1.8(後編)
「ユニオン、作ってみては?」
気が付いたら、俺の口からそんな言葉が漏れ出ていた。
「……え?」
蒼と紅の
「ホラ、子供達が原因でユニオンに入れないっていうお悩みですよね? そうしたらいっそのこと、自分で作っちゃえばいいんじゃないですか」
ぽかんとしていたリョウの表情が、やがて生気を取り戻す。
「そ、そんなことが……できるんですか?」
「制度としてはありますよ。最も、新人のユニオンには誰も入ってくれないだろうとは容易に想像がつきますけど」
ユニオンは、なにも他のに入らなければいけないわけではない。自分で作ることもできる。そもそも、ユニオン創設制度なくしてエルディアの更なる発展は、当然のことながら見込めないだろう。
大抵の
相手を圧倒するような威厳ではない。むしろ普通に街中で見かけたら、ちょっとした小動物に見間違えられなくも……いや、それはないか。
ただ、自己の尊厳というべきか、どこか――「コイツは何か持っている」と相手に思わせるような空気を纏っている。俺は、そんな思いをなぜか抱いた。
「まあ、そりゃそうですよね」
「はい」
「……でも、それで義務が果たせるのなら……作りたい、です」
最初こそ戸惑いの感情を見せていたものの、少年の表情は最早小動物のそれではなかった。大切なものを守るために覚悟を決めた凛々しい眼差しを携え、彼は僕に向かって深く頷いてきた。
「……分かりました。それでは、ユニオン創設の手続きに移ります」
そこからは少年の質問に答えながら、滞りなく手続きを進めていった。俺も素早く裏側の事務作業をこなし、彼の進行を手助けした。
唯一迷ったのは、ユニオンの業種。
アルクを探索する探索系はもちろんのこと、エルディアには商業系や雑事系など細かい業種が数え切れないほどある。業種によって当然ながら活動内容も変わってくるので慎重に検討するように、と少年に伝えたが、彼が選んだのは――俺の予想に反して探索系だった。
未知の怪物達が闊歩するアルクを探索するゆえ、探索系のユニオンが一番危険を伴うのは自明の理である。団員を喪うことも多く、少年の温厚な性格からしてまずはじめに除外するだろうと思っていたのだが……。
「子供達を、守りたいんです。力が欲しい」
確固たる意志を持ってそう告げられると、承諾しないわけにはいかない。もう風格は十分漂っているよー、と心の中で呟きながら、俺は探索系ユニオンとしてリョウのユニオン――【ヴェントゥス・ユニオン】を正式に受理したのだった。
「――力が欲しいと言っても、無知では駄目ですよ」
とはいえ、アルクの探索には常に死の危険がつき纏う。健気で素直な少年のために、俺はありったけの関連知識をリョウに詰め込んだ。
異形の怪物達について分かっている情報はもちろん、内部の構造や環境、どこで野営をするか等々。
コイツには死んでほしくない。そう思ったがゆえ。
……リョウの目が死んでいたのはご愛敬である。
「ところで、ユニオンの
詰め込み学習が一通り終わり、一息ついた頃。ふと彼の住まいについて気になった俺は、何気なくそんな質問をしてみた。
「それが、まだ家が決まってなくて……」
頼りない返事が返ってくる。
ユニオンを組織するうえで、
しかし、リョウの場合は少人数でありしかもエルディアに来たばかりということが重なり、
しかし、そこで問題になるのが初期費用である。分割払いも制度上はもちろん可能だが、馬鹿にならない額の利息を請求されるので却下。一括で払うにもリョウ曰く所持金は九万ギムスほどしかないらしいので、心許ない。念のため、十三万ほどは用意しておきたいものだ。
ここエルディアには、明日死ぬかも分からない職業の人が大量に住んでいるので、お金の貸し借りは基本的に通用しない。例外としてユニオン連合の公的金庫や家の賃貸などが渋々認められているものの、住民達はお金の融通を嫌う。だからお金を手っ取り早く稼ぐには、アルクに潜るかカジノに賭けるか、ということになる。
アルク内には悪魔達が遺していった希少な鉱石や素材が今も大量に残っているので、人々の懐を潤すには十分だ。【ビランクス・ユニオン】の先駆者達によると、アルクの深部へ行けば行くほど高価で希少なものが見つかるらしく、一説では最深部が魔界に繋がっているというのもあるようだ。
とはいえ、天使様達の強力な封印のおかげで魔力は大幅に封じ込められており、凶悪な魔物達が最深部から
正直なところ、外界の者には関係のない情報だが、それが
こういう背景があるので、エルディアに家を構えるのは良策とされている。単純に計算して、賃貸よりも購入の方が元が取れるから――と、ここまでの情報をかいつまんでリョウに説明する。
「はえー、そんな事情があるんですね……」
途中、俺が「天使様達」と言った際にリョウが微妙な顔をしたが、なぜだろうか?
それはともかく、得心がいった顔で頷くリョウ。
「そんなわけですから、
長ったらしい説明を締め括り、「何かご質問は?」と訊く。リョウが首を横に振ったのを確認して、俺は書類の片付けを始めた。
「……そういえば僕、名前を訊いていませんでした」
そこで、思い出したようにリョウが俺の名前を尋ねてきた。
うーん。
「……自分、そんなに家名が好きじゃなくて……」
「そうなんですか? 嫌だったらいいですけど……どんな家名でも、僕はあなたのこと、貶したりしませんよ」
「あ、いや、その……」
「それに、あなたはいい人そうですし」
逃げようとする俺を、自覚なく追い詰めていくリョウ。これだから……!
「え、えっと……カイアです。カイア・ファルネイ」
観念した俺は、自分の家名を白状する。
大抵のヤツは『ファルネイ』と聞いて逃げ出すんだけど……。リョウは、果たして。
「へえ……よろしくお願いします、カイアさん」
全く家名に触れることなく、笑顔を向けてきた。
その笑顔は眩しすぎて……。いっそ、こんな醜い俺なんかには眩しすぎるほどで。
思わず、目を見開く。
数瞬。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は、笑みを返した。
「それと……敬語やめにしません? なんかムズムズして……」
「そうですか? じゃあ……リョウ。よろしく」
「うん! よろしく!」
「ところでリョウ、お前何歳?」
「え? 十七歳だけど……」
「じゅ、十七!? 十七であんな際どい発言してたのかよ!」
「ちょっ!? 変なこと言わないで! ホラ、他の人が怪訝な目でこっち見てるから!」
「いやあ、こんな小動物がまさか十七で子持ちとはねえ……」
「小動物!? カイア、僕のことずっとそんな目で見てたの!? しかもそういう勘違いを助長するような発言はやめて!」
「いや、ほら、もう手遅れみたいな感じあるじゃん」
「ドライ過ぎない!? 敬語やめた途端性格変わりすぎでしょ!?」
「そりゃあ、ねえ……」
「何ですか!」
「――リョウはさ、所帯持ちのパパさんですから」
「っっっっっ!?」
少年の顔が、熟した
――ユニオン連合本部は、今日も喧騒に包まれている。
しかし――。
今日は、もうちょっとだけ、賑やかそうだ。
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