勇者、不在中。
黄鱗きいろ
プロローグ
コボルトが落とし穴に落ちていきました。
部屋の真ん中に置かれたお宝の直前です。あーあ。あんなに分かりやすい位置に設置されているっていうのに、なかなか成長しないものですね。
あ、コボルトって知ってます? 知らないですよね、マイナーな魔族ですもん。
コボルトというのはまあ、やせっぽちな小鬼だと思っていただいて構いません。本来は地下に住まい、鉱石を取って暮らしているのですが――そんな種族が落とし穴に落ちるというのはどうなのでしょうか。
え? ああ、申し遅れましたね。すみません、私としたことが。
私は『家』。ここ、勇者の家が意思を持ったものだと考えていただければ構いません。厳密には違うんですけどね。
『家』ではなく、ホームと呼ぶ方もいます。誰に呼ばれているのかって? そんなことは決まっています。
とある方が別室にある
この方が勇者様の娘のアーロン様です。
銀色の髪に、緑の目。ただし前髪は長くてほとんど目元を隠してしまっています。
あの前髪さえなければ絶世の美少女だと思うのですが、それは身内びいきというやつなのでしょうかね。ああいえ、前髪があってもなくても、アーロン様は完全無欠な美少女なのですが。
こんな素敵な方にホームと呼ばれるだなんて、光栄の極みでしかありません。
アーロン様は
コボルトはお宝の山に向かってふらふらと歩いていきました。しかしそこを見逃すアーロン様ではありません。
彼女がくいくいっと魔導キーボードを操作すると、コボルトが乗っていた床が傾く形で跳ね上がりました。俗にいう、跳ね床というやつです。
右の壁に向かって弾き飛ばされたコボルトでしたが、運悪く――というかそう計算したのですが、そこには針山の壁があったのでした。
「ぎゃああああ!」
コボルトは悲鳴を上げます。ですが大丈夫です。実はこの家では、受けた傷は瞬時に回復するようになっているのです。安心安全設計ですね。ただし痛いものは痛いですが。
アーロン様がボタンを押すと、痛みでのたうち回っているコボルトの頭上から、液体が降り注ぎました。
粘性がすこしあるので、きっと油なのでしょう。
しかもアーロン様ったら、嬉しそうに口元を歪めながらさらにボタンを押しました。壁に立つ騎士の像がパカッと開き、そこから炎が噴射されたのです。
当然コボルトは火だるまになります。瞬間治癒術式がかかっているとはいえ、あれは熱くて痛いことでしょう。
コボルトは火を消そうと慌てて部屋の奥にあった噴水へと駆け寄りました。アーロン様はその様子を見て満足されたのでしょう。一番よく使用するボタンをぽちっと押しました。
コボルトの足元がパカッと開きます。構造はただの落とし穴ですが、落ちた先が違うのです。落ちた部分に設置されていたのは、トロッコでした。
魔術で制御されたトロッコは、乗客が乗り込んだことを確認すると、猛スピードで家の地下を駆け巡り始めました。上へ下へ、右へ左へ。時には宙返りも。モニター越しに哀れな被害者の声が響いてきます。
トロッコは地下を駆け巡ってきたそのままの勢いで、家の中から侵入者をはじき出します。
かっ飛んでいくトロッコの影が、月夜に映えて美しいですね。その数秒後には地面へと墜落していくのですが。
私はそんな侵入者の後ろ姿を見て、毎回、こんな言葉を贈ってやるのです。
「おととい来やがれー!」
さて、これからお話しするのは、勇者とその娘と不法侵入者の物語。そして、この家に挑戦するときの注意点。ちゃーんと最後まで聞いて、それから攻めてきてくださいね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます