解答のない課題は大嫌いだ
【6月4日 月曜日 15時30分】
「今日の部活の内容は…」
バンっと黒板を叩き軽く白い粉が舞上がる。
「テスト勉強、です!!」
と、伊藤は顔を伏せ深刻な声色で力強く発表する。
「はぁ、そう言えばもう来週からだね」
俺も見て見ぬふりをしてきた迫る中間テストにため息をつく。
学力自体は全体的に見るとそんなに悪くないが、数学だけは苦手だ。
幾度となく40点代30点代をたたき出し、冷や汗を垂らし続けてきた。
「でもあんた英語の成績良かったじゃん。むしろ教えて欲しいくらいなんだけど」
ふと俺の向かい側、言わば相談する人がいるはずの席に座る林が言った。
「そもそも部員じゃない涼夏が何してんのよ!」
噛み付くように言う伊藤。しかし追い出そうとはしない。
この高校では教科ごとに点数の良い上位30人は教室に貼り出される。
そして伊藤は英語のみ毎回当然のごとく1桁の代に載っていた。
「いいじゃんよ〜私の部活まだまだ始まらないもん」
そう言いつつ机に突っ伏す林の部活は水泳部だ。
温水プールの施設もないこの学校では、プールは完全に外の気温に影響される。
よって、まだ彼女たちの部活は始まらないらしい。
「そう言えば静凪は成績いいの?」
伊藤は席に戻りつつ鈴木に問いかけた。
「んー。まぁ全部60点は超えてるよ」
いつも通り教卓に座る彼女は既に教科書を取り出して頬杖をつきつつペラペラとページをめくっている。
「いーなぁバランスいいの。羨ましいなぁ…」
圧倒的な不得意分野がある俺からしたら全部平均程度の点を取れるだけで十分羨ましい。
「文系か理系悩まされるけどね〜」
そう言いつつ、またひらりとページをめくる。
「い、い、か、ら!」
ダンッという音を立てて伊藤が教材を机に置く。
「とりあえず日本史! それから数学! あと生物! 赤点取らない程度でいいから教えてよぉ〜」
若干泣き言をこぼすようにしながら頭を抱える伊藤。
まさかこいつ、英語以外はそういうレベルなのか?
「前数学何点だったの?」
「7点」
お前だったのか。俺の下には12人しかいない数学ポンコツ組の1人は。
「日本史は?」
「22点」
揺るぎない赤点だ。
「じゃあ生物は?」
「31点!」
そう言うと少しだけ彼女は胸を張った。
「…生物だけ赤点35点以下だったよね」
「…よく覚えてるね海人君」
少しバツの悪そうな顔をしつつ頬を膨らませた。
「まぁ、とりあえず提出する課題くらいは終わらせた方が良くない?」
ふと林が呟いた。
「あー。そうだね」
提出物さえ出せば赤点をとっても単位だけはどうにかなる。
単位取得の危ない教科では唯一の救いだ。
まぁ、もちろん答えを写すだけの作業だが。
「じゃ、始めよっか〜」
伊藤の言葉を初めに、部活という名の勉強会が始まった。
「飽きたァ〜!」
突如数学のワークを閉じ伊藤が発狂しつつ立ち上がった。
「…亜美ちゃん、まだ30分しか過ぎてないよ」
呆れつつ言ったものの、正直俺も飽きていた。
「全くもう、もう少し真面目にやりなよー」
そういう林も疲れたのかぐーっと伸びをしてあくびをした。
「カラオケ行こ。カラオケ!」
伊藤も伸びをしつつそう口走った。
「そーれーは、テスト後のお楽しみでしょ」
若干ジト目になりつつ林が言った。
「そもそも今日勉強教えろって言ったの亜美ちゃんでしょ」
俺的にもできるだけ課題を進めておきたかったため林に便乗する。
「むぅ。真面目だなぁみんな」
そうブツブツ言いつつも、再び椅子に腰を下ろした。
「ねぇね」
ふと鈴木が声をかけてきた。
「この問題、わかる人いる?」
鈴木が呈したのは数学のプリントだ。
数学の先生が独自に作ったプリントであり、難易度も量も頭がおかしいのではないかと思うレベルだ。
しかも回答が提出期限後に配布されるという鬼畜っぷり。
そんなことがあるからさらに数学は嫌いだ。
そんな俺が鈴木が疑問に思っている問題が分かるわけもなかった。
「んーわかんないなぁ」
ふと林が呟いた。
「読む前からわかんないことが分かるわ」
と、伊藤が続いた。
「白紙でいいんじゃない? 仕方ないし」
そう言うしかなかった。だってわかんないもん。
「んーそっかぁ」
鈴木は再びプリントの作業に戻った。
その時、弾かれるように部室のドアが開いた。
「何!?」
飛ぶように伊藤が振り向く。
「海人ぉ!」
そして彼は俺の元へ飛んでくる。
「彼女が出来たって本当か!?」
「できてない。あと近いよ直也」
焦燥とし唾を飛ばすような勢いで叫んでくる彼を軽く流す。
「嘘をつくな。じゃあこの動画はなんなんだ!」
彼が見せてきた携帯には、この前の俺が林を引っ張っていく場面がしっかり録画されていた。
撮影者は校門付近から撮っていたのか、校門から見える範囲から俺らが消えるのと同時に動画も終わった。
「どうしたの?」
伊藤が不審に思ったのか声をかけてきた。
「え、あ、いや」
いつも通りあたふたする直也。
「ってわぁっ!?」
そして伊藤はぶんっと直也の携帯をぶんどりその動画を見ていた。
いやー。デジャブだなぁ。
そう思いつつ彼女の次の言葉を待った。
「な、なんで抵抗してないのよあんた!」
軽く顔を赤くして伊藤は林につっかかった。
「いっや〜あまりにも熱烈的なもんで」
林は相変わらず余裕を感じさせる笑みだった。
喧嘩にはならなそうだ。
少しだけざわついた胸も落ち着いた。
「あ、直也」
ふと、あることを思い出し声をかけた。
「勉強教えて?」
「海人…解の公式はもう覚えたよな?」
「…」
直也の真剣なトーンの問いかけに、目を逸らすしかなかった。
いや、覚えてないわけじゃないんだ。確信が持てないだけで。
「前のテストの時も教えたよな。海人」
「え、えっと…」
「ねぇ柏木くんこれはー?」
俺が直也に言及されていた所に、林が割り込み、日本史のプリントを指さしつつ直也に見せた。
「それはロッシュ。フランスのやつって覚えとけば多分どうにかなると思うよ」
勉強のことなら女子とも普通に話せるんだなー。と割と長い付き合いにも関わらず知らない一面があったことがなんとなく嬉しかった。
まだ救いようはありそうだな。と、少しだけ期待も抱けた。
「あ、直也くん」
ふと鈴木が声をかけてきた。
「これの大門8、わかる?」
鈴木が言ったのは先程俺たちにも聞いてきた問題だ。
プリントを受け取って少し考えると、すぐに彼は答えた。
「あーこれ問題間違えてるね」
とだけ言って鈴木にプリントを返した。
「え、そうなんだ…」
割と長い時間考えていた鈴木はなんだか不服そうだ。
「ちっ」
そして、静かに舌打ちをした。
「…最近キャラがぶれてますよ鈴木さん」
なんとなく目付きの悪くなった気がする彼女に、そう呼びかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます