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ひとりが好きな寂しがりや
ふたりの景色
小学生の頃。
君が屋根に登り、私はその後ろについていく。
屋根の上に着き、胡坐をかいている君の隣に座る。
辺りは田んぼに囲まれ、灯りがなく暗く静まっていた。
いつだって君は、私の知らなかった景色をたくさん見せてくれる。
ひとりでいるのが好きな俺の後を疑いもせず、当然のような顔でついてくる君は、いつも無口で何を考えてるのかあまりわからない。
今日も屋根までついてきて、膝を抱えて隣に座っている。
下手なギターを弾きながら、いつもここで、君に歌を歌っている。
中学に上がる時期、春に私はお父さんの仕事の都合で引っ越しをし、それから蓮とは一度も会わなくなった。
いろんな小学校から来る生徒がいたおかげで友達も少しは出来て、特に問題のない普通の中学校生活を送り、適度に遊びながら先生や親に何も言われない最低限の成績を取って、夢やなりたい職業を探している毎日。
高校生になった今でも状況は変わらず、すれ違う一人一人が【何か】の為に行動している中、私はまだその【何か】を見つけられていない日々を焦り、過ごしていた。
ほんの少し肌寒くなった秋の学校帰り。友達と別れた私は、制服の上から真っ黒の上着を着て、手をポケットに入れ、イヤホンを耳に当て周りに漏れないけど、周りの音がほとんど聞こえないくらいの音量で曲を流しながら街の中を歩いていた。
視界からなくならないバスの姿、人口密度が多いせいで空気が重たいデパートや地下道、人通りの多い駅前の広場では毎日のように路上ライブが行われている。そんな、前に住んでた場所ではあり得なかった風景に私はいつの間にか慣れていた。
そう、慣れ過ぎていた。ここに来る前、引っ越してくる前にずっと見ていたものだったから、普段見逃す位置にあるそれは、興味のないものばかりの視界の中ではとてもはっきりとわかった。立ち止まっていた三人、その隙間から見えるギタースタンド。そして、そこに置いてある暗めの茶色い光沢を放ったアコースティックギター。
「蓮…」
私はその一瞬で足を止め、立ち止まって蓮を囲っているであろう三人の方をただ見ていた。一人ずつチケットのようなものを手に持ってその場から離れていくところを見ると、どうやら歌い終わってライブのチケットを販売しているみたいだ。
そして、最後の一人にチケットを渡すところで蓮の姿が見えた。本当に蓮なのか、ギターを売ってそれを買った別の誰かなのではないか、そういう考えは全くなかった。あれだけ大切にしていたギターを売るわけがない、もし売っていたら蓮をボコボコにする。それにあの不器用な笑顔、私もそうだったけど蓮は昔、人見知りがすごくて笑顔が下手だった。
蓮の方に行って今すぐにでも声をかけたい、悩みや愚痴、昔話を話したい。でも一つだけ迷いがある、蓮は私の事を覚えているのだろうか。今だって蓮に気づいたのはギターのお陰で、視界に蓮が映っても気づいたとは言い切れない。最後に会った日から五年以上が経っているはずだし顔や体形、髪型も変わっている。
「君も聴いててくれたの?」
迷い俯いている私の目の前には、私と二十センチくらいも身長差のある蓮が立っていた。前は同じくらいの身長だったのに、当然のことながら蓮も成長していた、声変わりもしていて落ち着いた声になっている。それより、今君って――。
「次の土曜日に
やっぱり…覚えてないよね、別に普通の事だ、五年だもん。それに忘れていることくらい可能性として考えていたじゃん。なのに、物凄くどうしようもない気持ちになるのはなんでだろう。蓮の顔を見ていた私の目線は、一気に視界の右下の方へと流れる。
「ごめん…なさい」
今の蓮はどんなギターを弾いているんだろう、どんな歌を歌っているんだろう、聴きたかった。けど、今は蓮と話したくない、話せない。私だけこんな迷子になっている状態で…
声をかけてくれた時に下げたイヤホンの音を元の音量に戻して、止まってた足を右足からゆっくりと動かし、再び帰り道を歩き始める。蓮に向けた背中と目頭が熱く、心臓がぎゅうっと締め付けられるくらいに苦しい。
電車を待っていた私の耳にランダム再生で流れてくる曲は、こういう時に限ってどれも私の好きな泣ける曲ばかり。上りと下りの電車が駅に止まっていて、そこから続く線路の真上に私を温めるように、全く眩しいと思わせない夕日。最寄りの改札を抜けて、ちょうど見えたその景色も私を泣かそうとしてくる。
いや、本当は何度もあった事なのかもしれない。ただ、私の今の気持ちだから当たり前の事や当たり前の景色がこんなにも心に来る、気づかせる。普段見ているものや起きていることが見方によっては物凄いことなんだと。
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