番外編-オッドアイの少年(1)

 ※作者注:ギャグ成分多め。



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 春の終わりが近付き、和らいでいた人々の心も活気を取り戻す季節。


 それは、エルディアに住む気性の荒い探索者ハンター達とて、例外ではない。彼らもまた、許された束の間の惰眠をむさぼり尽くし、次なる獲物を探し求めて隣接する遺跡アルクへ姿を消していく。


 街中がむさ苦しい熱気に包まれ始め、商店が次々と戸を開ける中。


 武具店『イケロス工房』も、その入り口を目一杯に開けていた。


 エルディア正門から伸びる目抜き通りに面するこの店は、三代続く由緒ある武具店であり、その堅実な武器や防具は客を惹き付けてやまない。安心・安全・安価の『3安』を掲げる『イケロス工房』は、今日も大盛況だった。


「おっちゃん! 俺に『ワイバーン』もいっかい作ってくれ!」


「いやっ、俺の方が先だ!」


「待て待て、俺はこいつらよりも多く払うぞ!!」


「なにをっ!?」


「やる気かっ!?」


「おいおい、あんまり騒ぐなよ?」


 そんな中、『イケロス工房』の主人イケロスはつちを振るいながらやんわりとたしなめた。


「大丈夫、ちゃんと全員分作るさ」


「「「さすがおっちゃん」」」


 ギャーギャーといがみ合っていた三人の男性探索者ハンター達がピタリと動きを止め、声を揃えてそんなことを言ってきた。毎回繰り広げられるその光景に、イケロスは苦笑いする。


「……でもおっちゃんよぉ、いい加減、従業員の一人ぐらい雇ったらどうだ? 一人だと色々不便だろ」


 とそこで、赤髪の男性が気付いたように口にする。


 『イケロス工房』の名の通り、初代イケロスの時から代々受け継がれている独自の鋳型を他人に見せぬように、と父から厳命を受けたイケロスは、その教えを忠実に守って従業員を雇ってこなかった。一応商業系のユニオンには加入しているので、いざという時には従業員の派遣も頼めるのだが、当の店主はなぜか頑なに受け入れを断っているのだ。


 イケロスも中々高齢になってきて、後継ぎのことも……としばしば頭を悩ませる今日この頃。


 早い話、可愛い嫁が欲しいだけである。我儘わがままなだけである。気付いていないのは本人だけである。


「……俺も、そろそろかなぁ……」


 そんな呟きを漏らす店主に、耳ざとく数名の女性客が反応する。


「イケロスさんっ! 私なんか、どうですか??」


「いやいやいや……あんたは話にならないでしょ」


「ほらほら、こんな尻軽達は放っておいて私とさっさと結婚しちゃいましょうよー」


 ヒューマンである店主イケロスの顔立ちも、平均よりは上だ。少し年を取っているもののそこまで老け顔でもないので、店を訪れる女性客にはそこそこの人気がある。


 東洋風のボサボサした黒髪と茶色がかった瞳は、温厚だが燃え盛る職人魂を彷彿とさせる印象を見る者に抱かせる。日夜鎚を振るうその職ゆえ体躯は凡人のそれを超えており、異性にとっては頼もしい筋肉なのだろう。背も高く、まさに男性の理想の体型といえる。


 現に、こうして複数の女性探索者ハンターに迫られても嫌な顔ひとつ浮かべないのが美点である。


 誰を特別に扱うでもなく、平等に接する。


 それが『イケロス工房』が成功している秘訣なのかも知れない、と分析する客もいるようだ。


 しかし。


「す、すまないけど、俺のタイプではないかな……」

 平等な拒絶である。


 それもそのはず。店主イケロスには、人には口が裂けても言えないような秘密があった。


 それは。




「(俺は、が好きなんだよぉぉぉっっっ!!)」




 口にこそ出さないものの、心の中で絶叫するイケロス。


 そう。彼には、女性の魅力が分からない。


 男性のたくましさ、図太さが、彼をとりこにしているのだ。もちろん、女性探索者ハンター達にそのことは伝えない。あくまで表向きは消極的な男性店主という設定でやっている。


 心の叫びを押し込め、笑顔で接するイケロス。


 心なしか、彼の笑顔は少しやつれていた。


「(誰か、いいやついねえかなあ……)」


 そんな益体もないことを考えながら、彼は今日も鎚を振るう。


 ♠


「ん?」


 イケロスがふと、鎚を持つ手を止めた。『イケロス工房』の常連である炎竜族ヴリトラの男性が放った言葉が、金属の爆ぜる音の邪魔が入ってうまく聞き取れなかったためだ。


「イケロスさんは、アルクに出向いたりしないんですか?」


 その男性は、紅の髪をポリポリと掻きながら再びその質問をイケロスに投げかける。


「アルク、か……少なくとも、俺みたいな鍛冶一筋の人間には無縁なところだと思っているけどな」


 イケロスのような商業系ユニオンに入っていると、基本的にアルク内には立ち入らない。元々ユニオンの活動目的と合っていないのももちろんだが、大半は我が身可愛さのためだ。イグドラシル王国の貴族はともかく、戦闘の心得もないイケロスのような一般人にとっては自ら死地に赴くようなもの。よほど直情径行か、もしくは一攫千金を狙う姑息なヤツ以外は関わらない、というのがこの街の住民なりに編み出された処世術である。


