2.1(前編)

「闘技大会?」


「ああ。リョウは、知らなかったのか?」


 エルディア西部にある『イケロス工房』の店先にて。


 僕リョウと店主イケロスは、そんな会話を交わしていた。


 アルクでの非常事態ハプニングから二週間ほど。この街の空気にも慣れ、アルクでの稼ぎも順調になってきた頃、僕はこのイケロスという男性に出会った。出会い話については話すと長くなるので割愛させてもらうけど、なんだかんだ彼とは良好な関係を保っている。


 子供達は僕の『力』のことを知らないし、なんならアルクに潜って何をしているのかさえ知らない。それが僕の我儘わがままだというのは分かっている。


 ただ、好奇心と危険はいつも隣合わせだ。


 好奇心旺盛なお年頃のミーシャとゲイブが迂闊に立ち入ろうものなら、彼らにたちまち危険が忍び寄る。だからこそ補助団員サポーターとして登録することで万が一にも子供達がアルク内に入らないよう施しておいたし、表向きは戦闘を避けて採集しているだけ、としているのだ。


 カスピエルは心的外傷トラウマでも負いそうなほどの恐怖体験に遭遇したはずだけど、あれからも毎日僕と一緒にアルク探索に付き合ってくれている。


 ただ、依然として僕と目を合わせようとしない。本当になんでだろう。


 ……そうなると次に行うべきことは、装備の強化。


 そう考えた僕は、知り合いのイケロスのもとを訪ねたんだけど……。


「毎年夏に開催されるんだ。暑苦しいだけだけどな、盛り上がるぞ」


 イケロスが言うには、闘技大会はユニオン同士で開催される対抗戦みたいなものらしい。それぞれ代表を二人選出して寸止めなしのガチンコ勝負を行うようで、参加者だけでなく観戦者も大いに盛り上がるということだ。もちろん裏ではトトカルチョも行われているらしいけど、あまり興味はない。


 それより僕の意識を惹き付けたのは、後半の部分だった。


「優勝したユニオンは、一千万ギムスの賞金を手にすることができるんだ」


「詳しく」


 どうやら優勝したユニオンには、一千万ギムスという大金が用意されているらしい。逆に二位以下には何もないようで、実力勝負になりそうな予感がする。街中を巻き込んでのお祭り騒ぎだから……まあ色々と裏側でも起きているんだろうけど。幸い僕にはそんな超能力はないので、目先の大金に目を光らせる。


「……一千万ギムスか。欲しい」


 僕達のユニオン――【ヴェントゥス・ユニオン】は零細だ。日々の生活費さえギリギリで稼いでいる現状、一千万ギムスは垂涎ものの大金。


 ――優勝したいっ!!


「年齢制限とかって、あるのかな」


「んー、あからさまにダメな年齢以外は大丈夫なんじゃないか?」


 所々イケロスは適当な返答をしてくるので、後でカイアにちゃんと訊こうと心に決める。


「お金かぁ……ァハッ」


「やばいよ? キャラ崩壊してるよ?」


 イケロスが夢見心地の僕を呆れた目で見てくるが、今は無視。ていうか、キャラって何だし。


「一千万あれば……家がひとつ、ふたつ、よっつ……」


「いくらなんでもそんなには買えないと思うけどな」


「あんなことやそんなことも……ぜぇんぶぅっ、ァハッ」


「お前さあ、狙ってやってんの?」


 何のことだか、さっぱり分からない。


 とりあえずふざけるのはやめて、真剣な面持ちでイケロスへ言葉を紡いだ。


「……たださ、戦力ってやっぱり問題だよね」


 そう。一千万ギムスという夢を掴むためには、優勝できるだけの戦力を集めなければならない。僕達のような零細ユニオンにそんな戦力は――。


「……絶望的だよな」


「うん」


 最も、僕には『破壊ユニトジェーネ』と『創造ソトボレーニェ』という正体不明の『力』がある。イケロスにはもちろん子供達にも伝えていないので、闘技大会で使えるかどうかは怪しいけど、戦力としては一応成り立っている……のだろうか。この『力』の正体を探るためにも、無闇に公の場で披露しない方がいいのかな?


