彼女

【6月5日 火曜日 16時20分】


「終わったぜおういえあ!」


「んぅ…うるさい…」


今日も俺たちは部室で勉強会を開いていた。

直也も帰り際に連れてきた。


しばらく駄べりつつ課題を進めていると、ふと伊藤が両手を上げて歓喜の声を上げ、それに対し机で居眠りをする林が軽く唸った。


「どれ終わったの?」


と問いかける。まだ終わってないものだったら貸してもらおうという魂胆も込めて。


「生物のワーク!」


彼女は嬉嬉としてワークの表紙を俺に呈する。


「あー。そうなんだ。おつかれ」


解答あるやつかぁ。と少し落胆。


「あ、柏木くん数学の終わった?」


ふと伊藤が直也に問いかける。


「あ、うん。終わってるよ。ほい」


彼は端的に答えると、貸してと言われるのを見越してすぐにプリントを伊藤に渡した。


「あっざまぁーす!」


「ううん。大丈夫」


大げさに感謝する伊藤と対照に直也は落ち着いている。

一見すればちょっと冷めているようにも感じる。

しかし俺からしたらどうして直也が女子と普通に話せているのか疑問だったが、ちょうど仮説を思いついた。


多分彼は勉強に集中しており、女子と話しているという実感がさほどないから落ち着いたまま話せているのだろう。


…可哀想だから確かめたりはしないが。


「あ、海人君」


ふと、鈴木が呼びかけてきた。


「ん? どしたの」


「今日親御さんいる?」


その質問に、一瞬空気が凍る。


「え、うん、いるけど…?」


彼女の唐突な質問に全く理解ができず、困惑しつつも質問に答えた。


「…なんで静凪がそんなことを?」


俺の疑問を伊藤が代わりに口にした。


「ううん。なんでもない」


と、鈴木はなんの動揺も見せずに答えるが、その態度が余計俺たちを混乱させた。


「なんでもないってことは流石に―――」


「亜美ちゃんは勉強しなさい」


伊藤の言葉を強制的に鈴木がいなす。


「む、むぅ…」


そう言われるとなぜか萎縮して彼女は質問をやめた。

圧力、というものだろうか。


しかし俺もどうして聞いてきたのかは気になった。


また今度でいいか。


そう考えた時、携帯が振動した。


「あ、ごめん。ちょっと電話」


「あいよー」


そう言いつつ教室を出る背に伊藤が無気力にそうなげかけてきた。


見覚えのない電話番号だ。


間違え電話かもしれないと思いつつ、電話に出る。


「もしもし?」




そう言うと、一瞬返事が止まる。


そして、


「かい君」


幼げな、女の子らしく可愛らしい声が耳に通る。


「久しぶり」


鳥肌が立った。


忘れていた恐怖に。

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