 しかし、アルクが街にもたらす恩恵は莫大だ。アルク内でしか採れない鉱石類は地上に店を構える鍛冶屋にとっても貴重なもので、イケロスなんかには到底手の届かないような高値で取引されている逸品もある。それに比べて地上で採れるものは平凡か、希少な鉱石でも粗悪な品質のものが多く、鍛冶師の本領を発揮できないでいた。


「(ま、専属の探索者ハンターでもいたら別なんだろうけど……)」


 しかし、このような状況の鍛冶屋や工務店を救済する措置が、エルディアにはある。それが、専属契約である。


 専属契約とは、早い話が直接探索者ハンターと契約を結ぶ、ということ。探索者ハンターにとっては自分専用の特注品オーダーメイドが手に入り、鍛冶師にとってはアルク内の貴重な鉱石を優先的に流してもらえる。一種の協力関係とも言えるだろう。


 残念ながら、『イケロス工房』に訪れる客は専属契約の話を持ち出すと決まって争いを始めるので、イケロスは専属契約は結んでいない。無駄な火種を蒔かないためにも、イケロスは専属契約を半ば諦めていたのだった。


「噂によると、最近アルクの魔物が狂暴化しているらしいですけど」


「そうなのか? 俺はそういう裏話みたいなのには疎いから、知らなかったな」


 狂暴化と聞いて、イケロスは思わず顔を曇らせる。血気盛んな探索者ハンター達が蹴散らされてしまったら、商売は成り立たなくなってしまう、というのを危惧してのことだった。


「無意味に死ぬやつらが出ないといいんだけどな……」


 いくら関わらないと言っても、人が死んでいくのはいい気はしない。特にエルディアに来て間もない新人探索者ニュービーなどは、危険な戦場アルクへ飛び込むのを引き留めたくなるほどだ。


「……っと、じゃあ俺はここらへんで」


 とそこで、炎竜族ヴリトラの男性が手を掲げた。


「……おう。また来てくれよ」


 少し気が逸れていたイケロスはその言葉で我に返り、威勢よく手を振る。


 男性の後ろ姿が人ごみに紛れて見えなくなるのとほぼ同時刻に、一人の少年が遠慮がちに来店した。


「お、お邪魔します……」


「おう、いらっしゃい!」


 客の立場なのにお邪魔しますはどうかと思ったが、気にすることでもないのでイケロスは少年に目を向ける。


 年は、十代だろうか。どこか子供っぽさが残るその顔立ちは、間違いなくヒューマンのそれだった。ぼさぼさの髪に装備も何もない貧弱な姿が、イケロスの眼には新人探索者ニュービーのように映った。


 一際人目を引くのは、その双眸。青と赤の異眼オッドアイをきょどつかせながら、その少年は言葉を紡いだ。


「えっと、ここで防具を作ってくれると聞いたんですけど……」


「おう。お前さんも、必要か?」


 予想通り商品の購入に来たようだ。頭を素早く商売用に切り替え、鎚を置いて向き直る。


「俺は店主のイケロスだ」


「……リョウです。よろしくお願いします」


 微笑みながら、リョウという少年は陳列棚に目を向けた。


「どんなヤツが好みだ?」


「えと……それが、武器を持ってなくて」


「……そうか、エルディアに来たばかりなのか。なに、ここで作っていけばいいだけだ」


 遠慮がちに目を伏せて言うリョウを見て、イケロスは豪胆な笑みを浮かべた。


「うちにはいろんな武器があるからな、お気に入りのヤツを作ってやるよ」


「……お、お願いします!」


「となれば……」


 イケロスは立ち上がり、基本的な武器が並べられた棚に歩み寄った。


「来たばっかりなんだろ?」


「はい」


「じゃあ、この三つが丁度いいかもな」


 そう言ってイケロスがリョウに差し出したのは、大きさも形も違う三つの得物だった。


 一つ目は、片腕ほどの大きさの鈍色の短剣。無駄な装飾を省いた実直な剣と柄は、照明に反射してキラリと光った。


 二つ目は、つがいになった紅色の双剣。燃え盛る炎を体現したような鮮烈な模様と形状が、リョウの目を引く。


 三つ目は、リョウの身長に迫るほどに大きな大剣。鈍重だが鋭利な剣先と握りやすそうな柄が、まるで語りかけるように目の前に置かれた。


「……か、かっこいいっ!」


 と、リョウの目が輝き始める。


 純真無垢なその眼差しに、イケロスは一瞬の逡巡を覚えた。


「(果たして、こいつに武器を売ってもいいのか……?)」


 それは、別に悪い意味ではなかった。ただ、この少年の行く先を脳内に思い浮かべてしまい、苦い思いとなった感情が吐露されたに過ぎない。


 恐らく彼は、死ぬ。


 イケロスは予言者を気取るつもりは毛頭なかったが、そう思わずにはいられなかった。


 戦う意思、というべきか。相手を見据え、一瞬の間隙を突いて勝負を制するために必要な獰猛さ、貪欲さが、彼には感じられなかった。中途半端に夢を抱いて潜り、帰らなかった者達と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだ。