 カスピエルは何か事情を知っていそうな顔をしていたけど、訊いても話してくれないだろうしなぁ……。


「素手で勝負するの?」


「いや、殺傷能力が著しく高いと判断された武器以外は何を使っても構わない規定だ。もちろん、素手もありだけど」


 それはまた……。なんか、色々と物騒なお祭りだな。


「ただやっぱり、僕らみたいな万年金欠ユニオンには垂涎ものの額なわけで」


「んー……かといって俺のユニオンに言っても断られるだけだしな」


「募集してみるとか?」


「それこそ加入してこないんじゃないか? 他のやつらだっていいユニオンに入りたいだろ」


 何も言い返せないのが悔しい。


「まあ、そうなるよね……」


 そもそも、カスピエルや子供達と何の相談もなしに僕の一存だけで決められることでもない。エルディアのユニオンだって全然知らないし、実力も未知数。知らないことだらけ、不確定要素だらけなんだ。


「……とりあえず、相談してみる」


「おう」


 最初は意気込んでいたものの気付けば勢いが失墜していたことに気付き、暗澹たる気持ちに包まれながら僕は『イケロス工房』を後にした。




「……リョウなら大丈夫だと思うんだけどなぁ」


 店主イケロスは、リョウが去った後にそう呟いた。


 鍛冶師という職業の都合上、数多くの探索者ハンターと関わるのは避けられない。生きていく内に必然的に養われていった他人を見る眼に、イケロスは絶対の自信を置いていた。


 弱気なやつ。


 強気なやつ。


 慎重なやつ。


 大胆なやつ。


 それらをイケロスは、数分ほど話しただけで判断することができるようになっている。仕草や声の抑揚、身振り手振りや服装などから、頭が無意識の内に査定をしているのだ。


 こいつには売るべきか、それとも蹴るべきか。


 自らの仕事に誇りを持っているからこそ成しえたこと。


 そんなイケロスからしても、リョウには何か特別なものが感じられた。


 外見は至って普通のヒューマン。ついこの前出会った時には邪気はおろか覇気さえ感じられず、アルクであっさり野垂れ死にしてしまうのではないかと動揺したものだ。聞けば超が付くほど貧乏らしく、その上三人も養う家族がいるようで。


 そんな危機的状況に危機感を覚えたイケロスが、リョウをお試しとして『イケロス工房』に迎え入れたのが一週間ほど前のこと。


 責任感と向上心はあるものの、実力が追い付いていないような感じだった。努力がかえって仇になっているような、そんなもどかしい感覚を抱いた。


 つまり裏返せば、大きな可能性を秘めているということでもある。イケロスは、実力さえ備われば頭角を現すだろうと予想していた。


 が。


 今のところ、彼はイケロスが思うような実力の片鱗をも見せていない。むしろ、彼に付き添う銀髪の少女に振り回されている感じが否めない。


 苦労人、とでも言おうか。


 もちろん、戦闘能力的な意味合いでの実力を有しているというのは飛躍した論理であり、その可能性は極めて低い。『外見は人間の一番外側の中身』とは言い得て妙だとつくづく思うが、リョウにはまるでそんな風に見えなかった。


 そのような小手先の強さではなく、人間の根幹に関わる、本質的な『器』の強さ。


 言葉にできないような感覚に刺激されたイケロスは、結果として彼と職を共にすることになったのだ。


「……ま、俺が言えたもんでもないけど、さ」


 彼の行く末に思いを馳せながら、イケロスは炎が燃え滾る工房へと入っていった。


 ♠


「いいんじゃない? 面白そーじゃん」


「……」


 何とも言えない微妙な顔で、僕はカスピエルを見詰めた。


 カスピエルに闘技大会のことを簡潔に話したら返ってきた答えが、これである。


「んーとさ? 真面目に考えたのかな?」


「考えてないよ」


 素っ気ない返事に、僕は石化する。


 おかしい。


 ここ最近カスピエルの態度が変化しているのは薄々気付いていたけど、これに関してはもう疑いようがなかった。


 つまり。




 ――カスピエルは、何か他に気になっていることがある。




 完璧な推理に、無意識ににやついてしまった。


「……リョウ、大丈夫?」


 何やらカスピエルが何かアブナイものを見るような目で話しかけてくるが、今は脳内で名探偵が名推理を披露するところなので無視する。


 考えるべきは、時期。


 カスピエルの様子が変化したのは丁度二週間ほど前、アルクで瀕死の状態に陥った彼女を『創造ソトボレーニェ』で治癒した時からぐらいだ。その前は気さくに話しかけてくれていたので、ここが問題の箇所だと考えられる。


