1.7(後編)

 自らの名前を、レンギルスと名乗った炎竜族ヴリトラの男性。「レン、って呼んでください」と続けてくるレンさんに、僕は気圧される。


「レ、レンさんですか……僕は、リョウっていいます」


 なんとなくこちらも自己紹介をしておいた方がいい流れになり、僕も名前を名乗った。差し出された手を握り返し、数瞬ほど握手を交わす。


「……ま、無理に話さなくてもいいですよ。見た感じ、エルディアに来たばっかりっぽいですし」


 手を離すと、レンさんが苦笑しながらそう伝えてきた。


 うん。やっぱり、人に言うのは止そう。それに、これは僕個人の問題だ。


 と、そこまで考えて、ある質問を投げかける。


「実はそうなんですよね……ところで、どこかめぼしいユニオンとかってあります?」


 そう。ここエルディアの滞在条件であるユニオンへの加入について、だ。


 正直ユニオンは星の数ほどあり、僕のような素人から見るとまさに玉石混交の状態だ。所属団員の数はもちろん、何に重きを置いて活動しているかやそのユニオンの雰囲気など、鑑みるべき要素は数多くある。それらを全て、エルディアに対して無知である僕らだけでやるとなると、相当の労力を要するのは分かりきっている。実際僕は今夜、多くの人がたむろする酒場に出向いて情報を集めるつもりだった。


 一応年齢的にはお酒が飲める年齢なので、酒場を訪れてもなんら問題はない。ただ、得られる情報にがあるので、なるべくならやりたくないと考えていたのだ。


 それに、まだ幼い子供達と行動を共にするため、酒の臭いはどうしても気になってしまう。もちろん酒が悪いとは言わないが、繁華街の夜の酒場で振る舞われるのは色々と刺激が強い。僕自身もそこまでお酒に強いわけではないので、なおさらだ。元々カスピエルは勘定に入っていなかったので、出会う前までは家についての問題も一緒に処理しなければ、と考えていた。


 そんな感じで馬車に乗っている間ずっと僕の頭を悩ませていたユニオン加入問題だったが、炎竜族ヴリトラの男性ことレンさんとの出会いにより一筋の光明を見いだせなくもないでいた。


「うーん、めぼしい、か……やっぱり人それぞれだから、一概にココがおすすめ! とは言えないですね……」


「で、ですよね……」


 案の定、そんな答えが返ってくる。「一般論として云われているようなものはいくらでも教えられるけどね」とレンさんは付け足した。


 レンさんいわく、エルディアには規模の大きいユニオンが複数存在するらしい。そのひとつが【ビランクス・ユニオン】だそうだ。


 ビランクスとは、天使様達の言葉で天秤や均衡を意味する、とレンさんが教えてくれた。その名の通りいかなる派閥やユニオンに対しても中立を保ち、ユニオン連合と共にエルディアの管理や治安維持を買って出ている。


 ユニオンの規模もトップクラスで、エルディア内に知らない人はいないと噂されているようだ。


「入るなら、やっぱりここが無難じゃないかと思うよ。アルクの探索も大規模にやってるから、万が一にも迷子とかにはならなそうだし、いざとなった時、後ろにでっかい存在がいると安心すると思う」


 なるほど……。僕達みたいな素人には願ったり叶ったりの条件だ。


 ただ、【ビランクス・ユニオン】に入るとなると、ひとつ問題が生じる。


 それは、ミーシャとゲイブの存在。


 アルクに出向かないとはいえ、聖魔戦争の残滓を仮にも相手取っているわけだから、まだ十歳の二人を快く迎えてくれるとは限らないだろう。僕もカスピエルも経験豊富な大人ではなく、二人を養っていけるかどうかも怪しいから、向こうからしたらあまり関わりたくない存在だと思われても仕方がない。


「そうですか……分かりました。ありがとうございます」


 そこまで話を聞いて、レンさんに感謝の気持ちを伝える。


 少なくない情報を得られたが、ふと見回すと僕達は道のど真ん中で立ち話をしてしまっていた。通行人達が訝しみながら避けて通るのを目にし、赤面する。


「お役に立てたなら幸いだよ。でもこれだけでいいのかい?」


「はい。それに、ユニオン連合の本部で手続きしなきゃいけないのをすっかり忘れてしまって……」


 ユニオン連合本部にて諸手続きをしなければいけないことを思い出した僕は、そうレンさんに伝えた。


「そうだったのか。それは早くやった方がいい。あそこは待ち時間が長いから」


 少しおどけるレンさん。つられて、僕も笑みを浮かべる。


「色々と教えてくれて、ありがとうございました」


「大丈夫だよ。それじゃあ、またどこかで」


 レンさんは微笑み、僕に背を向けた。手が振られる。


 その手に、僕は一礼。そして、ユニオン連合の本部がある建物へと足を進めた。


 ♠


「どうだった、ヤツは?」


「……少なくともお前が言うような、『奇跡の子』には見えなかったぞ」


 薄暗い路地裏。人通りの多いエルディア入口の道から一本外れると、そこは寂れた貧困街だった。


 石造りのぼろ屋が所狭しと並ぶ狭間に、二人の男が向かい合って、言葉を交わしていた。


 一人は、鉄の防具を全身に纏った筋骨隆々の土妖精ドワーフ。右手に携えている斧は鈍色に光っており、乾いた血が所々にへばり付いている。深みを感じさせるその声は、聞く者を底知れない不安に突き落とす。


「見た目だけでは分からないからな。


「……エラくご執心だな、オイ」


 もう一人は、全身を黒いローブで覆っている痩身の男性。フードを目深に被っているので一見すると彼の種族は分からず、僅かに覗く顎と手から暗い肌の色が朧気に察せられる。刺々しい言葉を土妖精ドワーフに投げつけるが、鉄の男は意に介せず続けた。


「……理由を話すつもりはない」


「こっちも理由を訊こうとは思わないよ」


「……」


「ただ、っちまうのかだけは訊いておきたい」


「……ああ」


「そうか……これ、あいつの腰に下がっていたカネだ」


 そう呟きながら、ローブの男は小さい麻袋を差し出した。そして、返事も聞かずに立ち去る。


「……目障りだ」

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