1.8(前編)

「はい、ユニオン連合のゼスタです。今日はどのような用件でお越しになりましたか?」


「手続き完了です。充実したエルディアの生活を心より願っております」


「そちらの用件でしたら、右隣のカウンターで承って――」


 ユニオン連合。それは、エルディア内に存在する数少ない絶対中立の意思決定機関であり、住民第一を掲げる総合情報斡旋所である。そして、どのユニオンにも属さず独立して活動するため、多種多様のユニオンに属する団員達が唯一心の疲れを癒せる楽園でもある。


 エルディア正門脇に本部を置き、反対側の東と山側の南に支部を構えているこのような場所では、アルクの探索依頼クエスト掲示板や大規模な食堂を抱えていることが多く、非戦闘員の住民も数多く利用するような中心的存在を担っている。


 一般人が利用する『便利屋』的な一面の他にも、ユニオン同士の抗争を仲裁したり、都全体としての行事の開催を指揮したりと、その業態には枚挙に暇がない。そのため、国としての政治には干渉されにくく、実質的にユニオン連合が陣頭指揮を執る自治都市としての地位を確立している。


 そんなユニオン連合の本部に、僕は所在なさげに佇んでいた。


 職員達が忙しく動き回り、様々な人種の人が入り乱れるこの戦場に、どうしてこんな僕が入れようか。受付の場所が分からずオタオタする僕は、完全に――迷子です。


 軽く涙目になりながらきょろきょろしていると、いたたまれなくなったのか、受付にいた職員の男性が声をかけてきた。


「えっと……何かお困りですか?」


「あっ、あの、えっと、転入手続きを……」


 そんな優しい言葉に対し、露骨に慌てて答える僕。……なんか、ものすごく恥ずかしい。


 そんな挙動不審の僕にもにっこりと笑みを返し、「それだったら、こっちです」と手招きされた。促されるまま、ちょっとした樫の木の壁で仕切られた半個室の受付に、歩みを進める。


 男性は……ヒューマンだろうか。僕と同じように、至って平凡ないで立ちだった。黒い髪と瞳は同じ色で塗り潰したように似通っていて、どこか親しみやすい印象を抱く。服は職員の制服を着用しているが、首元をルーズにしているあたりオシャレへの興味もそれとなく感じられた。……僕とは、大違いである。


「……それでは改めて、エルディアへようこそ」


 初老の御者が言っていた定番の歓迎の言葉を再び投げかけられ、なんとなく頭を下げて会釈。「そんなに畏まらないでもいいですよ」と笑いながら諭され、「す、すいませんっ」と慌てて佇まいを正す。


「えーっと、転入手続きでしたよね」


「はい、そうです」


 手元からいくつかの書類を取り出す男性。


 次の瞬間、僕は物凄い単語の羅列を耳にする。


「そうしたら、こちらの基礎的個人情報確認書と、エルディア公的扶助契約同意書、そしてアルク生命損害保険契約承諾書に一通り記入して、最後に署名をお願いします」


「……??????」


 きそて……なんだって? 記入して署名? すればいいの?


