、友達とかできるかもしれないし」

「要らないです、そんなもの」

「でも友達や仲間の一人や二人、作っておいたほうが後々役に立つんだぞ」

「私にはホームちゃんがいるのでいいです」

 おやまあ、なんて嬉しいことが言ってくれるのでしょう。私は嬉しくて、思わず壁をくねらせてしまいました。

「私と一緒に来ないってことは、この家に一人っきりでお留守番することになるんだぞ?」

「ホームちゃんがいるので一人じゃありません」

 勇者様が何を言ってもなしのつぶて。

 外に出たくない。人に会いたくない。そう、アーロン様は極度の引きこもり気質なのです。

「人に会うのが嫌なのか? だったら帽子をかぶっていればいいじゃないか。深く帽子をかぶっていても、不思議がる人間はいないと思うぞ。いたとしても俺がぶっ飛ばしてやる」

 なんて乱暴な。勇者の発言とは思えません。

 まあでも、それだけ子煩悩だということでしょう。そこだけは評価します。

 ですがこのままではあまりにも堂々巡り。勇者様はいつまでたっても旅に出られませんし、アーロン様もいつまでたっても部屋に戻れません。アーロン様はかなり苛立ち始めているようでした。

 ここはひとつ助け舟を出すことにしましょう。

「勇者様、あんまりしつこいと、アーロン様に嫌われますよ?」

「うっ」

「パパの服と一緒に洗わないでとか言われたらどうするんですか。パパくさいとか、パパ大嫌いとか」

「うぐ、うぐぅっ」

 クリティカルヒットです。勇者様は胸を押さえてうずくまってしまいました。本当に嫌われたくないんですね。親馬鹿になるのも時間の問題です。

 アーロン様はしばらくそれを見下ろしていましたが、事態の解決方法を思いついたようで、勇者様の肩に軽く手を置きました。

「私、お仕事を頑張ってるパパ大好きだよ。お仕事を早く解決してくるところが見たいなあ」

 勇者様は素早く立ち上がると身支度をあらためて整えて『家』を囲む森へと向きなおりました。

「パパ、いってらっしゃい」

「ああ! すぐに帰ってくるから、変な奴には気を付けるんだぞ!」

 アーロン様はひらひらと手を振り、勇者様は森の中へと消えていきました。それを見届けると、アーロン様は大きく一度あくびをして、『家』の中へと戻っていきました。

 こうして私とアーロン様の、短くて長いお留守番が始まるのでした。

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