第2章 燃えよ闘魂

プロローグ

 リョウがラビアを発って、一日が経った頃。


 シスターであるクレアは、マルカス孤児院を畳むために必要な手続きを町役場で行っていた。


「……はい、これで手続きは終了です」


「ありがとうございます」


 職員に礼を言い、クレアはそそくさと建物から出る。渡された書類を携えたバッグに入れ、教会に最後のお別れを言うために教会へと足を向けた。


「(……リョウはしっかりとやっているかしら)」


 歩き出して、ふとクレアはそんなことを考えた。


 マルカス孤児院を手伝っていたヒューマンの少年のことが、妙に頭から離れない。


 彼は二人の孤児も一緒にエルディアに連れて行ったが、何か不自由はしていないだろうか。ごたごたに巻き込まれていないだろうか。そんな野暮なことをついつい考えてしまう。


「……ん?」


 歩きながら頭を悩ませていると、教会の正門前に見慣れない人物が立っているのが見えた。


 見た目は二十代ほどの男性らしき姿に、少し警戒心を強める。人目に付く銀髪と金色の目は、いかつく冷徹な印象を放っていた。しかしその顔立ちとは裏腹にいい加減な服装を見て、クレアは疑惑の念を抱く。


「……あの、どちらさまでしょうか?」


 まさか天使達ではあるまい。彼らは怠慢だとから聞き及んでいるが、目の前の青年からはそのような雰囲気は微塵も感じられなかった。どちらかというと理路整然としていて怜悧な指揮官の方が、彼を形容せよと言われればクレアにはしっくりくる。


「……クレア、か?」


 クレアの質問には答えず、そう問うてくる男性。


「あなたに答える義務はありませんが」


 話を聞かない無礼な態度に、クレアも自然と棘のある言い方を取った。


「ヤツを……【Разрушение Воплощение】を、助けたな?」


「……!」


 だが、クレアのその態度はすぐに豹変する。


「……【люцифер】様……いや、【Шемхазза】様っ!?」


「残念ながら……私は、男ではない」


 そう口にしながら、銀髪の男性は強引に顔の皮を引きちぎった。ビリビリッ、という音と共に素顔が現れる。


 中に隠されていたのは、端整な顔立ちの女性の顔。髪の色や瞳は変わっておらず、彼女が使ことが窺えた。


「【ксерофан】、と言えば伝わるか?」


 口調も打って変わって清楚なものに変化した。彼女の口から飛び出た名前にクレアは顔を驚愕に染める。が、それも束の間、すぐにこうべを垂れた。


「……ご無礼を、お許しください」


「そう畏まるな。【люцифер】も言っていたよ」


「そう仰られましても……こちらにも立場というものが」


 ひたすら顔を上げないクレアと、それをやんわりとたしなめる銀髪の女性。人通りの少ない裏路地だということが幸いしたが、これが衆人環視の下であったら赤面ものだ。


「……それより、帰還の命令が下っている」


「……私に、ですか」


「ええ」


「それは僥倖です。私も丁度【Разрушение Воплощение】を放して、孤児院を閉めたところでした」


 ニャーッ、と鳴く声がして二人の身体が強張るが、それが野良猫が発したものだと気付き緊張を解いた。


「では……【контракт】は完了で、いいか?」


「……はい」


「分かった。それでは、ついてきなさい」


 恐らく通行人が耳にしても理解不能だったであろう単語をぼそぼそと呟き、二人は路地の奥へと進んで行った。


 彼女らの行方は、誰も知らない。

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