 僕は目を白黒させる。混乱している僕を横目に、淡々と事務作業をこなしていく男性。


「……」


 なんか、思ってたような人柄じゃないような……。


 まあ、今更そこにこだわっていても仕方がないので、とりあえず適当に記入しておく。


 ご芳名……あ、名前ね。


 ご住所……家持ってないんだけど。マルカス孤児院の住所でいいや。


 ご連絡先……そういえば、連絡ってどうするんだろう。あれか? 手紙が届いたりするのか? まあいいや。適当に埋めておこう。


 被扶養者……ミーシャとゲイブって、子供扱いなのだろうか。


 配偶者……………………。うん、無視だ。


「終わりましたら、次は個人証明書を発行します」


 最後に署名をしたところで、男性職員が次の手続きに移った。


「これは後日で大丈夫です。先ほどご記入いただいた基礎的個人情報確認書をもとに仮証明書を発行して、後でお写真だけ撮りに来てください」


 なるほど、キソうんぬんかんぬんをもとにカリショーメーショを作るのか。理解した。


「分かりました」


「そうしたら後は……」


 そう言って、少し考えこむ素振りを見せる男性。僕はいよいよ来たか、と緊張した面持ちで臨む――。


「ないですね」


「ないんですかっ!? あ、あの、ユニオン加入とやらは……」


「あ、そうでしたそうでした。忘れてました」


「……」


 前言撤回。この人、第一印象で間違いなさそう。


 そんな微妙な僕の心中を汲んでくれたのか、若干焦りながら男性は補足説明を始めた。


「え、えっと! エルディアではユニオンへの加入が原則義務付けられています! えーっと……リョウさんはどこへ加入したいですか?」


 途中で先ほどのキソうんぬんかんぬんにチラリと目をやる男性。そういえば名乗ってなかったな、と今更思い出す。


「そのことなんですけど……実は、子供と女性がいまして」


「ええっ!? こ、子供と女性がいるんですか!?」


 滅茶苦茶に驚く男性。なんだろう、僕変なこと言ったか?


「……? はい、(子供が)二人います」


「ええええっ!? (女性が)二人!?」


「はい。とある事情で寝食を共にすることになったんですけど……」


「な、なるほど……ちなみに、とある事情とは?」


 なぜか食い付いてくるヒューマンの男性。


「えっと……野外で無理しすぎて、ぶっ倒れました」


「んなっ!? あなた、そんなことよく公共の場で言えますね!?」


 過去最大級の叫び声が彼の口から漏れる。……なんだろう、なんか物凄い勘違いが起きている気がするんだけど、気のせいだろうか。


「それで倒れてるところを助けてもらって、(カルルに)連れ込まれました」

「(もう一人の女性に)連れ込まれたぁっ!?」


 最早当初の優しさはどこへやら、ゼエゼエと荒く息を吐く男性。流石にこれはおかしいと思い、状況の打開を試みる。


 というか、すれ違い勘違いの払拭。




 数分後。二人のヒューマンは顔を赤くして、無言のまま向き合っていた。


「「……すいません」」


 誰に言われるとでもなく、自然と謝罪の言葉を口にする。


 ユニオン加入についての真面目な話だったはずが、いつしか赤面モノのすれ違い話になっていたと聞き、僕は文字通り顔から火が出そうになった。いやもう、ホント比喩抜きで。


 とそこまで考えたところで、僕は嘆息して話の軌道を戻す。


「……そ、それはともかく、十歳児を二名抱えた駆け出しの探索者ハンターを入れてくれるところなんて、ぶっちゃけないんですよね」


 探索者ハンター。それは、アルクというを探索する人々の総称。


 エルディアにおいて最も簡単に稼げる職業であり、最も危険な職業だ。


 それはもちろん、ひとえにアルクの危険性に尽きる。


 地表に露見している面積こそ小さいものの、苔むした石の階段を少し降りるとそこはまるで、無尽蔵の怪物の胃袋。遺跡というよりは洞窟のような内部を、天使達(表向きは悪魔達)が造った怪物達の数々が闊歩し、徘徊している。


 そんな死地に自ら飛び込み戦果を上げるさまを、非探索者レフト達は死神と揶揄するほど。もちろん死傷者は膨大だが、供給量が多くユニオン連合も大々的に宣伝しているので、身の程知らずの若者が次々と亡くなっていく――そんな話をこの男性職員から直接教わり、少し身震いした。


 身の程知らず。弱虫。社会を知らない。等々……。探索者ハンター達はよくそうやって、軽蔑される。そんな世界に、しかし自分は――飛び込もうとしているのだと。


 死ぬのが怖くないわけじゃない。むしろ、死は誰にも平等に訪れるものだから、怖くて当然だと、僕は常々思っている。


 でも。


 何もできず――意味のなかった存在として無駄死にするのは、絶対に嫌だ。


 誰にも認識されず、ただ朽ちていくだけの存在。


 誰にも必要とされず、人知れず力尽きるような――。


 ミーシャとゲイブをような真似は、したくない。


 その想いが、今まで僕を突き動かしてきた。


 そして、これからも。


「そうですね……ちょっと厳しいかもしれません」


 男性職員の声で、僕はハッと我に返った。僅か数瞬の心の中の出来事を押し込め、僕は彼に向き直る。


「ですよね……」


 そこで、彼は思い出したように一つの案を口にした。


「それでは――」


 それは、僕が思いもよらなかった選択肢で、


「いっそのこと――」


 また僕が、どこか望んでいたものだった。




「――ユニオン、作ってみては?」

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