彼女は自らを変えない
「いやまぁ、元気だしなよ…」
「だ、大丈夫や…俺は、俺は…
……
死のうかな…」
「死ぬなぁ…」
帰宅ラッシュの一歩手前で人が増えてきている駅構内を俺と吉井はボチボチと歩いていた。
精神的に病んでいる吉井の右手には銀色の箱が握りしめられている。
あの後、彼女は
「無理」
とだけ言って席を立ちすぐに帰ってしまった。
そして、吉井は椅子に崩れ落ちた。
俺も伊藤も、しばらく声をかけられなかった。
その後、伊藤は林を追うと言って離脱し、俺ら男子二人も帰ることにした。
そして今に至る。
「どうすっかなぁこれ……」
吉井は右手の箱を見て呟いた。
「何円くらいしたの?それ」
「1万くらい」
「あー…」
割と高い…というかそういうのはプロポーズや記念日のプレゼントのものな気がする。
「あ、じゃあ僕はこっちだから」
自分の最寄り駅に向かう駅のホームまで来た。
「おう、またな」
そう返事をする吉井の声に陽気さは感じられなかった。
「死ぬなよ〜」
「頑張るわぁ…」
冗談で言ったつもりだが、想像以上に暗い返事が帰ってきた。
大丈夫かよ、あいつ…
若干気掛かりになりつつ、俺も再度帰路に就いた。
【5月28日 月曜日 午後16時20分】
「この前どうだった?吉井くん」
「んー。多分、生きてる」
「いやそういう事じゃなくて…」
部室には俺と伊藤、そして鈴木もいる。
しかし俺と伊藤は何となく居心地が悪かった。
「なんか色々あったんだね~」
他人事のように鈴木が言った。
「まぁね…大変だったよ色々」
苦笑いしつつ応えた。
「あ、でも飯田くんのあれすごい可愛かったよ」
「でしょ! めっちゃ可愛いでしょ!」
鈴木のその言葉に伊藤が飛びつくように反応した。
「えっと、あれって…?」
正直わかっていたがなんとなく認めたくなかった。
「あれはあれだよ。飯田くんのミニスカバージョン」
ですよねー…
「もー亜美ちゃん拡散しないでよ…」
「大丈夫、静凪にしか送ってないから!」
そういう事じゃねぇ…と心で突っ込みつつふざけるなよという意思を込めた上での愛想笑い。
「ほら、これこれ」
ふと鈴木が携帯の画面を見せてきた。
そこに写っていたのは、紛れもなくミニスカートを履いた俺だった。
「…っ!?」
見た瞬間目を逸らした。
なんだあれ…
ものすごく…
可愛いな俺!?
「海人君?」
常人では不可能なレベルで自惚れていた俺は伊藤の呼びかけで我に返った。
「もー。誰かに見せたらダメだからね」
そうは言ったものの、
惚れられると困るからな。
そんなことを思っていたからか、俺は変にニヤついていた。
その時、部室の扉が開かれた。
みんなが一斉にその方向を見る。
日焼けした肌、茶色い髪。
すぐにわかった。
「すずちゃん!」
来たのは、吉井をこっぴどく振った林涼夏だった。
「今日はなんのつもり? もう前の件は解決したでしょ」
伊藤の口ぶりからして林には割と嫌悪感を抱いてるようだった。
正直俺も同じだ。
無論彼女にもあの場面で振る権利はあるし、あれほど心配させておいてメールのひとつも入れなかった吉井の責任は重大だ。
でも、何故か心残りがあった。
彼女のために、長い間ずっと探していたのに、その努力を一瞬で無下にしたのは、なんとなく納得が行かなかった。
いや、偽善か。
きっと彼に情が移ったのだろう。
「無理なの」
ふと、林が呟いた。
「どうしても、付き合うのは無理」
凛とした声でそう言いきった。
「だから、あいつを」
彼女はすっと立ち上がり、言った。
「諦めさせて」
と。
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