 ということは、やはりカスピエルもこの奇妙な『力』が気になっているのだろう。


 僕には秘密にしておくようにと言ったものの、未だに正体が分からずそわそわしている。そう考えると、彼女の意味深な態度も頷ける。


 問題は、誰一人としてこの『力』の正体を把握していないこと。他人であるカスピエルはおろか、行使した本人にとってさえも未だ意味不明な点がいくつも残っている。


 更に言えば、アルクで死闘を繰り広げていた時に突如として喋りかけてきた内なる声も沈黙を保っているので、全く手がかりがない状態なのである。


 この膠着こうちゃくした状況を打破したいと考え、気分転換に『イケロス工房』に出向いた矢先の、先ほどの話だったのだ。


「まあ、実際問題ミーシャ達はまだ出場させるわけにはいかないんでしょ?」


 つっけんどんにカスピエルがそう訊いてきたので、僕も頷き返す。


「同じユニオンとはいえ、まだ幼いからね。極力争いごとは避けたい」


 そう言いながらもう既に半分くらい突っ込んでしまっている感じが否めないが、カスピエルは気付いてなさそうなので黙っておくことにした。


 ちなみにミーシャとゲイブは、今日も今日とていつもの八百屋さんにお世話になっている。このところすっかり入り浸っていて、向こうの方が本当の家なんじゃないかと時折思ってしまう。八百屋のおばさんも案外乗り気のようなので、こちらとしてはありがたい限りだけども。


 とはいえ、街をあげてのお祭り騒ぎになりそうなので、ミーシャとゲイブの耳に入れないまま過ごすのは無理だろう。


 ミーシャとゲイブにどういう言い訳をしよう、とそんなことを考えて、すっかり思考が出場することへと傾いてることに気付きげんなりとした。


「それはそれとしてさ、リョウはあの『力』を不特定多数の人の前で使うわけ?」


 とそこで、カスピエルが問い質すようにそんなことを尋ねてきた。


「それは……」


 先ほどの僕の推理もある手前、少し言い淀む。


 確かに、あの正体不明の『力』を除けば僕はそこら辺の青年と大差ない。なまじ戦闘経験があるわけでもないので、『破壊ユニトジェーネ』と『創造ソトボレーニェ』を封印したらすぐに叩きのめされてしまう自信がある。


 一応『イケロス工房』で作ってもらった大剣とちょっとした防具はあるものの、闘技大会に出場するほどの実力者に太刀打ちできるかは怪しい。


「……」


 少し痩せた両手を、黙って見据える。


 アルクにて怪しく光っていた二つの光は、沈黙を貫いていた。


「……ま、正直なところ、一千万ギムスは魅力的だけど」


「うん。僕らにとっては、資金繰りは死活問題だよ。だけど、あの『力』を無闇に他人に見せるのも避けたい」


 ここまで言ったところで、カスピエルは僕の言わんとしていることが分かったようだった。


 ふふーん、と意地悪な金の双眸が僕に向けられる。


「つまりリョウは、私の力が必要なんだね?」


「……うん」


「いやー、なんだかんだ言ってキミもまだ未熟だなぁ!」


 嬉々としてそんなことを言ってくるカスピエル。なぜだか分からないが、微妙に腹立たしい。


「そこまで言うなら、私も出るよ」


「……カスピエル……!」


 だがカスピエルが了承してくれたことで、光の道が広がった気がした。


「どうせ、ミーシャとゲイブのために、とか思ってるんでしょ?」


「う、それは、まあ……」


 考えていたことを見透かされ、複雑な気持ちが僕の胸を支配した。


「……まあ、そういうところ、嫌いじゃないけど」


「え?」


「っ!? な、なんでもないっ!!」


 何やらカスピエルがボソボソと呟いていたが、他愛もないことらしいので素通りする。


「……ま、やると決めたら、優勝でしょ」


「そりゃあ、賞金目当てだからね」


「そしたらさ、この前面白い話を聞いたんだよ。そこ、行ってみない?」


 そこでカスピエルがそんなことを言い出したので、首を傾げる。




「――『ヤン道場』、ってところなんだけど」

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