探していたもの

十五時発。


最寄りの駅から乗るこの時間帯の電車は空いていて通学時とは別の乗り物のように感じる。扉の窓から見える通り過ぎていく街並みはいつもとほとんど変わらない。でも、初めて電車に乗った時、近いものは物凄いスピードで通り過ぎ、遠くのものはゆっくりと過ぎていくこの景色でさえ、夢中になって見ていた事を思い出した。


そして、スピードを落とさず、容赦なくトンネルに入っていく時の電車が今でも少しだけ怖い。外は一瞬で夜よりも暗くなり、窓には自分や周りの人が反射して映る。肩にギリギリ当たらないくらいの黒い髪、首には上下に並んだ中小のほくろ、前髪は眉毛の上で切ったオン眉。そんな自分を見て、これ勇気出したんだよなぁと、無意識に髪をいじりはじめる。


​数分間の夜が明け、窓に映っていた私の顔が見えなくなり慌てて髪から手を離す。やってしまった、夢中になり過ぎた。通学中、今みたいに夢中で髪をいじっているところを見られて恥ずかしくなることがよくある、今日は空いていたおかげでいつもより恥ずかしくはなかったけど、どうしてもこれだけは治らない気がする。


空いていたおかげと言えば、もう一つある。トンネルを抜けたちょうど今、電車の進行方向右手には海があり、左手には紅葉が終わりかけの山がある。普段一緒に見ることが出来ないこの両方の景色を一度に見ることができて、少しの時間だけ観光している気分になれる。


乗車してから一時間近くが経ち、乗った時よりも人が増えた車内に静岡駅到着のアナウンスが流れる。電車から降り、改札を抜けた人たちの中には、いつもと同じ道を歩き目的の場所へと向かう人がいる、通学中の私もそうだった。そして、そのいつも通りの移動の中で、足を止めたときはきっと【何か】を見つけたときや、【何か】に気付いたときなんだと思う。


立ち止まったあの場所で蓮と再会したあの日、私は逃げていた。ずっと探していて、やっと見つけられそうになっていた【何か】から。


でも、それに気付けた…。


だから今、道に枯れ葉が落ち、丁度イルミネーションの準備がされている並木道、青葉シンボルロードを抜けて、常磐ライブハウスの前まで来れている。


事前に調べたところ、ライブの開場時間は十五時、開演が十六時半、当日のチケット販売もライブハウスのエントランスで行っているらしいから、私は最初にそこでチケットを買わなければいけない。入口の扉を開けると『こんにちは~』と声が飛んでくる、急いで声の方に顔を向け挨拶を返そうとするとその先には蓮のお母さんが座っていた。


「あれ、日和ちゃん?」


蓮と会う前にまさかの出来事だった、顔を見たその一瞬で私の事に気づいた蓮母(れんはは)とは蓮よりも会っている回数が少し多いくらいなのに、子供の五年の変化を相手にしてこの気付く早さはすごい。


「久しぶりだね~、こんなに可愛くなっちゃって、蓮も喜ぶと思うよ!」


私は蓮母の丁寧な案内と時々の昔話を聞いてからチケットを買い、地下へ降りる階段を一歩ずつゆっくりと降りていた。この奥に蓮がいる、私の事を覚えてない蓮がいる、覚悟を決めるとかそういう不安は一切ない、後悔した時に私の気持ちは出来ていたから。​

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5108 ひとりが好きな寂しがりや @Hitosabi

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