第2話 人をダメにしそうなクッション
勇者が魔王を倒して10年。この世界には平和が訪れました。おめでとうございます。やりましたね!
――まあそれは表向きの話なんですけど。
実際に訪れたのは混乱と紛争というやつでした。人間も魔族というものも、トップがいないというのは、すなわち統率が取れないということだったようです。
ああでも人間側のトップはいましたよ。王様ってやつです。キング・オブ・キング。王の中の王。――と自称していますが、実際は死後に暗君とそしられるような人間だと私は思いますね。
あ、暗君って分かります? 魔王相手の外交に失敗して、人間と魔族の間に戦争を引き起こしたばかりではなく、勇者などという体のいい言葉で優れた人材を集めてパーティを組ませ、その功績をすべて自分のものにしようとしている大馬鹿野郎のことですよ。
あ、顔色が悪くなりましたね? よろしいよろしい。ちゃんと話を聞いている証拠です。
その上、あの馬鹿王ときたら、魔王が討伐されて数年後には内戦を勃発させてしまい、今やこの大陸は五つの国が出来上がっているのです。いやはや、群雄割拠とはこのことですね。
話を戻しましょう。
勇者様が出かけた直後、アーロン様は自室へと戻り、大きなソファにダイブしました。スライムのような形をしたそれは、彼女の体重をしっかりと受け止め、ぼよんぼよんと跳ね回ります。
「やっと一人だー」
間延びした声を上げながら、ごろごろと転がるアーロン様をソファはなんとか支え続けます。ええ、実はあのソファは私の一部なのです。そればかりか、家に置いてあるすべての家具が私自身なのです。
だから、なにがなんでも彼女にけがをさせないのが私の役目なのですが、彼女は見た目は大人しいようで、中身はなかなかにヤンチャな部分もあるので、割と手を焼いています。
とはいえ、アーロン様は今年で10歳です。
遊びたい盛りですし、反抗期になったのか、ずいぶんと前から勇者様に対して敬語を使うようになってしまっています。
そんな彼女が一人を満喫したいというのは当然のことでしょう。私としては、もっと外に出て、色々なものを見て回ってみるのもいいのではないかなあとは思っていますが。
「ホームちゃん、魔導キーボード展開してー」
「はいただいま」
アーロン様はソファの上で、人をダメにしそうなクッションを抱えてうつ伏せになっています。私はその前に、私は魔導キーボードを投影しました。
半透明のモニターとキーボード、それから魔法陣がアーロン様の前に浮かび上がります。
ご存知の通り魔術というものは、魔力と論理によって構築されているものです。それゆえに、簡易入力装置さえ作ってしまえば、たとえアーロン様のような子供であろうと魔術の構築と発動が可能なのです。
まあ、アーロン様は天才なので、魔導キーボードがなくても魔術が使えるんですがね。手を抜けるところは手を抜く。実に効率的です。
彼女は慣れた手つきでキーボードに指を走らせていきます。モニターには次々に魔術紋と文字列が浮かび上がり、この家に設置する新しいトラップが出来上がっていきます。
今度は何を作っていらっしゃるのでしょうか。器用にも右手で魔法陣を、左手でキーボードをそれぞれで操作し、何かのモデリングをしているようでした。その手つきは素早く、正確です。これが血というやつなのでしょうか。
「うーおなかすいた……」
「もうすぐお昼ですからね」
「お菓子食べたい……」
「お昼を食べてからにしましょうね」
はたと手を止めて、アーロン様はクッションに顔をうずめます。ぐりぐりとクッションに顔をすりつけるのは、年相応――いえ、少し幼いぐらいの仕草ですが、私は騙されません。
勇者様がご在宅の際は――あの方はアーロン様を溺愛しておりますので――アーロン様が望むかぎりの甘味をお与えになってしまうのですが、今はそうはいきません。
アーロン様の体調管理も私の仕事。
いくら甘えようと同情を誘おうと、私の栄養計算に沿った食事をご提供するまでです。もちろん、美味しいものをお出しするのは当然ですが。
「今日のおやつは何をご所望ですか?」
「うーんと……果物のパイがいいな」
「それでは裏の畑のオレンジが食べごろなので、オレンジのパイにしましょう」
「うん、そうだね。ありがとうホームちゃん」
素直に褒められると、嬉しさで舞い上がってしまいそうです。現に壁や家具はぐにゃぐにゃと曲がってしまっています。
「ホームちゃん落ち着いて。操作しづらい」
「ああっ、すみませんアーロン様。つい……」
「ふふ、ホームちゃんって変なときに興奮するんだね」
私の好意に気づいているのか気づいていないのか、アーロン様は小さく笑っています。もう、いけず。ああ、もちろん忠誠的な意味の好意ですよ?
「おや」
何者かが私の敷地に入ってきたようです。と同時に、アーロン様の目の前に侵入者をモニターで表示させました。
私が自動で追い払ってもいいのですが、彼女は嬉しそうに笑みながらソファに座りなおしたところでした。どうやら直々にやる気満々のようです。
「まずは、あいつらを追い返したらお昼にしよっか」
「同感です。さっさとやっちまいましょう」
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