決意の逡巡

「諦めさせて」


林がそう言ってからしばらく沈黙が走った。



「…あんたさ」

伊藤は、くっと顔を上げた。


「いい加減にしなよ?」


伊藤は、鋭く刺すような声色で言った。


「振り方も酷かったけど、諦めさせるところまで私たちに頼る気?」


言いつつ、顔を伏せた。

林もずっと目線を合わせない。


「私にだって、罪悪感くらいあるよ…」

ふと、林が呟いた。


「あんたがその気にさせるようなことしてたのが悪いんでしょ!」


バンッと机に手をついて伊藤は立ち上がった。


「私が私らしくしていただけなのにあいつが勝手に勘違いしたの。それだけなの!」


林は、軽く涙ぐんでいた。


「ふざけないでよ。あんたのしょうもない自己演技のために人を遣わないで!」


食らいつくように言葉を飛ばす。


しょうもない自己演技、か。


その言葉が少しだけ胸に刺さる。


「しょうもなくなんかないよ!」


俺が心の片隅で思っていた反抗心を林が代弁した。


「しょうもなくなかったってそれで人を傷つけるくらいなら最低だよ」


伊藤はあっさり肯定した。

きっと否定される前提でしょうもないと言ったんだろう。


「最低で…いいから手伝っだ―――」

「帰って」


手伝って、と言おうとした林の言葉を伊藤は無慈悲に遮った。


俺も林も一瞬目を見開いた。


息が詰まるような空気感。

内臓が締めあげられるような息苦しさ。

いるだけで気分が悪くなりそうな緊張感。


林は目を伏せ、口を開いた。


「わかっ―――」

「二人とも」


た、まで言おうとしたところで今度は鈴木が言葉を遮る。


「とりあえず落ち着きなよ」


普段通りの抑揚の少ない声が通る。

明らかにこの空間では異質で、しかし張り詰めた糸が切られるように、プツンと緊張感も解けた。


「一応恋愛相談部なんだから」


彼女は、淡々と続けた。


「解決できなくても、話くらい聞こうよ」


そう言いつつ、彼女は俺と目線を合わせ、軽く微笑んだ。



…ずるい奴。


何故か、そう思った。


「…話だけ、ね」


伊藤も落ち着きをとりもどし、席にストンと座った。


「…ありがとう」


林もそう呟き、ゆっくりと座った。





「正直、諦めさせることくらいは簡単だと思う」

二人が落ち着いたところで、迷いなく口を開いた。


この言葉に全く嘘はない。


彼は優しい。バカだけど純粋で一途だ。

そして、林もきっと……


「…ごめんね」

ふと、林が呟いた。


「わかってる。私のしょうもない自己演技がこんなこと引き起こしてるってこと」


彼女は、演じている。

俺と同じく、みんなから好まれる自分を探し、見つけ、演じている。


だからこそ、『自分らしさ』にこだわり、俺たちを頼ってきた。


「でも、どうしても私に私でいさせて欲しい」


言葉自体は凛としていたが、節々に涙ぐむような震えが感じられた。


「本当に、いいの?」


確認を取るように、目を見て、問うた。


「…うん」


彼女は目線を合わせない。


迷い。それが彼女の瞳を上げさせない。


きっと彼女は自分自身で簡単に、彼を諦めさせることができると言うことはわかっている。


そして、自分のキャラがさほど変わらないということも。



それなのに、なぜ彼女は俺たちに頼るのか。


俺にはわかった。

いつも当然のように自己演技を続けてきた俺だから。


「いいよ。僕がやる」


「…ありがとう」


そう呟き、あとは任せたという意を込めてか、何も言わずに教室を出た。




「…私は、納得いかない」

林がいなくなってから、伊藤が呟いた。


「そっか」

わかってる。お前が納得してないことくらい。


でもごめんな。





これが俺の『自己演技』なんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る