 アルクの闇を知らない。あそこは、不埒ふらち闖入者ちんにゅうしゃを容赦なく絶望の淵に叩き落とす。流石はが生んだ最終兵器と称えるべきか、人間の脆弱さをとことん突いてくるような地獄。


 アルクの恐ろしさを長きにわたり目の当たりにしてきたイケロスにとって、目の前の少年にも死神が忍び寄っていることは明瞭だった。


「(……でも、俺にこいつを止める権利はない)」


 一瞬、彼に思いとどまらせることも考えなくはなかった。


 しかし、彼の願いをイケロスの手で捻じ曲げるような真似は褒められたものではないと気付き、思いをひるがえす。


 そんなイケロスの複雑な心中をよそに、リョウは嬉々として大剣を手に取った。


「この大剣は、どうやって使うんですか?」


「……ん? ああ、それは、一撃必殺系の武器でな……」


 自分の中のわだかまりに終止符を打てないまま、イケロスはリョウに武器の説明を始めた。


 ♠


「……はい、毎度」


 数十分後。


 説明を聞き終えたリョウは三つの武器の中から大剣を選び、イケロスに所定の代金を支払った。イケロスは丁寧に大剣を専用の特大さやに納め、リョウへと手渡した。ずっしりとした重みが手から消え、持ち主がその身に刻まれる。


「ありがとうございます、イケロスさん」


「あー、いいってことよ。それが俺の仕事だしな」


 少年から純粋な感謝の気持ちを伝えられ、イケロスの頬が薄く朱に染まる。ポリポリと乱雑に髪を掻いた後、イケロスは笑みを零した。


「それよりお前、金欠なのか?」


 そこでイケロスはリョウの手持ちが心許こころもとなかったことを思い出し、疑問を呈した。


「えっと、実はその通りで……」


 困ったように返事を返してくるリョウを、イケロスはじっと見詰めていた。


「養う子供が二人もいるもんで、食費もバカにならないんですよ」


「……ふーん、なるほどな……って、子供っ!?」


 サラリとリョウの口から放たれた爆弾発言に、イケロスは驚きの表情を隠せなかった。


「お、お前……子持ちだったのか」


「なんか勘違いしてますよねっ!? 前も同じようなのあった気がする!!」


 少しリョウから距離を取った店主を見て涙目のリョウがそう訴えかけてきたので、とりあえず勘違いだというのは把握したイケロスであったが、それでも養わなければいけない人物がいるという事実は動かない。


「大変なんだな、お前も……」


 最も、独り身のイケロスには当然実感がわかない。精々、食事中に五月蠅うるさいんだろうなあとか、その程度である。


「後は、もう一人、女性なんですけど……」


 が、次なる爆弾で『イケロス工房』の空気が凍った。一年中燃え続けている工房のほのおでさえも、その存在を揺らめかせるほどに。


「…………」


 イケロスが般若はんにゃのような顔でリョウを睨みつける。


「ちょっ、イケロスさんっ!? 無言で剣を握らないでっ!?」


 その後無音で陳列棚にある短剣を掴もうとしたイケロスの剛腕を、細身のリョウが必死に押さえつける。


「やめろっ!! こんなちんちくりんみたいな顔してしっかりやることはやっている若造なんぞ、この俺が潰してくれるッ!!」


「同一人物ですよね!? 滅茶苦茶ですよ、そんなのっ!! あと僕の言い方も悪かったですけど、勘違いですって!!」


「ゴタゴタ言うなっ!! お前、全員に謝れよッ!! キャラ変わってんだよ!!!」


「だから誰に言ってるんですかっ!? 『きゃら』とか変な言葉使わないでくださいっ!!」


 ギャーギャーと喚き散らしながら絡み合う二人の男性の前を、通行人が訝しげな目線を送りながら通り過ぎて行った。


「あーもう、そんなに言うなら稼いで来いよ、アルクでッ!!」


「悪かったですね、弱くて!! ええそうですよ、僕はちんちくりんで弱い探索者ハンターですよーだっ!!」


 最早何を言っているのか分からなくなった二人の押し問答は、この後三十分ほど続いた。


 彼らをそっと見守るように、少し暑くなり始めた日差しが雲の間から差し込んだ。

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