罪悪感

「久しぶり」


忘れていたような記憶。決して遠くはない、しかし奥底に封印していた記憶が蘇る。


「…誰?」


分かっていた。だが信じたくなかった。

その思いが俺を問い直させた。


「分かってるんでしょ?」


その声は、鉄の矢のように脆い嘘を冷たく射抜く。




息が、止まる。




「かいくん? ねぇね。聞こえてるんでしょ」


再び呼びかけてくるその声だけで分かった。



笑っている。



「ねぇ返事し―――」



ほぼ無意識に、電話を切っていた。


しかし、すぐに無慈悲な振動音が鳴り出す。


携帯に出ることはせず、ただ無言で立ち尽くした。



「…海人君?」


「っ!?」


声にならない声を上げ、反射的に振り向くと見慣れた顔が写った。


「あ、亜美ちゃん。ごめんすぐ戻るね」


そこには、やや怪訝な表情をして見つめる伊藤がいた。


咄嗟にいつも通りの愛想笑いをして振動したままの携帯をポケットに突っ込み、教室のドアに手をかけた。


「待って」


今にもドアを開けようとしていた俺の手に伊藤がしなやかな手を重ね制止する。


「どう、したの?」


目を合わせられない異様な感覚。

彼女の方を見れない。


なぜだろうか。


「私のセリフ」


すぐに答えはわかった。


「何があったの」


それは、


「答えて!」


言及される、恐怖感だった。


壁ドン、というやつだろうか。

伊藤は大きな声を出しつつ俺の顔横すぐの壁に両手を打ち付けた。


「…ごめん」


目線を下げることしか出来ない自分が情けなかった。


「なんでよ。なんで謝るの」


「…ごめんね。ほんとに」


「なんで。やだよ。許さない」


その時、伏せていた視界の先に映る床に、ポタリと水滴が落ちた。


「話してよ、海人、くん」


思わず顔を上げると、彼女は普段のムッとした表情は変えず、不自然に涙を流し続けていた。


鼻をすすり、息を荒らげ、大きく肩を揺らす彼女の潤んだ瞳と目があった。


「…ごめん。亜美ちゃん」


いくら謝っても消えないもやもやはきっと罪悪感だろう。


しかし俺は、何があっても彼女たちを巻き込みたくなかった。


「…そっか」


力なくそうつぶやくと、伊藤は膝から崩れ落ち、ぺたんと床に座り込んだ。


「…帰るね」


すすり泣く声を背に、部室のドアを開いた。

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